第四十四話
ぎっ、と軋る音を立ててこすれ合っていた木刀が、弾くようにして離れた。
道場の電気に照らされてニヤリと結が笑う。
多分俺も同じような顔をしてるんだろうなぁと思うけど、仕方ないよね。
結や紡姉さんと稽古するのは楽しい。
母さんや父さんとするのももちろん楽しいけど、手加減してもらってるのわかっちゃうからなぁ……。
お互い本気でやるのと、稽古をつけてもらうのとではやっぱり違うっていうか。
再び足音も立てず肉薄してきた結の木刀を受け止め弾きあげて、空いた懐に左拳を突きこむ。
けどそんなものバレバレだ、いつも使う手だもん。
半身を捻るようにして手を避けた結は、逆に伸び切った俺の肘めがけて手のひらを振り下ろす。
そこに合わせるように木刀を突き入れながら腕を引き戻し、回転しやすい体勢を利用して結を蹴り飛ばす。
吹き飛んだもののごろりと回ってすっくと立ちあがって、結は唐突に片手をあげた。
休止のサイン。
気を付けたつもりだったけど、どっか痛めちゃっただろうか。
慌てて駆け寄ろうとすると、切っ先を下に向けた結が道場の入り口を指さした。
見れば、開いた道場の扉の向こうに音也が立っててひらりと手を振ってて。
結にごめんと手を挙げてから、音也の元へ駆け寄る。
「どうかした?」
「……まぁ気付いてないんだろうとは思ってたけどな。」
「……なにが?」
「日付変わってるぞ。」
「えっ嘘、ごめん!」
言われて見上げた時計は、一時を指していて。
うわ、確か十一時にはログインできるようになってたはずだよね?
失敗した……!
「あー、焦んなくていい。オレもアマレットも先入ったから。稽古続けるならしててくれていいけど?」
「んー、いいよー。我に返ったら眠くなってきた。織兄、先お風呂もらっていい?」
「うん、どうぞ。」
「邪魔しちゃって悪いな。」
「いーえー、お気になさらずー。」
んん、と体を伸ばして木刀を簡単に手入して片づけて、掃除道具を取り出す。
こればっかりは単なる掃除じゃなくて道場、引いては神様に対する礼儀でもあるからやっとくよとは言えない。
二人でサクサクと掃除を終わらせて、神棚に一礼。
道場を出た途端ふあぁ、と欠伸をしながらお風呂に向かう結に手を振って、音也が俺を見上げる。
「先に言っとくけど、責めてるわけじゃないからな?」
「うん、ごめんね。熱中しちゃった。」
「多分そうだと思ってたし、アマレットも怒ってなかったから。」
お稽古見てみたいですって言ってたけどな、と呟くように言う。
怒ってないなら良かったけど、稽古はなー、相手がいないとなかなか見応えないからなぁ。
一人で剣振ってるだけなのは見ててもつまんないし。
「でな、悪い、先に二層行っちまった。」
「そうなの? どんなところだった?」
「ネタバレしていいのか?」
「あ、やっぱりやめとく。」
思わず聞いちゃったしそんなにネタバレ絶対ダメ! っていうわけでもないけど、そう言われたらなんか聞くのやめたくなっちゃう。
危険があるわけでもないし、行けば分かることだしね。
「で、まぁオレがここにいるからわかると思うんだけど、もうログアウトしたからしばらくは入れない。」
「うん。」
「時間も時間だし、オレとアマレットは明日改めて朝でも昼でも適当な時間にまた、ってことにしたんだけど、お前どうする?」
「どうする、とは。」
「今日これから一人で入るか、今日はもうやめといて明日オレたちと一緒に入るかだな。」
「んー。」
でも二人が二層に行ってるってことは、明日一緒に入るってなると待っててもらうことになるよね。
あの鏡みたいなところから飛ばばすぐなのかもしれないけど……。
二層入ってすぐって色々見て回ってみたりしたいしなぁ。
「今日これから一人で入ってみる。二層行ってみるね。」
「ん、わかった。」
「音也、寝る?」
「寝る。眠い。昼には入ると思うから、お前も適当に寝られるくらいには出て来いよ。」
「わかった。」
「……ゲーム内でパネル出して時計のとこつついたら、アラームセットできるから。」
「何それ早く教えてよ。」
「オレも今日知ったんだよ。」
探せばもっと便利な機能あるかもなー、あったら教えてくれ、と欠伸交じりの音也。
俺はさっきまで体動かしてたからまだ覚醒してるけど、一時だもんね。
結が出てくるまでは時間あるし、拭いたとはいえ汗を流してないまま布団に転がるのもどうかと思うし……。
「音也、座ったままゲームってできるの?」
「できるけど、おすすめしない。布団が嫌なら畳の上でタオルでもかぶってすればどうだ。」
「あ、じゃあそうする。」
そう言ってる間にたどり着いた部屋で、置きっぱなしのリンカー・リングを手に持って音也に手を振る。
音也は布団に潜り込みながらもぞもぞと手を振り返してくれた。
「おやすみ。また明日ね。」
「今日だけどな。ほどほどにしろよ。」
「うん。」
「おやすみ。」
畳に寝ころんで入った妖精の世界は、暗がりだった。
暗いタワーの中でログアウトしたんだから、あたりまえか。
青白い光もあるし、暗がりなだけで真っ暗なわけじゃないしね。
さて、と。
二層に行くのは、ボスの部屋のあの鏡みたいなところから、だったよね。
アクティベートしたから使えるようになってるはずだし。
大きなくぼみを出て、ボスの部屋の扉を開く。
えぇっと、一番奥だったよね、鏡みたいなの。
気楽に歩き出した後ろで、扉が閉まる音がした。
同時に揺らめきだす空間。
透明なまま輪郭を得ていく三つのぽってりした丸い形、その奥の巨大な存在感。
「サモン! ハク、小夜!」
反射的にハクと小夜を呼び出したのと、計四つの青い塊が重量を得るのとはほとんど一緒だった。
……っていうかなんで!?
俺は二層に行きたいだけなんだけど!
っていうか四人がかりで戦ってボスを倒したのに、一人で倒せるわけないじゃん!
ハクと小夜を呼んだとしてもこっちは三人、向こうは四人いるっていうのにだよ!
……負けるのは嫌だしやるだけやるけど!
ひとまず、一番手近なスライムの傍に飛び込んで、突きの要領で手のひらを体内に差し入れる。
同時に頭の中でファイア!
とりあえず動きを封じるだけでいいから、そんなに大きくなくていい。
スライムの中で火が灯るのを確認して抜いた腕を、仲間を助けに来たのか近寄ってきてたスライムに反転しながら突き込む。
そして流れるように体内着火!
もう一体はハクと小夜が跳びかかって攻撃を始めてくれてる。
本当に好戦的だなぁ、ありがたいけど。
寄って行って中に火をつけさせてもらう。
うーん、一回ボスにも火をつけて動かないようにしてから帰ってこようと思ってたんだけど……。
中くらいスライムが動かなくなったのを見てか、ハクがひょいっともう一体のスライムに移っていった。
一人が一体ずつ倒してくれるとしたら、俺が一人でボスを倒してたとしても、その頃には残り一体を二人で倒してくれてそうだしなぁ……。
「ハク、小夜。中くらいスライム、頼んでもいいかな?」
そう尋ねたら、小夜はにゃあと声を出しながら俺を見上げて頷いてくれた。
一方ハクはばちっと尻尾の先で雷を鳴らすだけでこっちを見てもくれない。
……あれ、俺嫌われてる……?
何か悪いことしたかなぁ……。
いや、別に、落ち込んでなんかないけどさ……。
落ち込んでなんか、ないけど……。
「……っ、ファイア!!」
とりあえず色んな感情をひっくるめて火をつけてみた。
……なんかこの言い方、放火してる人みたいだけど違うからね。
俺はスライムの体を手で突き破ってその中に火をつけただけだからね。
……これも相当危ない人みたいだ。
けど、これでとりあえずスライムは動きを止めてくれた。
あとはこれをザクザク切り刻んでいけばいいだけだ。
やっと剣を抜いてざっくりと突き刺す。
……そういえばきれいに忘れてたけど、俺短剣も持ってたんだっけ。
最初に戦ったときに思い出せてたら、下敷きにされたときに短剣で下から刺せたのになぁ。
いや、ストレージに入れっぱなしだから駄目か。
あの状況でパネル操作してどうこうってできなかった。
パネルって言えばアラームセットしとかないといけないんだったっけ。
ボス倒すのにどれだけかかるかわからないけど、お昼には入るって言ってたし、三時か四時にはログアウトしたいなぁ。
とりあえず一回……一時間後の二時にセットしておこう。
その時の状況で改めてセットしなおすってことで。
それから火が消えそうになるたびに回復したMPを注ぎ込む感じで火をつけて、動かない敵をザクザクと切っていく。
魔法の使えるハクは気づくと自分でスライムの中で魔法を発動させるのに成功したらしい。
そして小夜の戦ってる相手にも雷がバチバチしている。
なんか途中で火が消えたって鳴き声を上げなくなったなぁと思ってたらこんなことに……。
本当に俺、いらないんじゃないでしょうか……。
そんなことを考えながら、空気に瞬くcongratulation!!の文字を見上げてはぁっと息を吐きだした頃には、アラームが鳴りだす十分前だった。
……一時間くらいかかってやっと倒せたわけか……。
ハクと小夜がいないとどうなってたかわからなかったな……。
ありがとう、とひざを折って二人をなでると、小夜はにゃあにゃあと俺の手に頭を擦り付けてきた。
ふふふ、かわいいー!
そしてさっきとっても素っ気なかったハクは、俺の手をぺろりとなめて、首元まで駆け上がって来る。
そして小夜と同じくすりすりと、ハクは首もとに頭を寄せてくる。
あーもー、かーわーいーいー!
ひとしきり二人のふわふわを堪能した後、俺はようやく立ち上がった。
無事に部屋の主を倒したんだから、奥の鏡の中に足を踏み込む。
ぼんやりと薄水色の光に包まれて、ピコンと文字が現れる。
えぇっと、行き先は? で、選択肢に、一層と二層がある。
一層……ってここなんだけど、一層を選んだら帰って来るのかな。
まぁいいや、とりあえず今行きたいのは。
「二層でお願いします。」
そう言ったら、ふわりと体が浮く感覚がした。
その後目の前が開けて、気付くと足元にしっかりした地面が現れていた。
背後にはボスの部屋の奥にあった鏡のようなものが浮かんでる。
さっきと同じように足を踏み込んでみたら、再び現れる文字。
二層から帰っていくときにはバトルにならないのかな。
睡眠時間にはまだあるし、興味もあるし。
……ナオとアマレットさんは二人でボスの部屋超えたのかな……っと。
「一層に行きたいです。」
再び感じる浮遊感。
そして目の前に現れたのは、暗くなって人がいない噴水。
……これ、最初の町だよね?
振り向けばもちろん鏡みたいなのがあって、足を踏み入れると文字が現れる。
これは、もしかしなくても……。
「ボス倒す必要、なかった……よね……?」




