第三話
「これでよし、と。」
「うん。」
翌日、FKO発売日。
サーバーが開かれる正午まで、あと五分。
俺の部屋に布団を二組ひいて、並んで寝転がる。
体が冷えないように薄手のタオルケットを被って、リンカー・リングを頭にはめて。
連続プレイ時間制限があるから、それいっぱいやっても潜っていられるのは最長六時間。
出てきてすぐ話ができた方が楽しいよね、ということで、音也と一緒に寝転んでいるわけだけど。
「多分ログインできたら始まりの町の広場に飛ばされるから、噴水の近く集合な。」
「うん。」
「売れ行き良いらしいから人すげぇ多いかもしんねぇし、噴水についたら動くなよ。探すのはオレがするから。」
「わかった。」
音也はお父さんの手伝いとして、ほんの少しだけFKOに入ったことがあるらしい。
といっても動作テストやビジュアルテスト、最終調整のなんちゃらくらいなもので、βテストに参加した奴らの方がよっぽど詳しい、とか。
だからあんまりアテにはすんなよ、と笑っていたっけ。
それでもVR経験そのものが俺より多いんだし、やっぱり頼りにはしてるけど。
「よし、じゃあそろそろいくか。」
「うん。」
天井を見つめていた目を閉じる。
電源を入れておいたリンカー・リングに、意識を同調させるイメージ。
目を閉じているはずなのにものが見えるって変な感じ。
パールホワイトの背景に並ぶいくつかのアイコンから、FKOのものを選び出す。
表示される文字のアナウンス。
サーバーが開かれていません
開放まであと1分13秒
自動でログインしますか?
はい、お願いします、と思うだけで表示が変わる。
自動ログインまであと1分8秒……7秒……6秒。
刻々と減っていく時間に、ドキドキしているのがわかる。
どんな姿になるかな。
顔や体は同じでも、色が違うと別人みたいだし。
あと0分32秒
どんな人たちがいるかな。
どんなもふもふを召喚できるだろう。
あと0分13秒
楽しい世界だと、いいなぁ。
あと、4秒
3
2
1
「ようこそ、Fairy Knight On-lineへ」
PVで見た黒い妖精の、姉妹、だろうか。
透き通った乳白色の妖精が、キラキラと鱗粉を撒きながら正面に浮かんでいた。
同じような乳白色の空間。
「はじめまして、私はディティー。プレイヤーのサポートを担当しています。キャラクターの作成に移りますが、よろしいでしょうか?」
「あ、はい。お願いします。」
「では。」
ディティーさんがまるで横の誰かを紹介するように手を動かすと、そこにぼんやりとした肌色の影。
「リンカー・リングにアバターの情報がありませんね。今から作りますか?」
「えっと、俺の、そのままので。」
「了解しました。」
にこりと笑ってまた手を振ると肌色が俺そっくりになる。
違うのは服装、革でできた簡単な服とズボンを身に付けていて。
裸じゃなくてよかった。
「こちらでよろしいでしょうか?」
「はい。」
「では、種族を選んでください。一覧を表示しますか?」
「大丈夫です。サラマンダーで、お願いします。」
「了解しました。」
そしてまた手を振る。
革の服を着た俺の周りを複数の炎が取り囲んで、ゆっくりと回る。
カラーは、入ってからのお楽しみってことかな。
「では、ステータスポイントをプレゼントします。こちらをどうぞ。」
差し出された手にのせられた、乳白色のリボンで飾られた黒い箱。
受けとると、ステータスポイントGET!!という表示が目の端でおどる。
ここで振らないと次に進めないみたい。
音也に相談しといたらよかった。
ちょっと悩みながら、strとagiに振る。
動けないとやだし、武器を持てないのも困るし。
それからint。
召喚魔法使いたいから。
決定ボタンを押すと、ディティーさんがまた笑う。
「ありがとうございます。では、最後に。あなたの名前を教えてください。」
名前。
正直、すごく悩んだ。
本とかをよく読むからかな、見た目とかはあまりこだわりないんだけど、名前ってなんか安易に決められない。
音也は瀬名音也って、苗字と名前の繋ぎ目からナオにするって即行で決めてたけど。
俺は結局四月のあの日から昨日まで悩んで。
織って、四季とも書ける。
春夏秋冬くるくる巡って、ずっとずっと続いていく。
俺がいつかいなくなっても、きっと永遠に。
それに織物も、糸さえあれば、気持ちがあれば、ずっと織っていけるものだって思うから。
「クオン、です。」
「クオンさん……はい、了解です。」
入力か、被る名前がないかを探したのか、一拍おいてからディティーさんは笑って頷いた。
体を斜めにずらし、奥へと促すように手を滑らせる。
乳白色の中に、焦げ茶色のドアがあった。
ドアノブに金色のプレート、Fairy Knight On-lineの文字。
手をかけて一度振り向くと、ディティーさんがにこにこと手を振っていた。
「いってらっしゃい。楽しんでくださいね。」
「うん、いってきます。」
扉を潜ると、異世界だった。
似たようなフレーズをどこかで聞いたような気もするけど、それはさておいて。
高い青空と、輝く太陽。
多くの人の声で賑わう空気。
視界の端に自分の名前と、緑のHPと青のMPバー。
それから反対側に、スタートライン・中央広場の文字。
スタートラインっていうのがこの町の名前なのかな。
そのまんまだけど、わかりやすい。
それより音也と待ち合わせ。
噴水は広場の真ん中にあった。
言ってた通り、人がそれなりに集まっている。
あの水、やけに青いけど飲めるのかな。
本当の季節はまだ五月も始まったばかりだけど、これだけ太陽が照ってたら喉も乾くかもしれない。
とりあえず向かおう。
ステータス振るの悩んだから、待たせてたら悪いし。
周りの人は皆、アバターを作るときに見た革の服とズボンを着ている。
服は首もとがV字に開いていて七分丈。
ズボンも七分丈。
あとは柔らかい焦げ茶色の靴。
初期装備ってやつだ。
鏡がないからわからないけど、見る限り俺が着ているのもそれ。
鏡と言えば、色はどうなったんだろう。
あ、もしかして、皆が噴水に集まっているのって、水に顔が映るから?
俺も見たい。
気持ち早足になって進むと、心なしか周りがざわざわしている、気がする。
なんだろう、俺のせい?
そんなに変なのかな。
髪染めたことないけど、赤色似合わないとか。
何度も言うように見た目にはこだわらない方だけど、それでも滅茶苦茶変だったらカスタマイズアイテムのお世話になろう、と心に決めて、たどり着いた噴水の淵から覗き込む。
まず目に入るのは、色の白い肌にくっきりと煌めくような、濃い深紅の眼。
それから、下を向いたことでザラリと、そう、さらりじゃなくて、ザラリと落ちてくる、
「あぁ……これかぁ、見られてたの。」
つまみ上げて苦笑が漏れた。
体を起こして、音也らしき人がいたので手をあげる。
走ってきた音也は、俺を見て目を丸くした。
「お前、どうした、それ。」
「どうしたんだろうねぇ……色はきれいなんだけど。」
水を含んだ涼しい風に揺れる髪の色は、花のような淡い薄紅。
ただ、
「めっっっちゃ、長いな。」
「うん……長いね。」
男にしてはそりゃあ長いとはいえ、せいぜい背中の途中までしかなかったはずの髪。
それが今は、腰なんか軽く越えて、膝も通り越して、多分癖っ毛が反映されてなかったら引きずるような長さで。
俺、元々たくましい顔つきじゃないから。
「背の高い女の子みたいじゃない……?」
「そこなのか? 心配は。」