呪われた世界で、僕はいつでも面倒くさい
キーンだとかコーンだとかカーンだとか。
学校の鐘の音は、玉遊びでお金を沢山稼ぐイタリア人のような擬音で表されることが多いよなぁ…と考えている内に鐘の音は止んで、僕は学業を強制される時間から解放された。
つまり放課後が来た。
僕は立ち上がると、机の上に既に設置していた片手で持つタイプの学生カバンに右手を掛ける。特にこれから用事があるという訳でもないが、教室にいて出来ることも少ないし、家に帰ったら、にゃみみさんがお腹を空かせている待っているはずだから。彼女は僕から餌をもらう為に生を得たのだと言わんばかりに食い意地を張っているからな。ここでうだうだしている間に、彼女の生の意味が刻一刻と失われていくのである。
教室というのは、30人近い生徒を収容しなければならないという目的があるせいで、窓際の僕の席から廊下に出ようとすると、17歩も歩かなければいけない。
”えっ、たった17歩歩くのを嫌がるなんて、人間として生きていくには不適当じゃない?”なんて思った方もおられるだろうが、僕を人間失格なジェントルマンだとするのは少し待って欲しい。
君たちのような”普通の人間”ならば、17歩を歩くなんてのは苦としないだろうさ。しかし、僕はそうじゃない。僕の場合、なんと一歩に2000kclも消費してしまうのである。2000kclって数字を分かるだろうか?成人男性が一日に消費するカロリーと同じくらいなのである。つまり僕が、この教室を出るまでに消費するカロリーは340000kcl。17日間飲まず食わずの日々を過ごしたことになる。僕はこの教室で漂流してるも同義であることがここに証明された。どうしてこんな呪いを受けているのかは説明するのが面倒くさいから、また機会があればするとしよう。
ん、なんだ。隣の席の何某とかいう女生徒から怪訝な視線が送られている。まるで、夜中ふと物音に目を覚ますと、家の隅を走り回る黒い物体を見つけてしまい、それが蜘蛛なのかゴキブリなのかを、寝ぼけながら判断しようとしているような顔だ。
もし、ゴキブリだとバレたら、丸めた新聞紙で叩き殺されてしまいそうだ。
まだ見られてる。こうなれば僕も彼女を見つめ返すしかあるまい。一方的に見られているというのはバランスが悪い。男女は見つめ合ってこそ価値があるのだ。
「何見てんのよ」
僕は後頭部を金づちで殴られたかのような鈍い衝撃を感じた。僕は君が見てくるから見返しただけなのに。そう、それは僕の台詞なのである。言葉にしないまでも、僕は無言で彼女にそう伝え続けていたのに、先にそれを君がやるのか。地方都市の条例くらいになら反しているとしてもおかしくはない所業だ。
「そっちが見てくるからだろ」
僕は、機嫌を損ねていることが伝わりやすい、低い声色で彼女の疑問に簡潔に答えた。
「あんたが、鞄を持ったままぼうっとしてるから気になって声を掛けただけ。あんたね、タッパがあるし隣でぼうっとされると、けっこう怖いんだわ。ただ立ち止まって息をするって行為は全人類に許された権利だと思ってるみたいだけど、あんたに限ってはそうではないってことを私が教えてあげたのよ」
なかなか酷いことを仰る。こんな酷いことが言えるのは、根っからの悪党か、僕が抱える悲惨な事態に無知であるかのどちらかであろう。
ならば、刮目して聞くがよい。僕に課せられた”一歩2000kcl”の呪いの話を。
僕の話を黙って聞き終えた彼女は、日本の歴史の教科書をぐるっと一周丸めると、僕の頭を思い切りに叩いて”目を覚ませ”と叫んだ。
呪われた世界で、僕はいつでも面倒くさい 終