第五話
「うぅ、ごめんね……」
「いいって、お前が優柔不断なのよっく知ってるし。」
にやにやと笑いながらナオが俺の背中を叩く。
結局あれから悩みに悩んだものの三つのスキルに何を入れるかは決められなくて……。
俺の武器に対応する武器スキル、片手直長剣は必ず必要だから入れるとして。
でも三つしかないスキルスロットを、最初っから絶対に必要ってわけじゃない召喚スキルで食べちゃっていいのか補助スキル二つ入れた方がいいんじゃないか、とか……。
坩堝に入ったら長いことを知っているナオが、「じゃあ今は武器だけ入れて、後で考えようぜ。俺索敵もってるし。」と言ってくれたおかげで延々とは悩まなくて済んだわけだけど。
そこまで強い敵じゃないはずで、二人で一緒に戦う、といっても、索敵任せることになっちゃって、申し訳ないなぁ、と、思う。
ごめんなさい。
「うっし、じゃあこの辺で。いけるか?」
「うん。」
まばらに木が生えている草むら。
奥へ進んでいけば木がもっとたくさん生えているみたい。
でもたぶんそれだけモンスターも強いし、木に囲まれてると剣が振りにくそうだから、これくらいがちょうどいい感じ。
どこかに実体化させていたらしい鉤爪を手に嵌めてナオが周囲を見回す。
鉤爪かっこいいなぁ。
ナオはスプライトだから淡い金髪で、短いからか俺よりもくるくると巻いているから、なんだか麦わら帽子みたいでキレイ。
目は髪よりも濃い黄金色、翅も金色に近くて、光っているようにも見える。
スプライトの速さに加えてagiにかなり振ってるステータスだから、鉤爪が届くところまで飛び込んでいくなら、本物の稲妻みたいにみえるかもしれない。
「クオン、来たぞ。」
「あ、うん。」
声をかけられてナオから目を離せば、向こうから走って来る犬のようなものが見えた。
ようなもの、というのは、その姿が真っ赤だったから。
あんなに赤い犬、染めてるんじゃなかったら現実世界にはいない。
「クオン、戦ってみるか?」
「一回見学してる。お手本見せて。」
「鉤爪が剣の手本になるかは怪しいし居合道場の息子に手本見せられる戦闘を期待されても困るが、善処しよう。」
言葉とは裏腹に笑いながらそう言って、ナオは鉤爪を構えた。
たたっ、と一、二歩進んだところで、鉤爪が薄く黄色の光に包まれる。
その姿が、現実世界ではあり得ない速度で地面を滑るように進んで、赤い犬とぶつかった。
ズパッという音がして、ここからじゃナオの陰になってわからないけれど、たぶん犬は鉤爪で切り裂かれたんだろう。
犬の上に表示されている緑色の棒はほとんどが黒く変わっている。
そのまま一瞬硬直していたようなナオが、持ち上げた手を振り下ろした。
今度は光が出なかったから、ソードスキル、ではないのかな。
緑の棒が真っ黒に変色すると同時にキラキラと光る粒になって消えた犬を最後まで見ることなく、ナオが振り返る。
「こんな感じ。」
「速いね。」
「今のは初級の突進技だからな。片手剣にも最初から突進技あると思うぜ。」
「……どこで見られる?」
「えっとなー、可視モードしてー。」
確認してもらったところ、最初から使える技は突進技のラッシュ、右上から左下にかけて袈裟懸けにするスラッシュ、反対に左下から右上にかけて切るスラッシュアップの三つらしい。
このあたりの技は他の武器と同じ名前のものがほとんどらしくて、さっきナオが使った技もラッシュだとか。
でも、説明書きを見る限りナオのは突進した後斜めに相手を切ってたけど、俺のはそのまま突くらしい。
同じ名前だけど同じ技ってわけじゃないんだね。
「クオンはagi重視では振ってないから、遠くから突進技で一気に行くより、近づいてきたところを一刀両断する方がいいんじゃねぇかな。」
「スラッシュかスラッシュアップだね。」
「あぁ。さっきの二発目みたいに、武器スキルをセットしてたらソードスキル発動しなくても攻撃できるから、一撃で倒せなくても安心しろよ。」
「わかった。」
「それと、ソードスキルの説明で見たと思うけど、特定の体勢取らないと発動しないからな。もしうまく発動できなかったら逃げるかそのまま切れ。」
「了解。」
「ちょうどもう一匹出てきたから、頑張れ。」
「頑張る。」
頷くナオに頷きを返して、走って来る赤い犬を見据える。
速さはそんなに。たぶん速度も初心者用なんだろうな。
緑の棒の横に赤い逆三角形。
その上にRed Chienという文字。
レッドシャン、かな、シャンは確かフランス語で犬だったから、赤い犬そのままだ。
英語とフランス語が混ざってるのはどうかと思うけど。
ナオの上に出ている棒の隣の三角形は緑だから、モンスターとプレイヤーでは色が違うんだろう。
それに名前も表示されなくて棒と三角だけだし。
その辺は後でナオに教えてもらうことにして、今は犬。
スラッシュよりスラッシュアップの方が居合切りに近いかな。
最初の体勢も、右手で剣を握ってたら、左腰から後方に、鞘に並べるように構えるって書いてあるし。
最初から抜いてあるっていうのが居合とは違うけど、ここから反対に切り上げるなら動きは居合と似てなくもない……っていうか、待って
「クオン? 犬来てるぞ?」
「うん、えっと、えっとね、」
「んん? お前犬嫌いだっけ? あ、言っとくけどそいつそんなにモフモフしてないし、モンスターは仲間に出来なくもないけど今は無理だからな?」
「犬好きだけど、モフモフしてないのは残念だけどそうじゃなくてね、」
後ろからの声に答えているうちに射程圏内に入ってきた犬が噛みつこうとする。
幸いその動きも速くはないし隙も大きいから、避けるのに苦はないん、だけど。
「……どうした?」
「け、剣が」
「おう?あ、前見ろ今からとびかかるぞその犬」
「えっ」
「で、剣がどうした?」
振りむきかけた顔を正面に戻せば、言葉通り、ぐっと姿勢を低くしていた犬が地面を蹴って高く飛び上がった瞬間だった。
顔の高さまで伸びる前足とぎらつく黒い爪。
鞘と柄をそれぞれ握っていた手を思わず放して、その前足を掴む。
そのまま反射的に後ろに向かって投げ飛ばしてしまってから、俺はナオを振り返った。
「剣が抜けない。」
「それよりお前今犬投げたな?」
思わず投げたものの、そういう攻撃に対応する体術のスキルを持っていなかったせいで、ダメージはほとんどなかったらしい。
けれど仰向けにひっくり返った犬が立ち上がるまでに近づいてきたナオがザクッザクッと二発ほどソードスキルを入れて、またも細かい粒になって消えてしまった。
一旦モンスターが現れづらいところまで下がって、ナオが首をかしげる。
「バグ……とかではないと思うんだよな。片手剣使うやつそこそこ多いだろうし、使えなかったらもう何かしら対処されてるはずだ。」
「うん……。」
「ちょっと触っていいか?」
「うん。」
正面に立ったナオ剣の柄を握って、引っ張る。
と、シャッという音をたてて、あっさりと。
「……抜けたぞ?」
「……あれ?」
かちりと鞘に戻して、抜いてみろ、と手で示す。
ナオが抜けるんだから、抜けない剣ってわけでは絶対にないわけで、だったら俺にだって抜ける、はず、なん、だけども。
「……抜けません。」
「何でですか。」
敬語で半眼のナオから目をそらしつつ、微かにギリッだかガリッだか音を立てる剣を引っ張り続ける。
どうにも抜けません。
どうしたらいいんでしょう。
「っていうかお前、さっき投げたの柔道? 合気道? なんかやってたよな、その辺。」
「うん、空手もしてる。どれもちょっとかじった程度だけど。」
「武器って考えて選択肢になかったけど、体術専門にしてもよかったかもなぁ。」
「それならナオみたいに素早いキャラのほうがいいんじゃない?」
「あー、そうかも。」
「それに、ソードスキル? になるのかな、も、型とは違う動きになるんだろうし。」
「剣じゃないもんな、拳……って、そうか分かった。」
「え?」
「剣が抜けないの。あれだ、お前鞘握ってたろ、抜こうとしたとき。」
「うん……? そうだっけ?」
「長年の癖ってやつだな、たぶん。刀抜くとき、左手で鞘を後ろに引くんだっけ?」
「あぁ、うん。そう。刀長いし、反ってるから……って、そっか。」
居合刀は、抜くときにただ前へ引っ張るだけじゃ腕の長さが足りなくて、刀を抜ききることが出来ない。
だから、刀を握る手とは反対の手で鞘を腰の後ろへ回すようにして、刃先を鞘から出す手伝いをする。
その途中で、腰に差しているときには上を向いている刃が外側を向くように九十度回転をかけて、相手を切るわけで。
刃先は体の前で、鞘の先は後ろで、それぞれ曲線を描いて動く。
でもそれが出来るのは、刀身が緩やかに反っている刀だから。
片手直長剣、の名前の通り、まっすぐな剣は、まっすぐに引っ張れば取り出せるけど、刀のように斜めに引っ張ったら、鞘と剣がこすれて出てこられない。
「居合道以外に鞘から出す武道やってないから、気付かなかった……。」
「っていうかこれどうすんだ。」