表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

縁結び

某通信講座での課題として書きました。

原稿用紙のレイアウトに合わせて文字数を調整しているため、ウェブでは読みづらいかもしれません。

「彼と結婚することにしたの」

 夏の長い日が沈む夕暮れ時。南行徳にあるダイニングバーで、彩花の十五年来の友人である裕美子は、とても嬉しそうに言った。

「そっか、おめでとう。結構早く決めたね」

 たしか前に会った時は付き合って半年と言っていたから、出会って一年ほどで結婚を決めたことになる。昔から裕美子は、おっとりしているように見えて、思い切りがよかった。

「さすがに人生の一大事だから、かなり考えたのよ」そう言って冷酒の入ったお猪口を一気に空けると、再び手酌でなみなみと注いだ。

 裕美子は、千葉の県立高校の一年生の時に、席が隣同士になって以来の親友だった。彩花は新潟の生まれだったが、中学卒業と同時に父親の転勤により、津田沼に移り住むことになった。入学式の日に、知り合いが一人もおらず不安な気持ちで席に座っていた彩花に、裕美子は声をかけてくれた。あとでそのことを聞くと「警戒心むき出しの猫みたいだったから」と、おかしそうに言われてしまった。

 千葉のことなどなにも知らなかった彩花に、生粋の津田沼っ子である裕美子はなんでも教えてくれた。高校卒業後は別の大学に通い、彩花は門前仲町の共済団体、裕美子は幕張の旅行会社と、まったく違う道を歩んでいるが、今に至るまで付き合いは続いていた。

「ねえ、聞いてる?」いよいよ怪しくなってきた滑舌で裕美子が彩花にからんできた。

「ごめんごめん、聞いているよ」

 物思いにふけりかけた彩花は、ごまかし笑いを浮かべて裕美子に向き直った。

 それから十分にお喋りを楽しみ、店を出たのは二十二時を過ぎた頃だった。彩花の住まいは、店から自転車で五分ほどのところにあるため、津田沼の実家に帰る裕美子を送りに、自転車を引きながら駅まで歩いていった。

「大丈夫?」少し怪しい足元を彩花が気づかうと、「大丈夫よお」と裕美子は笑った。

「ところでさ」間を置いて、裕美子が言った。

「彩花は、また彼氏作らないの?」

 裕美子を見ると、あいまいな笑顔で彩花を見つめていた。もしかして、以前の彼のことを気にしているのだろうか。確かに別れる時に色々あったが、もう五年も前のことだ。ふと彩花は、長いこと色恋から離れていたことに気がついた。確かに、三十も目前となり、そろそろ新しい出会いが必要かもしれない。

「そうだね。また作ろうかな」

「本当?」裕美子は、嬉しそうに言った。

「じゃあ今度、いい人紹介するよ」

「まあ、期待しないで待ってるわ」

 そう言いながらも、どこかで期待している自分に苦笑をしながら、駅前の商店街を歩いた。駅はもう目の前だった。

「ほら、着いたよ。乗り過ごさないでね」

「はぁい。そうだ、今度お守りあげるよ」

「お守り?」

「そ、縁結びの。前にバリ島に行った時にもらってね。私もそれで彼に出会えたんだ」

「へえ、そうなんだ」

 数日後、仕事から帰った彩花がポストを開けると、裕美子から封筒が届いていた。

 お風呂で仕事の疲れを落とし、扇風機で涼みながら封筒の口をハサミで切って中を取り出すと、平たい木片がひとつ入っているだけだった。しかしそれは、よく見ると頭と胴体がある、人形のようなものだった。

「これが縁結びのお守り?」イメージとのギャップに戸惑ったが、こんなお守りもあるか、と軽く考えた。しかし考えると彩花には、職場でもそれ以外でも、特に気になるような相手はいなかった。どうしたものかと考えていると、ふと高校時代の先輩が思い浮かんだ。

「司先輩、今どうしてるのかな」

 柊木司は、裕美子と同じ吹奏楽部で、一年先輩だった。彩花が高校二年の時に知り合い、二人で遊びに行ったこともあったが、結局は恋人未満の関係のまま、司が大阪の大学に進学し、そのまま疎遠になってしまった。

 あの時、もう少し積極的になっていたら、どうなっていたのだろうか。目の前の人形に視線を落とした。改めて見ても、ただの木片にしか見えなかった。

(でもまあ、ものは試しだし)

 彩花はパンと手を合わせると、声に出してお願いをしていた。

「司先輩とまたご縁ができますように」

 一瞬の後、自分の行動に照れくさくなり、一人笑いこけた。そしてひとしきり笑うと、そそくさと片付けを済ませ、ベッドに入った。

 翌日、帰宅後にスマホを立ち上げると、通話アプリにマークがついていた。開くと、メッセージが来ていた。名前は「柊木司」。

「司、先輩?」

 名前を目にした途端、心臓が大きく跳ねた。すぐには信じられなかったが、大きく息を吸い、わずかに震える指先でアプリを開いた。

(お久しぶり、柊木です。お元気ですか?)

 司先輩だ、直感的に彩花はそう思った。

(彩花です。お久しぶりです!私は元気です。連絡もらえるなんて、本当にびっくりです)

 すると、すぐに返事が返ってきた。

(元気そうでよかった。仕事終わったの?)

 司との会話はとても楽しく、終わったのは三時間も経ってからだった。彩花は、透き通るような司の声が好きで、通話に切り替えたかったのだが、なぜか司に断られてしまった。

 それにしても、と彩花はベッドに横になりながら考えた。やはり裕美子が送ってくれたお守りのおかげなのだろうか。本当なら、逆に怖い気もする。それでも彩花は、心が満ち足りているのを感じていた。

 それから、夜毎司と会話をするのが日課になり、数日経ったある日のことだった。

(先輩、今も大阪に住んでるんですか?)

 彩花は司が今どこにいるのか、聞きそびれていたことに気がついた。近くならすぐ会いに行けるのに、そんな期待もあった。

(違うよ。どこにいるのかは……今度招待するから、自分の目で確かめてみてよ)

 変なことを言うな、と思った。自分の目で確かめる?しかし彩花には、司とまた会えるということの方が重要だった。

(本当ですか、絶対に招待してくださいね)

(うん、近いうち、必ず)

 その日彩花は、一日も早く司と再会できることを祈りながら、眠りについた。

 週末になり、自宅で夕飯を食べていると、スマホが鳴った。裕美子からだった。

「彩花?ねえ聞いてよ」

 それから三十分、結婚に至る手続きについての愚痴を話しきり、一息ついた裕美子に、彩花は「そういえば」と話しかけた。

「裕美子、お守りありがとうね」

「うん。見た目はアレだけどね」

「ううん、さっそくすごい効果があったよ」

「へぇ、そうなんだ。誰、どんな人」

「裕美子も知ってるよ。高校の、司先輩」

「……」

「いきなりスマホにメッセージが来てね。それから毎日やり取りしてるんだ」

 しばらく、裕美子から返事がなかった。

「裕美子?」

 すると、ひどく真剣な声で裕美子が言った。

「ねえ彩花、それ、いたずらだよ。ううん、もっと悪いかも」

「何言ってるの」

「あのね、彩花。司先輩、五年前に病気で亡くなっているんだよ。あの頃は彩花も大変だったし、言えずじまいだったんだけど」

「そんなはずないじゃない」

「本当なの。だからね、その人とはもうやり取りしちゃだめだよ。死んだ人の振りをしてるなんて、普通じゃない」

「うそ」突然の話に、彩花はただスマホを固く握りしめて、そう繰り返した。

「……ねえ、これからそっちに行」裕美子がそう言いかけた時、ブツンと音がして、通話が切れた。同時にメッセージの着信音が大きく鳴り響いた。画面に表示された送信者の名前は「柊木 司」。これが司でなかったなんて、とても信じられない。きっとなにかの間違いだ。彩花は祈るようにアプリを開いた。

(これからむかえにいくよ)

 開くと、唐突にそう書いてあった。

(司先輩?)

(これからむかえにいくよ)

 あきらかに様子がおかしかった。

(本当に司先輩なんですか)

(これからむかえにいくよ)

 相手は同じ言葉しか繰り返さなかった。彩花は、重く冷たいものが、じっとりと背中に貼りついているような感覚を覚えた。

(誰なんですか)

(これからむかえにいくよ)

(やめてください)

(これからむかえにいくよ)

(来ないで)

(これからむかえにいくよ)

(これからむかえにいくよ)

(これからむかえにいくよ)

「やめて!」

 彩花はスマホを部屋の反対へ投げつけた。しかしその後も、スマホからはメッセージの着信音が鳴り続けていた。それは、耳をふさいでもはっきりと聞こえた。

 どのくらいそうしていたのか、気がつくと着信音は鳴り止んでいた。

(終わった?)

 彩花はゆっくりと手を外し、深く息をついた。その瞬間、背後から何か冷たいものに抱きつかれた。あまりの冷たさに身じろぎすることも、悲鳴も上げることもできなかった。そのうちに、脇から氷のように冷たい腕が差し込まれた。そしてその手が彩花の首にかかり、ゆっくりと、強く、締まっていった。

「きたよ」

 耳元で、誰かがささやいた。いや違う。それは確かに、懐かしいあの司の声だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ