第十五話
「迷子になっただぁ?」
「ごめん……。」
一人で合流場所を探して歩き回っても余計に迷うだけなのは目に見えてたから、大人しくナオにメッセージを送る。
と、ぽんっと音をたてて電話のマークが現れた。
その下にはナオの文字。
ログを見たら、ナオさんから着信中、って書いてあって、マークをつついたら、一言目にあの言葉だったわけで。
周りは木ばっかりで目印になるものもないし、自分がどこにいるかも説明できない迷子なんて、迷惑に違いない。
ナオだけならともかくアマレットさんも一緒なんだし。
俺だけ引き続き別行動しようか、と言おうと思ったところで、くつくつと噛み殺すような笑い声が聞こえてることに気づいた。
しかもナオだけじゃない。
アマレットさんの声も聞こえる。
何で笑われてるんだろ、俺。
実はすごく近くにいるとか?
「仕方ねぇなぁ。迎えに行ってやるからそこ動くなよ。」
「え、俺がいるとこわかるの?」
「あとでちゃんと教えてやるよ。」
動くなよ、と念を押して、通話は切られた。
なんなんだろ……足音とか翅の音が聞こえないから、すぐ近くにいるわけじゃないみたい……?
それでも結構早くにナオが俺を呼ぶ声が耳に届いた。
俺が向かう前に、飛んできた二人がすぐそばに着地する。
流石スプライトってところなのかな。
「だいぶ奥まで入り込んだな。」
「水かけられて……」
「詳細はメールで聞いたから大丈夫だ。HPも減ってないな。」
「うん、ダメージはほとんど入らなかったから、自然回復分で回復しちゃった。」
「それは何よりだ。さて、メニュー開いてみろ。」
「はい。」
ちょっと笑ってるようなアマレットさんに見守られながら、メニューを開く。
流れるように可視化。
ナオも当然のように俺の画面をのぞき込むけど、これ本来はあんまり推奨されるようなことじゃないから気を付けないと。
ステータスとか装備品とか丸見えだからね。
俺とナオみたいに、お遊びの決闘をする程度の仲ならいいけど、敵対してる人なんかにステータスが流出なんてしたら大変だ。
……敵対する人ってだれだろ。
クランを作ったり所属したりしたら敵対プレイヤーもでてくるのかな。
騎士団対抗戦みたいなのもやるだろうって言ってたし。
……クランってそういえばどこで作ってどこで入るんだろう?
「おい話聞け。」
「あ、ごめん。」
はぁ、とわかりやすくため息をつかれる。
ごめんって。
ごん、と肩を突かれてよろめきかけるけど反射的に翅が動いて持ちこたえる。
待って、面白そうな顔しないで、連続で突いてこないで、ちょっとずつ強くしてるのばれてるよ、ねぇ。
「結構自然に翅動かせるようになってきたな。」
「その実験されてるのはもうわかってるからやめてよ、話聞くよごめん。」
「師匠、いじわるはそれくらいにしてあげてくださいっす。クオン兄さん泣きそうっす。」
「こいつすぐ泣きそうになるから気にしなくていいぜ。」
「気にして。」
でも別に泣きそうにはなってないし。
ナオは説明上手なくせに説明しないこともあるし、そういうときはじゃれあってるんだってことは十分しってるし。
だから別にどんどん突かれても泣きそうじゃないし。
「で、メニューのここなんだけどな。」
「うぅ、肩痛い……。」
「このゲームに痛覚はねぇぞ。」
「気分の問題だよ……なに、ここ?」
「ちゃんと話聞くんすね。」
聞かないとまた肩叩かれるもん。
ナオが指さすところを突っついていく。
幾つか操作すると、マップっていう文字が目に入った。
マップ。地図。
「え、地図あるのこのゲーム。」
「あるぜー、開いてみろ。」
地図があるなら俺だってさすがに迷ったりしないのに。
と思いながら開いた地図は、地図というか、なんか、線?
「このゲームの地図はな、作ってかなきゃいけないんだよ。マッピング。」
「えぇ……それ地図じゃないじゃん。」
「今はな。基本的には自分が行ったところとそのごく近くは自動的に地図になる。」
「パーティを組んでる人がいる時は、パーティの人が行ったとこもマッピングされるんだそうっす。」
「ちなみにだけど、パーティメンバーはこの緑の点で表されるからな。黄色が自分。」
「あ、だからオレがどこにいるのか分かったの?」
「そういう事。で、ここ押してみろ。」
ナオの指先が示す一つのボタン。
常時表示する、ってやつ。
なんとなく想像は出来るけど、とりあえず押してみる。
と、右上四分の一くらいにどーんと地図が出現した。
中央に緑の点が二つ、少し大きめの黄色の二重丸が一つあるのが、俺達なんだろう。
左側……西の方は結構地図っぽくなってるけど、途中から完全に二手に分かれている。
西の方ってことは町に近いところだから、赤い犬狩りまくってたあたりになるんだ。
そのあたりは歩き回ってたから地図が出来てるってことになるのか。
へぇ、結構面白い。
俺もナオもこういうのって完成させたくなるタイプなんだけど…。
「ねぇ、」
「言いたいことはわかる。邪魔なんだろ。」
「うん、よくわかったね。」
「アマレットとも同じ会話をした。」
「あ、そうなんだ。」
聞くところによると、ナオがこっち行こうだのあそこはさっき行っただの言ってたから、一回通ったところがわかるのかって話になって、マップについて話したんだって。
それで俺にマップのこと教えてないってことに気づいて、どんどん奥へ進んでいく緑の点を見ながらきっと迷子になるぞって話をしてたそうだ。
そしたら案の定俺から迷子になったってメールが来たから二人とも笑ってたらしい。
電話から聞こえた笑い声の正体はそれだったわけだ、納得。
「ここで設定いじれるから。」
「え、どこ。」
「ここ。半透明にするとか、大きさ変えるとか。適当に好きなようにしろ。」
「わかった、ありがとう。」
「あと、マップの下の実体化ってボタンで実際の地図みたいになる。」
「え、どういうこと?」
「巻物みたいなオブジェクトが出現する。中身は実体化ボタンを押した時点のマップだ。」
「途中でボタン押したら途中の地図ができるってこと?」
「そういうこと。」
なんのためにそんなことを。
途中の地図が出来ても困ると思うんだけど。
実体化した地図には緑の点もつかないらしいし。
ちなみに、場所がわかるのは自分とパーティメンバー、それから自分の召喚モンスターだけ。
パーティを組んでいないプレイヤーや、敵の位置は表示されないってことみたい。
とりあえず今のところは、すこし小さめで半透明化させておいて、迷子にならないようにしておこう。
これで少しはナオに世話をかけることも少なくなるかな。
……と、思ったけど、そうだった。
「ついでに教えてほしいんだけど。」
「ついでじゃねぇと思うけどなんだ?」
「魔法の使い方教えてくれない?」
「そんなこったろうと思ったよ。後でいいか? アマレットは時間ぎりぎりまでいてもオレたちより二時間ほど早くログアウトすることになるんだと。だからその後。」
「え、そんなお気になさらず!」
「全然後でいいよ、言っておかないと忘れそうだからってだけだし。今のところ使う予定もないから。」
「じゃあ一回町帰るか。このままレベル上げするか?」
「気にしなくていいんすよ……?」
「アマレットさんも俺たちにそんなに気を使わなくていいんだよ?」
「それはほら、師匠とお兄さんっすから。」
「身内でしょ。気楽にいこうよ。」
きょとんと、薄い蜂蜜色の目が見張られる。
何か変なこと言ったかな。
もっと厳しいところももちろんたくさんあるだろうけど、師匠はいわばお父さんだし兄弟子は文字通りお兄さんなんだから、身内じゃん。
他人ならともかく、身内相手には甘えてくれてもいいんじゃないかと思うんだけどな。
まぁそれは人それぞれだから、甘えたくないですって人もいるはずだし、そういう人に強制はしないけど。
あくまで今の感覚だけど、アマレットさんは多分人懐こいタイプだし、気を使ってくれてるんだろうなぁって思うんだ。
本当に俺の勝手な想像だけどね。
「いい話になりそうなとこ悪いけど、この後どうすんだ? 効率重視して良かったら、オレ三人いる間にレベル上げしたいんだけど。」
「ほんとぶった切ったね。いいけど。」
「賛成っす! レベル上げしましょうっす!」