美少女を食べる際に気をつけたいマナー
「マ、マナー? 人を食うのに?」
覚束ない声を上げる鉄兜。
それに対し、これから食べられる側の少年の方が淀みなく返す。
「ええ。王都ではここ十年、食人パーティや食人料理が流行っておりまして、今では食人も文化として定着しつつあります。スシ・テンプーラみたいにね」
「スーシー?」
聞き慣れない言葉に鉄兜は目をぱちくり。
少年は、口許をそっと手で隠した。だが、その口許に浮かぶ、やれやれ……、といった苦笑いを隠しきるには至らない。
「おや。おやおやおやおや。もしかしてご存じありませんでしたか。スシ・テンプーラというのは……」
鉄兜は顔を赤らめ怒鳴った。
「うるせえ! それくらい知ってる!」
「ええ、そうでしょうそうでしょうとも。つまり、そのスシ・テンプーラが王都の食文化の一つとして根付くのと同じように、人を食するという風習もまた食文化の一つとして根付きつつあります。そして、ここが大事なポイントですが、皆に受け入れられる文化になるということは、そこに皆が共有するマナーが存在するようになる、ということでもあります」
「う? ふうん?」
「言っている意味、わかります?」
「わ、わかってるに決まってんだろ! その、なんだ……今じゃ人食いにもマナーがある……ってこと……だろがい!」
二人のやり取りを呆気にとられて見ていたオーガの一人が首を捻る。
「鉄兜の旦那、その、マナーってなんでえ?」
「それはおめえ……」
鉄兜を遮るように、少年が言葉を継いだ。
「食べ方のマナーとは、一緒に食べる人の気持ちに配慮しましょう、ということです」
「は? はいりょ?」
ぽかーん。問いかけたオーガは半口開けて鼻水でも垂らさんばかり。
少年は首を振り振り、鉄兜に微笑んだ。
「鉄兜さんにはご理解いただけますよね?」
「あ、ああ! わかってらあ! マナーくらいよお!」
少年は満足げに頷く。
「自分一人が好き勝手に食べるのではなく、他の人の気持ちも考えて互いに気持ちよく食べられるようになる。そのためにマナーがあるのです」
問いかけたオーガが頭を掻き出す。
「よくわかんねえな」
「例えば、口の中に食べ物を入れたまま話しかけるとどうなるでしょう? 話しかけられた方、それを見ていた人、不快になるとは思いませんか?」
オーガ達は顔を見合わせた。
「俺は別に何も」
「俺は嫌だなあ。おめえがそうだぞ? 食いながらくっちゃべるから食いカスが飛んで俺の目ん中に入っちまう」
「俺はそれでくっちゃくっちゃ、おめえが何言ってるのかわかんねくなるから腹立つな」
「でも、俺は別に気にしねえんだけど。我慢しろよ」
「てめえ、この野郎! 少しは気にしろ!」
「うるせえ! 細けえ事気にしてんじゃねえ!」
オーガ同士が怒鳴り合い始める。
少年は両手を軽く挙げ、周囲を抑えるように、まあまあと振った。
「食は生きるのに切り離せないもの。その上、他人と一緒に過ごす機会が多い時間でもあります。自分の食べやすさだけでなく、周りが気持ちよく食事を取れるように意識する必要があるのです。さもないと、このように諍いの元になります」
と、傷顔のオーガが唸りだした。
「おい! だからなんなんだ!? おいらはとっととおめえらを食いたいんだよ!」
「ですから、私達を食べるのにもマナーがあると申し上げています。皆で気持ちよく食卓を囲むために、ですね。マナーに則って人を食べるようになれば、洗練された食人文化がこの辺境の地にも根付くことになるでしょう」
そこで少年は眉を顰めた。
「だというのに……! 先程、私が溜息を吐いたのは、食人に関してあなた方が重大なマナー違反を冒していたからです」
「マナー違反? 何がだ? おめえらを斧で切り裂いて皆で分け合って食う。これのどこが悪いんだ?」
鉄兜が少年を睨みつけながら唸る。
と、少年はテーブル上で胸を押さえていた少女を指差した。
「人間のメスを食べるときは、まず衣服をはぎ取って裸にするのがマナーです」
「はあっ!?」
少女が、この狂人何言ってんだ? といった表情で少年を見上げてきた。
だが、少年はそんな視線など気にしない。
「……だというのに、あなた方は着衣のまま彼女を食そうとした。これは食卓を囲む人達全てに対して、大変失礼な行為です」
「鉄兜の旦那、こんなご託聞いてないでさっさと潰して食っちまおうぜ!」
傷顔が喚いたが、鉄兜は唸って少年に向かい合うばかり。
「なんでだ? なんで裸に剥かないで娘を食うとマナー違反なんだ?」
「人間のメスは着衣の状態だと肉付きの状態が確認しづらいものです。たっぷりの胸肉があると思ったのに、服を脱がせてみたらそうでもなかった。逆に腹肉の少ない痩せたメスだと思ったのに、裸にしてみたら脂がのってジューシーな腹を持っていた……そんな風に見た目と実際が異なることが多々あります。これは人間のメスに特有の問題と言えます」
「ちょっと!? わたしのこと、そんな目で見てたのか!?」
少女が顔を赤らめ、抗議の声を上げる。
少年は片眉を上げて、舌打ちせんばかり。
「君は黙っていなさい、一般論ですよ」
「わ、わたし、服で体型を誤魔化したり……太ってないからなっ!?」
そう聞いて実際に舌打ちし、少年はオーガ達に向き直った。
「……ともかく。このメスが細身に見えたとしても、実際は腹肉たっぷりの食べ頃かもしれないわけです」
「おいっ!?」
抗議の声は無視された。少年は続ける。
「ですから、着衣のままその見た目に従ってメスの肉を分配してしまうと、思ったより肉が少なくて損をする人、肉が多くて得をする人が出てしまいます。せっかく一緒に食べているのに一方はお腹いっぱい食べられて、もう一方は全然足りない。そうなったら、楽しい食事の雰囲気も壊れてしまうでしょう。ですので、人間のメスを食すときは、まず服を脱がせるのは基本中の基本のマナーなんですよ。知っていましたか?」
へえー、ほー、とオーガ達は息を漏らす。その内の一人が身を乗り出した。
「人間のオスは裸にしなくていいのか?」
「男の裸、ですって?」
少年はかっと目を見開き、厳しい声で、
「それはマナー違反です。重大かつ致命的損傷をもたらすマナー違反。プールサイドを全力疾走するくらいのマナー違反で、かの偉人ガン爺もプールサイドで全力の助走つけて殴りかかってくるレベルのマナー違反と言えるでしょう。要するに、絶対にするな」
よくわからないことを言った。
そう返されたオーガは首を捻る。
「なんで食う前に人間のオスを裸に剥くとマナー違反なんだ? そいつの肉付きがいいかどうか、着てるものをはぎ取った方がいいんだろ?」
「ええ、そうですね。けれど、考えてみてください。人間のオスをわざわざ裸にして肉付きを確認するということは、その肉の提供者を疑うことに他なりません。この人は人間のオスの肉を不公平に分配するのではないか? という疑いの目で相手を見ることになります。これは肉を切り分ける相手が間違いを犯すものと予見しているわけですから、そう思われた方は面白くないでしょう。大変失礼です。ですから、人間のオスは絶対裸にしないでください」
ほーん、なるほどー、などとオーガ達はわかったようなわからないような顔で頷きあう。ただ一人、傷顔のオーガだけが顎を突き出すようにして、首を捻った。
「んあ? それ言ったら、人間のメスを裸にするのだっておんなじ……」
と、少年は音高く手を打ち、皆の注意を引きつける。
「さて。食材に関するマナーについてはまだ言いたいことはありますがここまでとしましょう。メス人間を食する際、衣服をはぎ取るというのは基本的マナーですが、ただ全裸にするのではなく靴下だけは残したままにするのがエチケットである、というお話もあるのですが、そこまでは皆さんに望みません。なぜなら、もっと重視すべきマナーがあり、それを皆さんは守っておられないからです。そのことについてご説明したい。そちらの問題に移りましょう」