私の仕える神様が、婚約破棄に駆け付けたいと言っている
「お前との婚約を破棄するっ!」
「えっ!!」
ざわめく大勢の者たち。中心にいる華やかな男女。
「ちょっと待ったー!!」
抑えられない神力のせいで、少しだけ周囲にきらめきを纏った男がその場に躍り出た。
***
「皇子! 思いやりがなさすぎる! お前なにを大衆の面前で破棄宣言とかしてンだよ! あんだけ昔は『アーちゃん』『チーちゃん』と仲良かったのに! 冷たすぎるだろ!」
突然現れた男に茫然としていた王子は、一拍後に我に返った。
「侵入者を捉えよ!」
と強く周囲に命じる。
つまり怪しい人物と判断したのだ。
当然で賢明な判断だな、と様子を見ている私は思う。
『侵入者』は、一般人の衣装に身を包みながらこの場に相応しくもない高貴さをただよわせ、しかし慣れない砕けた口調を使おうと努力しているせいで、余計にこの場から浮いている。
うむ。皇子から見たら変だろう。
一方、侵入者呼ばわりされた男は鼻を鳴らしてみせ、先ほど婚約破棄された女性に向かい、その手を取った。
女性は驚き体をすくませた。
「可哀想に。大丈夫だ、私がついている」
「あの・・・どちらさまでしょうか・・・?」
ものすごく警戒されている。
そろそろ回収しよう。
私はため息をついて、男-私の仕える神様の襟首を後ろから掴み上げた。
「お時間です。さぁ、祭務に戻りましょう」
「ヴェルテルト! まだ早いだろう!?」
私は首を横に振った。神様からは見えないが。
「いいえ。限界です」
「嘘だ。うーそーだー!」
騒ぐ神様の首根っこを掴んだまま、優雅に皇子たちに一礼をしてみせた。
「それでは。それぞれ好きに生きなさい。失礼」
***
一瞬で神世に戻ってみたが、回収した神様は拗ねている。
「酷いよ! 私がせっかく自らあの場を収めようとしたんじゃないか!」
「良いから作物の数を早く数え終わってください。その次は成長度数の決定に入るんですよ」
「私は神様だぞ!」
「そうですよ」
「最近の若者は他者への思いやりが無さすぎる! あーんな大勢の前であんな大事な事、言うか!? 指導が必要だろう、この私が自ら!」
「さっきちゃんと一言指導入れたじゃないですか。完了ですよ」
「いーやーだ! その後、助けてあげた女の子に感謝されるんだ!」
「それであわよくば一時のラブロマンスを体験したいんですね?」
息抜きに。
私の指摘に、神様はこちらを振り返ってコクリと頷いた。
「うん。そう」
「残念です。あんたの行動がおかしかったせいで、彼女は初めから引いてました。無理です」
「えっ! 本当!?」
「あなたに仕える私が嘘つくわけないじゃないですか」
その分、本音がきれいにだだもれるワケだが。
「ヴェルテルト! どうしたらうまくいくだろう! 可愛い哀れな子羊を私が癒してあげたいのだ!」
「あなた様の専門は穀物の実りでしょう。人間の色恋は専門外でしょう。暇でしょう?」
「趣味だよヴェルテルト! 我々には、専門だけでなく多彩な趣味が必要なのだ!」
「趣味は、本業をきちんと押さえた状態で許されているのです」
「押さえてるよ! きみも優秀だし!」
「そうですね。崩れてはいませんね」
「一緒に夢を見ようよ。そうだ、ちょっと早めに仕事を片付けてさ。我々も休暇と見学も兼ねて役柄を演じようじゃないか」
何か言い出した。
でも、仕事が早く片付くなら何の問題もない気がする。
「ヴェルテルトと私とで、彼らの中に入り込んでだな、現場に駆けつけて気の毒な女性を助け出すんだ! どうだろう。夢があっていいじゃないか~」
夢があって良いのだろうか?
大きく首を傾げた私に、神様は真面目に真剣に頼んできた。
「真面目に仕事する。遊ぶために。真面目なあとのご褒美。これで文句なし! ヴェルテルトの評価もアップ!」
「ふむ」
そうか。そうだよな。
神様は満足そうにうなずき、私の頭を撫でた。
「止めてもらえますか。男型のあなたに頭を撫でられてもゾッとするばかりです」
私も男型だ。
もしも、神様が女型なら喜んだかもしれないが。
・・・うむ。
神様が男女の婚約破棄劇場に強い興味を持つせいで、仕えている私も恋愛沙汰に興味が湧いているのかもしれない。
ちなみ、神様は私の苦言など気にしなかった。
「さぁ! 仕事だ! そして、余暇の綿密な計画を立てよう!」
***
真面目に働いている中で、そういえば、と気づいた私は、神様にお教えした。
「婚約破棄がこのところずっと流行っていますから、綿密な計画など不要かもしれません」
こんなに頑張っている神様だ。
綿密な計画を立てずとも、早々に現場にいかれると良いだろう。
つまり、ぶっつけ本番で良いはずだ。
「うん?」
「数を打てばいいでしょう。片っ端から潰しに・・・いえ、救済に参りましょう、破棄の現場に」
殴り込みに。
神様が得心したように深く何度も頷いた。
「説得力がある。さすがヴェルテルトは破壊神だ」
「まだ修業中の身ですが・・・」
きちんと正しておく。
ちなみに実りの神様に仕えているのは、実りを得るための収穫が、一種の現状破壊行為であるためだ。
***
「ヴェルテルト! お願いだ、どうしたら良いだろう、専門外だからどうして良いのか分からないんだ」
神様が化身している男が、『親友』である私に泣きついている。
「健気じゃありませんか。まだ相手の男を想っているっていうのは」
「そうだが、だが私は!」
芝居がかっているようだが、神様は本気である。
本気で、一人に恋に落ちたのだ。婚約破棄されてしまった哀れな迷える子羊に。
私はため息をついた。ついでに私の方も化身しており、この人間の世界に混じり込んでいる。
「私は恋愛事は疎いのですが。悪縁や腐れ縁を絶つぐらいはできるでしょう」
私の言葉に、神様である男は顔を上げる。
すっかり恋する男の顔をしている。神の身ではあるが。
まぁ、こういうところは尊敬できる。さすがお仕えする方だ。
余暇でも趣味でも、真っ直ぐ情熱を傾ける様を、見事だと思う。
「ヴェルテルト! 頼めるか!」
「構いませんよ。ただ、私は縁を結ぶことはとんと不得手です。そこはあなたが努力して掴んで下さいよ」
「分かっている」
と神様である男は目を伏せながら頷いて、それからキリッとした眼差しを見せる。
「オリビアの心は、自らの努力で。縁を結ぶところまで他力では誠意がないというものだ」
神様の決意に顔がほころんで、励ました。
「その意気です。応援しています」
「ありがとう」
『親友』として肩を叩いてみせると、照れくさそうに嬉しそうに神様が笑む。
***
神様は、オリビアという婚約破棄をされた女性の心を掴もうと励んでいる。
私の「縁断ち」効果でかつての相手の事は薄れている様子なので少しは安堵している。
しかしもともと作物の実りの神様で、人の恋愛は専門外。
なかなかに見ている側をじれったくさせる。
オリビアという女性も、神様に心が傾いていると、見えるのだがなぁ。
「ほらほら。人界ばかり眺めていては留守をちゃんと守れなくってよ」
訪問者に、私は顔を上げた。
春の女神のフローラ様だ。
フローラ様が身軽に祭務のための大机にふわりと腰かけて私に笑む。
「破壊神になる身が、恋愛事を気にするなんて」
くすくすと笑われるので恥ずかしさを覚えた。
「大丈夫。私たちが応援している、でしょう?」
頭を撫でられてくすぐったい気持ちを持て余す私に、フローラ様は私が見つめていた人界を移す水鏡を覗き込む。
そして、愛でるように「ふふふ」と笑う。
私の仕える神様は、本気で人の娘に恋をしたので、きっと人の寿命分、こちらには戻ってこないはず。
婚約破棄の舞台「学校」は終了したので、私は先に神界に戻って、しばらく戻らないはずの神様の代わりを務めている。
こちらは大変だけれど、見事に人生分、恋する相手の傍で過ごされると良いと願っている。
水鏡に映る神様とオリビアの仲良さそうな姿を見る。
羨ましい。チラリとフローラ様を見上げる。
フローラ様は気づいておらず、幸せそうに水鏡を見つめている。
なお、春の女神のフローラ様は、人の恋愛に苦手すぎる私がアドバイスを求めに行ったことで仲良くなった。
専門外で不得手分野で、困ってしまう。
それでも。叶うなら私も、人界で恋する神様のように。
END