第四十二話
上から重いものが降って来る時に、直立してる理由なんてない。
今回は固くないけど重量はあるし、そんなもの頭から受けたら首の骨がやられる。
なんて、実際に考えられたわけじゃないけど!
小夜が無事にキャッチしてもらえそうなことを察して、それから上見て、ハクを乗せた剣を投げた時点で猶予は少なかったと思うし。
ほとんど反射的に背を丸めて地面に伏せたのと、上から結構重めの衝撃が落ちてきたのはほとんど同時だった。
……スライムは固体っぽくて液体っぽい。
今までの稽古で上から降ってきた中で一番柔らかかった布団よりずっと……弾力性? 柔軟性? がある。
何が言いたいかって言うと俺を包み込むみたいに形が変わっちゃってて身動き取れないってことです。
剣も投げちゃったしね。
にしてもどうすればいいんだろうこれ、じりじりと体勢を変えても精々向きを変えるくらいしかできないし、それも少しずつ重さに押されて丸めてたはずの体が伸ばされていくし。
気付けばお腹を上にして寝転んでるみたいな形になりそうで、慌てて修正。
古き良き武士の方々なら敵に背を向けるなんて絶対ダメなんだろうけど、俺の家は生き延びることを最優先にしてる半ば我流の流派。
弱点になるお腹側を晒す方が危ないし、何ならいざとなれば刀だって投げる。
そういう時のために徒手空拳で戦う術だって稽古してる。
……けどこのスライムそういうの効きそうにないんだよねぶよぶよだし!
そもそもなんだっけ、体術スキル? とか持ってないから意味ないんだろうけど。
だけど、そうだ。
スライムに下敷きにされたらどうするかって、考えてたじゃん俺、中型スライムの時だけど。
それに体術スキル持ってなくても、この柔らかい体なら自力で突き破れそうだし。
戦略が決まったらあとは実行するだけだ。
戦うためならお腹を見せることも致し方ない。
弱点攻撃される前にやっつけてしまえばいいんだからね!
ぐるりと勢いに任せて体をひねる。
うわ、これ目を開けてたら中に入って来るんじゃないの気持ち悪い。
運よく俺がしたいことに視界はいらないから、目をぎゅっとつむる。
そのまま右腕をぐっと上に。
なんか膜みたいなものに抵抗されるけど、知ったことじゃないね。
俺そういうの突き破るの得意、コツをつかめば誰でもできることだけど。
とにかくずぶりと突き刺さった腕をまっすぐに伸ばして固定。
……ってあれ、どうしよう俺口開けないじゃん、開けたらスライム流れ込んでくるじゃん。
このまま火魔法使ってやろうと思ってたのにファイアって言えないと無理じゃない?
あぁでも、ナオが何回も教えてくれてるようにこのゲームで一番大事なのは意志の力、ってやつだ。
頭でどれだけ強くイメージするかが大事。
だったら、実際声に出してなくても俺はファイアって言ったんだって強く思い込めば火魔法発動するんじゃないかな。
ダメならダメで次の方法考えればいいし、とりあえずやってみよう。
あ、だけどスライムって水分多いよね、火魔法だと発動した瞬間に消されちゃう?
まぁそれもダメならダメで仕方ないし消火されるまえに蒸発させてやればいいだけの話!
心の中で思いっきり叫んだファイアは、無事に指先まで届いたらしい。
ごぉっと指先のその先が熱くなって、次いで響く水分が熱せられる音。
よっぽど熱かったのか、スライムが身を捩る様に震えて高く跳ね上がる。
跳んだところで体内の火は消えないけどチャンス、脱出!
熱くなったことでねばねばが弱まっていたのかあっさりと腕を抜いてスライムの下を飛び出す。
……飛んだ方が早いのわかってても咄嗟に動くのは足なんだよね、習慣って不便。
「うわぁぁぁクオン兄さんよくご無事で! 私もう生きた心地しなかったすー!」
「いやー、お前ならどうにかするだろとは思ってたけどまさか体内着火とはな。」
「ダメージは抜群だし継続性もある、最高の選択だ。はい、小夜。」
「アマレットさん落ち着いて、メーアさんありがとうございます。」
メーアさんが差し出してくれる手から跳ねて俺のフードに収まる小夜。
気に入ったのかな、前にもそこ入ってたけど。
ナオもいやー怖い怖い、って言いながら抱えてたハクと剣を渡してくれるけど、だってそれしか思いつかなかったんだもん。
そんな意地悪言うんだったら、言ったって思い込みで魔法発動できたこと教えてあげないよ。
「にしても、ああいう戦い方があるんだな。中で火が燃えてる間は魔法も打ってこないみたいだし、突撃するか。」
「ですね。おいクオン、お前火が消える前にまた中から燃やせるか?」
「うん、たぶんできると思うよ。でもあんまり固くなかったから、誰でもできると思う。」
「俺は間違ってクオンの火を消してしまうと困るし、近接戦を挑んで下敷きにされたら逃げられる自信がないからやめておく。」
「私は腕突っ込めたらチャレンジしてみるっす。」
「オレも。オレは鉤爪だから多分できるだろうけど。」
代わりにint全然振ってないからどれだけ威力出るかはわかんねぇよなぁ、とがりがりと頭を掻く。
そういえばナオもアマレットさんも、魔法使って戦ってるところ見たことないかも。
「場合によっては魔法使ってる暇あったら切ってる方が良いってことになるかもしれねぇしな。」
「少なくともクオン兄さんほどのは絶対無理っす。」
「あれは業火と言ってもいいレベルだったもんなぁ。そうだクオン、MPはどれくらい減ってる?」
「えぇと……ほとんど全部なくなってます。」
出せる最大の炎ってイメージしたから、その通り動かしてくれたってこと?
脳みそすごい、意志の力すごい。
あと、一度召喚したモンスターは途中で俺のMPがどうなろうとモンスターのHPがなくならないと召喚解除されないのとてもすごい。
「intに極端に振ってるわけじゃなくてこの威力だもんな……いやぁ、もったいない。」
「ごめん、なさい?」
「いや責めてるわけじゃないぞ。どちらかというと誉めてる。」
「おいオレたち先行くぞ。」
「ボス戦って結構おしゃべりできるんすね。」
「勘違いするなアマレット、今回がおかしいだけだと思うから。」
会話しながらひらりと手を振ってスライムに向かって飛んでいく黄色い二人。
そうか、本当はあんまり話しながらやるものじゃないんだ。
入ってすぐの時も、ナオ鋭い感じで指示出してたもんね、そういえば。
けど今は手前の三体も倒したしいつの間にかボスのHPも結構減ってるし、喋ってても余裕になったのかな。
ピリピリした空気は必要な時にないと困るけどずっとそれだと疲れちゃうもん、適度に休憩挟んだ方がいいよ。
俺はみんなと話してハクと小夜を触ってふわふわしたから、休憩完了。
「よし、いきまーす。」
「俺も行こうかな。ずっとまかせっきりは悪いし。」
そもそもクオン含めアタッカーであってタンクじゃないもんなぁ、一番体力あるのは俺だし、とメーアさん。
アタッカーはなんとなくわかるけどタンクってなんだろう。
パッと思いつくのは大きい容器のことだけど、メーアさん人だし。
首を傾げてる間にもまぁ大剣と魔法という組み合わせがおかしいんだが、タンクかメイジかどっちなんだという話だよなぁ、と思案は進んでいくようで。
なんかよくわかんないけど、考えてるの邪魔しちゃ悪いし先に行ってようかな。
いやでも別に急いでるわけじゃないし、考えながら歩いてるのについていくのでもいいか。
魔法が飛んでくることもないから慌てて攻撃しないといけないってわけじゃないだろうし。
「おせーよ、何かあったか?」
「え、いや別に何もないけど。」
「のんびりしてただけかよ。」
少しは急いだほうが良かったみたい。
い、一応言い訳しとくけど、今はスライムの中で小さくなりかけてるけど火も燃えてるし雷もバチバチしてるし、体力もじわじわ減ってるし、いなくても大丈夫だと思ったんだもん。
けど、じっとりした目を向けられたらごめんなさいしか言えることないよね、本気で怒ってるわけじゃないのわかってるけど!
「これからちゃんと働きます。小夜、スライムジャンプするから、地面から攻撃してくれる? 下敷きにならないように、すぐに逃げられるところで。」
「クオン、気付いてなさそうだから一応言っとくけど、このスライムはボスだから固有名あるからな。」
「えっ」
「キング・オブ・スライム。お前戦ってるからログに出てるはずだけど。」
「見てない。王様なの?」
「固くて邪魔だったからぶっ壊しちゃったっすけど、最初は王冠被ってたっす。」
「王冠って言うか、金のとげとげした輪が引っかかってるくらいだったけどな。」
「へぇ、知らなかった。」
「まぁ別に名前知らなくてもいいんだけどなんか、せっかく作ってる親父のことを考えると少しくらいはアピールしといたほうがいいかなと。」
「キングオブスライム覚えました。」
「一息で言われても。」
一応点があるんだよ点が、ってぼやくナオ。
キング・オブ・スライムね、覚えたよ、うん、倒すけどね。
「このままやっつけるんでいいんだよね。」
「おう。あ、どうしよう、初回撃破報酬、ラストアタックに出やすいとかあるかな。」
「あぁ、それも多いよな。俺は辞退するぞ。」
「えっ何で。」
「よくわかんないっすけど、私も辞退するっす。」
「何で!」
ナオ、混乱。
すごく焦ってるのはよくわかるけど何で焦ってるんだろう。
首を傾げる俺に慌ただしく説明してくれるのによると、とどめさした人に特別いいことがあるかもしれない、とのことで。
……そりゃ焦る、俺も焦る!
何で辞退しちゃうんですかそんなの!
「俺は連れてきてもらった身だし、あまり貢献もしてないからなぁ。」
「私もっす。」
「無欲極まれりですね!?」
「じゃ、じゃあ、最後ギリギリの時に皆で一斉に攻撃しようよ、だれがそのラストアタックになるかはスライムさんに決めてもらうってことで!」
「それいいな、そもそもラストアタックに必ず落ちると決まったわけでもないけどな、そうしよう! いいですよね!?」
必死な声に押されたのか、アマレットさんはおずおずと、メーアさんは苦笑しながら頷いてくれた。
ほっと二人で息をついて、四人そろってスライムに向き直る。
HPはもうほとんどないけど、もう全員で攻撃しちゃっていい感じ?
「クオン。」
「はい!」
首を傾げてる間に名前を呼ばれて慌てて返事。
まっすぐスライムをみつめたままナオがゴー、とつぶやくように言う。
「えっと?」
「中の火が消えそうだから、倒さない程度に弱いの付けてきてくれ。向こうから攻撃されたら揃えて攻撃しづらいからな。」
「わかった。」
先に飛んでいって、軽く手を突っ込んでファイア。
動きを止める分だけでいいなら、喋ってる間に回復したMPだけで足りるだろうし。
その間にスライムの足元……? 足? 下の方に集まった皆のもとにおりる。
「ありがと。……じゃあ、やるか。」




