第六話
「これ、が、スラッシュ、と。」
「おぉ、上出来上出来。」
あれから、意識してまっすぐに引っ張ることであっさりと抜けた剣を引っ提げて、俺は何度かソードスキルを試し打ちしていた。
一度鞘に納めてしまったら咄嗟には抜けないから、ずっと抜身のままだ。
居合では毎回鞘に納めて抜くところから始めるから、思わず納めてしまいそうになるけど。
でも剣は刀と違って諸刃だから、刀みたいに鞘に添えた親指を峰でなぞる様にして入れようとしたら、たぶん親指がすっぱりいっちゃうことになる。
この辺も練習だなぁ。
うーん、ここまで難しいとは思ってなかった。
それでも抜いた状態からだったら、モンスターをやっつけるのに問題はなかったけど。
「体術に切り替えるべきなのかなぁ……。」
「あー、でも、体術ってあるにはあるけど、今の武器スキルみたいに出てくる奴じゃないらしいからなぁ。」
「条件があるの?」
「あぁ。っても、弓矢にはdexがいる、とかじゃなくて、なんかのスキルを入手するクエストがあって、それの熟練度が上がったら派生スキルに体術が出るとか何とかで……。」
「熟練度。」
「えっとな、スキルスロットにセットしてるスキルは、使ったら使っただけ成長していくんだ。索敵はこうしてしゃべってる間でも働いてるから常にだけど、武器スキルはソードスキル使った回数、とか。」
「うん。」
「勿論それだけじゃないし、ソードスキル以外の攻撃でも、防御とかでも、まぁどれだけ使ったか、って感じだな。索敵も、ここでじっとしててもあんま上がんないらしいし。モンスター少ないから。」
「なるほど。」
「で、その熟練度の最高値が1000なんだけど、えーっと、忘れたけど50とか100とかを節目に、武器スキルなら使えるソードスキルが増えたりとか、なんかから体術が派生したりとか、初級が中級になったりするわけ。」
「複雑なんだね。」
「分かんなくなったらその都度聞いてくれ。」
「ありがとう。」
「で、肝心の体術の前スキルが何だったか忘れたけど、そのクエスト、一層じゃないらしいんだよな。だから今は入手できない。」
「あー、そうなんだ。残念。じゃあ剣を抜く練習するしかないね。」
「珍しい練習だけどな。」
まぁその練習は後にして、とりあえず人少ないうちにレベル上げしとこうぜ、との言葉通り、俺とナオはひたすら犬を狩りまくった。
少しずつ奥へ入っていっても出てくるのは赤い犬ばっかりで、でも心持ち色が濃くなっていってるような…気が、しないでもなかったけど。
結局制限時間いっぱいまでその森にいて、最後の方は遠くで人の声がすることもあったけど、誰にも会わないまま初ログインは終了した。
といっても、モンスターが出るところでログアウトしたら、動かないアバターがしばらく取り残されて餌食にされてしまうって時間間際に町に戻ったから、町の中では沢山の人とすれ違ったけど。
最初の広場でログアウトして、現実世界に戻って来る。
妖精のシルエットを背にしたFairy Knightの飾り文字。
それが薄れて、See you……と字が流れたら、かすかな接続終了の音が鳴って俺は目を開けた。
一足先に覚醒していたらしい音也が体を起こして俺を見下ろしている。
俺も上体を起こして、布団の上に座る。
リンカー・リングを頭から外してぐっと伸びをすれば、腰とか肩とかが少し解れるのがわかる。
流石に六時間身じろぎもしないで寝転んでたら固まっちゃうよなぁ。
普通に寝てるだけなら寝返りとか打つし。
「どうだった? FKOは。」
「楽しかった。」
ニヤリと笑う音也に頷く。
剣はすぐには抜けないけど、実際に戦うのは新鮮だし。
まだ戦うしかしてないけど、せっかく翅があるんだし次は空を飛んでみたいな。
どんな風に翅を動かせばいいんだろう。
それも音也が教えてくれるかな。
まぁでも、その前に。
「剣みたいな刀探してみようかな。」
「えっ」
「えっ?」
まっすぐな刀もうちにあるかもしれないし、と思ったんだけど…なにか駄目なこと言ったかな。
びっくりしたように目を丸くした音也に、首をかしげる。
「なに……?」
「いや、別に……そこまでしなくてもいいんじゃね? っていうか……」
「うん?」
「お前試合とか出るじゃん? たまにだけど。だったら、まっすぐな剣の癖と混ざったりしたらまずくねぇのかなって。」
「あぁ……うーん、そっかぁ……」
言われてみたら…そうかもしれない、けど。
うちの道場で教えている居合術は、一般的なものとはだいぶ違う。
我流というか、亜種というか。
居合道だけじゃなくて武道全般そうだけど、本来力じゃなくて心根というか、心構えというか、そういうものを鍛えるために存在して、学ばれているわけで。
だけどうちの道場はどちらかというと、力を重視しているというか……。
居合道は芸術、特に舞に似てるって言われるけど、もし、刀で実際に戦っていた時代なら、そんなゆっくりしたきれいな動きでは、殺されてしまうわけで。
居合抜き、もしくは居合切り。
そういうのに代表されるような、実際に戦闘になった時に使える刀術、を、うちは教えてる、ことになるのかな?
といっても流石に、その力を悪用しようって人にはそんなもの教えられないから、それこそ心根の鍛えられた人相手じゃないと教えないとは思う。
俺は生まれた時から居合術に囲まれて生きてきて、しかもまだ教える立場には立ってないから、本当はどうしているのかとかは知らないけど。
で、その亜種みたいな居合術に染まり切ってる俺は、試合とかに出ても日頃やってることが違うから……。
そりゃあ型なんかはちゃんと覚えてはいるけども。
道場の格を上げるためには大会優勝、なんて箔はあったほうがいいんだろうけど。
段位なんかももう持ってるし……。
「別に出られなくなっても、それはそれでいいよ。」
「……ゲーム勧めて直長剣推したオレにすごいプレッシャーなんだけど?」
「気にしなーい気にしなーい。ごはん作ろっか。何食べたい?」
「待ってオレの話聞いて? 織?」
「何時間休めばいいんだっけ? 今日泊まってくでしょ? 夜食も考えないと。」
「それはすげぇありがたいけどオレの話聞け? オレこれが原因で色んな大会優勝者が大会出なくなったら責任がやべぇんだけど?」
「遠くの会場とか行くの面倒だったりするし、出るの減らそうと思ってたからどっちにしろだよ。晩ご飯オムライスでいい?」
「チキンライスじゃなくてバターライスがいい。」
「はーい。俺もバターライスのほうが好き。」
俺も音也もオムライスは好きだ。
本当に責任なんか感じなくていいんだから、さらっと忘れておいしいもの食べた方が幸せに決まってる。
卵をたくさん使って、生クリームとかチーズとかいれて焼こうかな。
しばらくは父さんも母さんも家にいないから、姉さんと妹の分も作っておかないと。
夜食は何にしようかなぁ。
春めいてきたとはいえ、夜中に身動き一つしないで寝転んでるんだから、やっぱりあったかいほうがいいよね。
「とりあえずスープでも作っておこうかな。音也先お風呂入る?」
「ほんと至れり尽くせりだよなお前ん家。」