第十一話
「おーきーろー、おーきーろーよー。」
ゆさゆさと体が揺らされる感じ。
薄い瞼越しに太陽の光。
もう朝なのは十分わかるけど、すごく眠い……。
もう少し寝てたい。
揺すって来る手から逃げようと体をひねる。
「しーきー。おーきーろー。」
「もうすこし……」
「はーらーへったー。」
「朝ごはん何がいい……?」
「お前はこういう系統のこと言うと一発で起きるよな。」
「なにが……?」
お腹が空いたって言うなら、仕方ないじゃないか。
朝ごはんだったら和食でいいかな。
ご飯と卵焼き、焼いたお魚とお味噌汁と。
納豆とかお漬物とか、あと何かあったかなぁ。
「簡単なのでいいぞ、米に塩振ったとかでも。」
「バランス悪いでしょ……。」
「じゃあ刻んだキャベツとか付けといて。」
「何で俺の髪にはうるさいのに自分のご飯は適当なのさ……。」
「そりゃぁキレイにここまで伸ばしたんだから今更台無しにしたくないだろ。」
「そういうものかなぁ。」
起きたらすぐ髪とかせって言ってるだろうが、って言いながら櫛を手に追いかけてくる音也を引き連れて台所に向かう。
塩漬けにした鮭があったはずだし、あー、ほうれん草もあるや。
おひたしにしよう。
「音也、火を使うからちょっと離れてて。」
「おー、焼き鮭か。」
「それでいい?」
「十分すぎる。」
「じゃあ、先に居間で待ってて。」
「運ぶくらいするって毎回」
「配膳含めて料理で俺の好きな分野だから取らないでって毎回言ってるじゃん。」
「じゃあ頼むな。」
いつものやり取りを経て音也が台所から出て行く。
ご飯は昨日炊飯予約をしてた……のを、音也が炊き起こしておいてくれたみたい。
あとでお礼を言っておかないと。
さて。
「お前相っ変わらず料理速いよな。」
「え、そう?」
「この電動の時代に人力でやってこの速さ。しかも旨いしな。」
「それは嬉しいけど。」
目を細めて口いっぱいに食べ物を頬張って食べてくれると、嬉しくなっちゃうね。
音也は結構好き嫌いが少なくて和食でも洋食でも中華でもなんでも食べてくれるから、作り甲斐がある。
連休はうちに泊まり込むって言ってたし、せっかくだから作ったことないような料理も作ってみようかな。
姉さんたちの分は……苦手そうなものなら無難なものに変えておいて。
「お前……またなんか変なもの作ろうとしてるな?」
「食べられないものは作らないよ。」
「見た目はちょっとヤバそうなものも作るじゃねぇか。」
「あれは単に失敗しただけじゃん。そう言うなら音也レシピ探してよ、なんか手がかかって面白そうなやつ。」
「お前料理をパズルゲーかなんかだと勘違いしてねぇ?」
ったく仕方ねぇな、と言いながら、音也はお昼までには何かしらレシピを出してきてくれるんだろう。
楽しみだなぁ。どんな料理を探し出してきてくれるだろうなぁ。
「ご馳走様。」
「はい、お粗末様。食器」
「オレが洗う。」
「……じゃあお願いする。洗濯ものある?」
「……」
「家族の分洗濯するから音也が出さなくてもするよ。」
「ち。風呂の時脱衣籠に入れた分だけだ。」
「舌打ちしないでよ、俺が俺の家の家事するの普通じゃん。」
「そりゃーそーだけどさー。」
不貞腐れるようにじっとりした目をしてる音也に洗い物を任せて、洗濯にかかる。
っていうか今何時だろう。
姉さんはともかく妹は起こさないとずっと寝てるからなぁ。
「おーとやー今何時ー?」
「はー? 時計見ろよー、朝のじゅーいちじー。」
なんだかんだ言いながら答えてくれるから優しいよね。
にしても、十一時……朝ごはんっていうかお昼ご飯だったのか。
ごはんの量少なかったかもしれない。
あとでおやつ出しておこうっと。
昨夜寝たのが四時近くだったから……七時間くらい寝てるのか。
時間だけを考えたらいつもと同じくらいは寝てることになるんだ。
深夜に寝てお昼に起きるから眠いんだろうなぁ……。
姉さんの部屋の扉を叩いたら返事が返ってきたから放っておいて、隣の部屋。
ちょっと時間はかかったものの無事起こして洗濯物を回収して、なんだ、かんだ。
一時間ほど経つころにはあらかたの家事は終わって、ゲームに潜る準備が整っていた。
「うし、行くか。」
「うん。」
「お前屋根の上でログアウトしてたよな。」
「うん、たぶん入ってすぐの、ちょっと高いやつ。」
「……噴水で待ち合わせにするか。」
「わかった。」
昨日と同じようにリンカー・リングを頭にかぶって並んで寝転ぶ。
お腹にタオルケットは必需品だ。
「じゃ、あとでな。」
「うん、あとでね。」
どうせすぐに会うんだけども。
目を閉じても見える視界、接続はオールグリーン。
三回目のログインは、ふわりと浮くような感覚と一緒だった。
「あっ、いた!」
「えっ、うわ」
屋根からふわふわと下りると、声と足音が聞こえた瞬間にどーんと体に何かがぶつかった。
反射的に反撃しそうになって、剣が抜けなくて阻止される。
……抜けなくてよかった。
体勢を立て直してお腹辺りに巻き付いているものを確認する。
腕。
あと、胸のあたりに濃い蜂蜜色。
この蜂蜜色見たことある。
「君、昨日の……?」
「はいっ! その節は、お世話になりました……! あの時、お名前とか聞きそびれたので……」
「俺もすっかり忘れてて……ごめんね。俺はし」
「クオン!」
「クオンです。」
今普通に名前言いそうになっちゃった。
噴水から俺を見つけたっぽいナオが俺を呼ばなかったら確実に織って言ってた。
「クオン、さん。」
「はい、クオンです。」
「で、オレはナオ。いきなり割って入ってごめん、こいつの連れなんだ。」
「うん、俺の友だち、ごめんね、怖い人じゃないから、びっくりさせたと思うけど、えっと」
「そ、そんな、お気遣いなく。えっと、私はハニーアマレッティって言います。ハニーとかアマレットとかレッティとか、好きに呼んでください。」
「え、と、じゃあ、アマレットさんで、よろしくおねがいします。」
「オレもよろしくしていいか?」
「もちろんです、よろしくお願いします。」
手を伸ばして握手する。
ナオに指摘されてフレンド登録を済ませて、増えたフレンド欄を眺める。
ナオと、ハニーアマレッティさん。
この二人はこの先違う層にいてもフィールドに出ていてもメッセージが送れるんだ。
ボスのいるところとか、なんか特殊なところにいたらダメらしいけど。
というか、長いけどおいしそうな名前だ。
「あの、クオンさん。」
「はい。」
「クオンさんは、サラマンダーです、よね?」
くるりとした丸い目が、俺を見上げてぱちぱちと瞬く。
俺の髪や目、翅の色を見てたのかな。
俺は髪は淡いけど、目はかなり濃い紅色だから、サラマンダーって判断するのは簡単だろう。
翅も赤っぽいし。
「うん、そうだよ。そういうアマレットさんはスプライトだよね?」
「そうなんですっ、そうなんですよ!」
がっちりと手を握られる。
ナオは隣でにやにや笑ってないで助けてほしい。
おれ、りょうて、こうそくされる、にがて。
「私、スプライトなのに、何でクオンさんみたいに速く飛べないんでしょう!」
「うん……うん?」
「昨日ログアウトされるとき、すっごい速さでぶっ飛んで行かれたじゃないですか、そんなギリギリまでお付き合いさせてしまったのは私なんですけどっ、すみません!」
「ちょ、っと、落ち着こっか?」
「あの後ソードスキルを練習したあと、飛んでみたんですよ、私もっ、あっお使いクエストとかで飛んでみたことはあったんですけどっ、スピード出してみようって思ってっ」
「う、うん、」
「でも全然ダメでっ、クオンさんみたいに速く飛べなくて! ちょっと調べてみてジェットコースター娘ってNPCも体験してみて少しは速くなったんですけど、でもダメでっ」
「うん、あのね、」
「もしかしてクオンさんはagiに全部振ってるんですか!?」
「とにかく一回落ち着いてください。」
手は握られたままで動かせないから、ほんの少しだけ声を大きくする。
効果はあったみたいで、ぴたっと動きの止まったアマレットさんが慌てて気を付けのポーズになった。
偉い先生にでもなった気分。
リラックスしてくれていいよ、って言った方がいいのかもしれない、けど、これ以上なにか言っても混乱させちゃうだけだろうか。
「えっとね、とりあえず、俺はagiに極振りはしてない、です。」
「そ、そうですよね……。サラマンダーでagiに全部使っちゃうのは勿体ないですよね……。」
「振るならstrか、intだよな。」
「そう言うナオはほとんどagiに振ってるよね。」
「あぁ、全部じゃないけど極振りに近いな。最初のポイントは全部agiに振ったし。」
「だからナオは俺より速いよ。俺が速く飛べるようになったのもナオのおかげ。」
「まぁ言っちまえば慣れと度胸だけどな。」
あ、れ。
アマレットさん喋らなくなっちゃった。
まん丸に目を開いて固まっちゃってる。
目の前でパタパタと手を振ってみると、氷漬けにされてたのが溶けたように動き出した。
今度はナオの手をぎゅっと握ってまくし立てる。
「お願いします! 私にも飛び方を教えてください! 厚かましいお願いだっていうのは重々承知です! でも私!」
「わ、わかった、わかったから。」
ナオがしどろもどろになってるの、珍しい。
さっきなかなか助けてくれなかったから、俺もなかなか助けてやらないでおこう。
そう思ったのに、ナオはあっさりとアマレットさんを沈静化した。
「なら、一緒にパーティ組もうぜ。時間平気か?」