第十三話
本日、先に一話投稿しています。
ご注意ください。
え、やだよやりたくないよ、と俺が言う前に。
アマレットさんが髪よりは薄い蜂蜜っぽい目をキラキラさせて両手を握りこんだ。
「見てみたいっす! お二人が戦うとこ!」
「よっしゃ、クオンちょっと離れろ、あと三十秒だ。」
「俺の意見も聞いてくれてもいいんじゃないかなぁ。」
とはいっても、アマレットさんもナオも乗り気になっちゃったなら、それを壊すのも申し訳ないし。
……俺よりナオの方がゲームにも慣れてるし、レベルとかステータスとかでは負けてるんだか勝ってるんだかもわかんないけど。
「やるからには、負けない。」
「そー言うと思ってたぜ。」
剣を鞘の隣に構える。
スラッシュアップの始まりの形と似てはいるけど、微妙に角度をずらして発動しないようにする。
ナオは速い。
そのうえソードスキルについて俺より詳しい。
発動し始めたら、その後どのタイミングでどう剣が動くのか、なんて、知っててもおかしくはない。
反対に俺にそんな芸当は出来ないのを知ってるからか、ナオの鉤爪は薄い黄色の光を発していた。
言われて離れたから、俺とナオの間には少しだけど距離がある。
それにあの構えは初めに見たソードスキルだから、ちゃんと覚えてる。
突進技のラッシュ。
視界の端の数字がゼロになった瞬間、何かを打ち付けるような乾いた音がした。
それがナオが地面を蹴った音だと理解するのと、反射的に飛んできたものを剣で防ぐのと、どっちが速かったか。
「ちょっ、と、最初見た時と速さが全然違うんだけど!」
「は? 当たり前だろ、ステータスも変わってるし熟練度も違う。」
「にしても速すぎない? ほぼagi極振りのスプライトってこんなに速いの?」
「システム外スキルってやつだ。」
「なにそれ……?」
言葉だけはのんびりしてるけど、こんなおしゃべりをしてる間にもナオはあっちからこっちから鉤爪を振って来るし、俺はそれを片っ端から剣ではじいていく。
もともと俺は特に居合抜きが好きだから、剣を縦横無尽に振り回して戦うのは得意じゃない。
刀を鞘から抜いて、一撃で切って、鞘に戻して。
その次はまた鞘から抜くところから始めるのが俺の好きな形。
だからこんな風に剣を鞘の方へ持っていく暇がない戦いは、すごく、苦手だ。
ナオのことだからそんなこと、全部分かったうえでやってるんだろうけどさ。
「クオンはあれだろ、ソードスキルは発動したらあとは誰が使っても一緒だと思ってるだろ。」
「一応は……? strとか武器の強さとかでダメージ量は違うのかもしれないけど……。」
「ステータスならagiで速さも変わるぞ。」
「嘘でしょ。」
「マジ。突進技なら突進速度は勿論距離も変わる。これはvitも関係するけどな。」
「……覚えとく。」
vitは防御力と一緒にスタミナっぽいものも表してるから、スタミナが足りないと長い距離は走れないよってことなんだろう。
ナオはそういうのを知っててagiにほとんど振ってるんだから、別にないならないで問題ないんだろうけど……。
これからステータスを振るときはもっと悩むことになりそうだなぁ。
レベルが上がるごとにステータスポイントはもらえるし。
あれ、でも、ステータスによる変化はシステムによって決められることだから、システム外スキルっていうのは正しくないんじゃない……?
「ん、気付いたか。さてクオン、お前このゲームをどうやってプレイしてる?」
「え……?」
「端的にいうとゲーム機はなんだ?」
「リンカー・リング。」
「だな。それはどうやってこのアバターを動かしてる?」
「脳みそから出てる命令をなんかいろいろしてアバターに伝えて動かしてる。」
「凄く曖昧だけどまぁいいか。つまりはオレたちが無意識にしても意識的にしても、考えてることで動いてるってことだ。」
「うん。」
歩く、とか走る、とか、さっきの反射的に鉤爪を防ぐ、なんてのは、わざわざ意識してるわけじゃないけど、そういう命令を脳みそが出してるから俺たちはそういう行動をする。
一方で何を話すかとか、どういう風に剣を振ろうか、とか、考えてから動くことももちろんあって、でもそれもそうやて考えたことを脳みそが命令にして体、もしくはアバターに伝えてる。
「つまり、オレたちは今、オレたちが考えたように動くわけだ。」
「うん。」
「ソードスキルを使ってるときに、もっと速く、って考えたら、まぁステータスのあれやこれやとかで制限はあるけど、速度は上がる。」
「……えぇー……」
「ほんとだよ後でやってみろよ。あと、大きくずらすとキャンセルになるけど、スタイルも多少は変えられるぞ。」
「それは嘘だ。」
「嘘じゃねぇよ。例えば凄く小さい相手にスラッシュするとして、振り降ろすときに高さはいらない、どころか隙になるよな。」
「向こうからしたら当たってないし、剣を振りかぶっててがら空きだもんね。」
「そういう時に……まぁスラッシュ使うなよって話だけど、始まりの高さをある程度低くすることも出来る。」
「それも意志の力で?」
「意志の力ってなんかかっこいいな。そういう事だ。」
「脳みそってすごいね。」
「可能性は無限大だな。」
至近距離で剣戟の音と光を散らしていたナオは重々しくうなずくと、一瞬翅をはばたかせて距離を取った。
振り下ろした剣が何もない空中を切る。
結局一撃も入れられなかったな……こっちにも一撃も入ってないけど。
でも離れてくれたおかげで、体勢が整えられる。
……と、思ったのに。
「はい、時間切れ。」
「え」
ナオの言葉と共に、俺とナオの間にまた紫色の文字が現れた。
今度は二段で、上にはTime Up!!、下にはDraw!!って書いてある。
「決闘には時間制限があって、その時間内に決められた分量のHPを削るか、時間が切れた後にHPが多く残ってる方の勝ちになる。」
「聞いてないけど。」
「今回はHP半分削った時点で終わる半撃モードにしといたんだけど、どっちもHPひとかけらも減らなかったから引き分けってこったな。」
「聞いてないけど?」
「あと決闘時間も設定できるから。今回は時間切れにしたかったから一番短くしといたけど。」
「聞いて、ないけど?」
「一撃くらいはどっちかがいれるだろって思ったから初撃はやめといたんだけど、初撃でも引き分けだったな。」
「ほんっとこういうことになると説明が足りないよナオは。」
と、文句は言うけど別に怒ってないのはナオも重々わかってるんだ。
だからこそ昔っからこんな感じなわけだけど。
まぁ、それでなにかすっごく嫌なことになったり困ったことが起こったりしたこともないし、いいんだけどさぁ。
「次は勝つ。」
「今回も負けてはないもんな。」
「……その言い方はなんかむむってなるね。」
「ははは、悔しかったら勝ってみろ。」
「ナオだって俺に勝ったわけじゃないじゃん。」
「オレはお前相手に引き分けたって実績で十分だよ。」
肩をばしばし叩きながら笑うナオに苦笑いが漏れる。
そ言葉ではそう言っててもナオも俺と一緒で結構負けず嫌いなの知ってるから、絶対いつかは勝ってやるって思ってるんだろうなぁ。
……負けないけど。
というか、あれ。
「アマレットさん、静かだね?」
「あぁ、びっくりしたんじゃねぇ?」
「システム外スキルなんて知らないよね。」
「そこじゃねぇと思うけど……おーい、大丈夫か。」
ナオがぽんっと肩を叩くと、アマレットさんは飛び上がるような反応を見せた。
すっごくびっくりしてる。
俺とナオの決闘が終ったことにも気づいてなかったんじゃないかな、これ。
「す、すみません、思ってたのと全然違って、驚いてたっす。」
「おう、凄いだろ。」
「凄いっす! 昨日始めたばっかっすよね? 実はベテランさんとかじゃないっすよね?」
「ベータテスターって可能性はあるかもだけど、それにしてもステータスはリセットされてるしな。」
「でも俺はともかくナオもテスターじゃないよ。」
「調整にちょっとは潜ってたから完全に初めてって言うと嘘になるけどな。」
「でも他のゲームやってるって人と同じようなものじゃないの、それ。」
「たぶんな。」
「すごいっす……。」
茫然自失、って感じ。
ナオが普通に言ったから一緒になって言っちゃったけど、調整ってなんだ制作側の人間かー、とか、だったら何か贔屓されてるだろー、とかいうような人じゃなくてよかった。
アマレットさんがそういう人だって思ってるわけじゃないけどさ。
でも、俺が思ってるよりもアマレットさんは素直な人だったみたいで。
今日出会った時みたいにぎゅっとナオの両手を握って、自分より少しだけ高いところにある同じような金色の目を見つめて言った。
「ナオ師匠と呼ばせてくださいっす!」