第十話
「あ、あの、はじめまして、いきなりすみません。」
「は、はじめまして……」
急に声をかけてきたのは、濃い蜂蜜みたいな髪をした小さな女の子だった。
小さな、というのは幼い、という意味じゃなくて、身長が低いという意味で。
だけどアバターが実際の年相応なんだったら、中学生くらいにみえるから十分小さいかもしれない。
「あの、私、ソードスキルがうまく出せなくて、もしよかったらコツとか、教えていただきたいんですけどっ」
「え、と、それはいいけど……」
俺あと十分くらいで強制ログアウトになっちゃうんだよ、ね。
というか、この子はどうして俺に声をかけてきたんだろう。
このあたりにはまだちらほら人もいるし、わざわざ俺じゃなくても……。
あ、もしかして。
「周りの人、誰かと一緒にいる強そうな男の人ばっかりだし……お姉さん、一人で戦ってて、話しかけやすそうで、」
やっぱり。
「ごめんなさい、俺こんな髪してるけど男です。」
「気づいたらつい……え。」
「それに、強制ログアウトが迫ってて……」
「あ、そ、そうなんですね、すみません、ご迷惑を、」
「だから、それでもよかったら、できることは、します。」
「えっ」
「男相手でもよかったら、だけど。」
「ぜひっ、お願いします!」
「じゃあ、ちょっとの間だけだけど。」
俺の言葉にペコッと頭を下げると、少女は腰から短剣を引き抜いた。
短剣、かぁ。
ナオの鉤爪と俺の長剣でも最初はスキル名が同じだったから、長剣と短剣でも同じだと思うけれど。
でも同じ名前でも初めの型や動きが違うのも経験済みで。
「ちょっと待ってね。」
「あ、はい。」
幸いスキルスロットは一つ空いてる。
一度入れたスキルは削除できない、なんてことはなくて、削除したら熟練度がリセットされるだけ。
だけ、って言ったら語弊はあるけど、すぐに消すつもりのスキルを入れるのには全然問題ない。
「うん、スキルの名前はやっぱり同じだね。」
「えっ!?」
「あ、やっぱり動きは違うみたい。やってみないと分からないや。」
「え、えっ!?」
「ごめんなさい、一度短剣貸してもらってもいいかな。」
「た、短剣スキル入れたんですか!?」
「うん……。駄目だった?」
「ダメではないですけどっ……すみません、ありがとうございます。」
「……? うん。」
長剣の装備をはずして、差し出してくれた短剣を抜いてから鞘を腰に差す。
ソードスキルがうまく出せない、ってことは、たぶんソードスキルを出すきっかけになる始めの型が違うんだろうなぁ。
ラッシュが突進技だってのは変わりなくて……スラッシュは上から突き立てるような感じなのかな。
スラッシュアップは下に潜り込んで突き上げる、と。
全然スラッシュ感はないけどまぁいいか。
モンスターはいないけど、始めの体勢を確認して空打ちしてみる。
ズバンッと弾けるような音がして、ソードスキルが発動される。
続けて後二つ。
ラッシュを使って離れてしまった距離をもう一度ラッシュで埋めて、短剣を少女に返す。
「すごいですっ、一度でソードスキルだせるなんて……!」
「俺に教えてくれた人が上手だったから……えっとね、ソードスキルを使うには最初に決められた体勢を取らないといけないのは知ってる?」
「は、はい! でもたまにしか発動できなくて……」
たった十分。
それに俺はゲームもナオに頼りっぱなしで正直よくわからずにやってるわけだけど。
それでもそっくりそのまま使ったナオの教え方が良かったのか少女の呑み込みが良かったのか、ログアウトしないといけない頃にはソードスキルを出せるようになっていた。
「あ、ありがとうございます!」
「うん、出せてよかった。ごめんね、俺もうログアウトしないと。」
「すみません、ギリギリまで……!」
「ううん、気にしないで。もしまた何か困ってることがあったら、できる限りの事はするから声かけてね。」
「ありがとうございます!」
「じゃあ、またね。」
深々と頭を下げる少女を置いて、翅をはばたかせる。
ナオのジェットコースターを経験しておいてよかった。
どこまでスピードを出しても大丈夫なのかを感覚的に知ってるってのは、加速するときにすごく大事だと思うんだよね。
人にぶつかると困るから門の上を通って町の中に入って、何かの建物の屋根に墜落するように着地する。
足が地面につくのとほとんど同時にログアウト。
強制ログアウトまでの時間は、残り数秒だった。
「……なんでそんなに笑ってるの。」
「……っく、悪い、」
「ねぇ、何でそんなに笑ってるの。」
「悪い……っ、って、」
「……」
「イタッ」
俺の寝てる隣で胡坐をかいてお腹を抱えて笑っている肩を少し小突いて立ち上がる。
うー、首筋が固い―。
「ご飯食べた?」
「食べ、た……うまかっ、た」
「……」
「悪かったって!」
無言で見下ろしたら、音也が口元を抑えながら立ち上がった。
俺もご飯食べよう。
向かいに座った音也にお茶と適当にお菓子を出して、サンドイッチとスープを口に運ぶ。
「で、何で笑ってたの?」
「いや、お前、そんな急いでログアウトしなくてもいいじゃん、って。」
「だって、強制ログアウト迫ってたし、」
「強制ログアウトって言っても即刻じゃねぇよ。」
「え、そうなの?」
「警告ログが出て、それから十分くらいでログアウトしないと強制的にされるだけだ。」
「……それを先に言ってよ……」
凄く急いだのに。
それならあの女の子にももう少しゆっくり教えてあげられたかもしれないのに。
今度会ったら謝らないといけないなぁ。
「にしても織が人にゲームを教えてるってのが面白い……!」
「それ酷くない……?」
「無事教えられてよかったな。」
「うん……って、あれ?」
「どした?」
「何で俺のやったこと知ってるの。」
「見てたから。」
お菓子を食べながら平然と答えられても、へぇそうなんだってなるわけじゃないし。
見てたってなんだ、どういうことだ。
「お前は覚えてねぇかもしれねぇけど、リンカー・リングの初期設定した日、外部干渉許可出してるだろ、オレに。」
「がいぶかんしょうきょか。」
「例えば今回みたいに、お前がリンカー・リングを使ってる様子を外で表示させたりとか。」
「そんなのできるの?」
「お前に登録されてるのはオレだけだけどな。」
「……家族は。」
「一応皆に聞いたけど面倒だから今度って断られたろ。」
「そうだっけ……ねぇ、俺も音也がしてるの見られるの?」
「おう。モニターがいるけどな。」
「持ってないね。」
「やっぱり忘れてると思うけど、オレの使ってる液晶端末はお前も使えるからな。」
「えぇ、そうだっけ。」
「そうでーす。」
きれいさっぱり記憶にない。
ご飯を食べ終わって歯磨きをした後、液晶端末の使い方やリンカー・リングとの接続法を教わる。
うーん、覚えてられるかなぁ。
それにちょっと面白そうだったから聞いてみたけど、音也がゲームしてるところを外から見る機会ってあるだろうか……。
「そーいや織。」
「なに?」
「あの女の子にまた声かけてって言ってたよな。」
「うん……だめだった?音也女の子嫌いじゃないでしょ?」
「その言い方は語弊があるからやめろ。確かに女の子近寄りたくないんだ! みたいな症状はねぇけど。」
「でしょ?」
「問題はな。」
「うん。」
「次にどうやって声をかけるんだってことだ。」
「……うん?」
「お前フレンド登録とかしてないだろ。しかも名前も聞いてないし言ってない。」
「あ……忘れてた。」
「お互い抜けてんだよなぁ。メール送ってやってもよかったんだけど、そんな時間ないってパニックなりそうだし。」
「なったと思う。」
「自信満々にいう事じゃねぇけどな。それにどっちもフレンド登録の仕方わかんなかったかもしれないし。」
「俺はわかんなかった。」
「だから自信満々にいうことじゃねぇって。」
苦笑いする音也。
でも、そっかぁ。
すっかり忘れてた。
どこかで偶然ばったり会うってことはあるかもしれないけど……。
「まぁお前その髪だし目立つだろ。相手が見つけてくれるんじゃね?」
「だったらいいけど……残念だな。せっかく仲良くなれそうだったのに。」
「お姉さんみたいな髪しててよかったな。」
「音也のお父さんのおかげだね。」
布団を並べて敷いて寝転がる。
もうすっかり深夜だ。
ログインできるまで三時間起きて待っていられる自信はない。
もし待ってられてもゲームの中で寝そう。
「明日何時に起きる?」
「んー、」
あー、もう音也が考えてる間に寝そう。
ひるごろでいいか? って言葉がぼやぼや変なフィルター越しみたいに聞こえる。
あさはやくから……まで聞こえて、声が途切れた。
ふ、と小さく笑うような気配。
瞼の向こうが暗くなって、肩のほうがほんのりぬくくなる。
横になると一瞬だな、と笑ったような言葉に続いて、おやすみ、と優しい声が聞こえたのまでは、覚えている。




