Day 3 水曜日
昨晩、考えてはみたものの結局いい案は思いつかなかった。今朝、誰かとシュウくんがダンスパーティーの申込書を出したら、もうそこでおしまいだ。お願い、シュウくん。金曜日まで誰とも提出しないで!
何となく気になって、いつもより10分くらい早く学校に行ってしまった。それでどうなるっていうんだ、私。しかし、教室に入ると、やけに人がいた。まるで、遅刻をしてきたみたいだ。腕時計を見て時間を確認しても、まだ始業時刻には十分余裕がある。やはり、男子も女子も、みんなダンスのパートナーにしたい人にいち早く声をかけたくて、早く来ているようだった。しかし、シュウくんはまだ来ていない、セーフ、なのかな?まあ、私は今すぐ渡せるわけでもないので、周りを見ていた。男子から女子に頼むパターン、逆もまた然り。OKしてもらえる人もいれば、保留される人、断られる人もまた然り。
あ、シュウくんが来た。今まで何もしていなかった女子たちが、数人、駆け寄っていく。あぁ、これでおしまいか、私の初恋。と思った時、光の扉が開けた。なんと、シュウくんは、駆け寄ってきた女子たちに対して、
「まだ、考えさせてくれるかな。ダンスのパートナーは、僕から選びたいんだ。ごめんね。あなた方の気持ちは受け取ったよ。だけど、誰と踊るかは僕から決めさせてね。」
と言ったのだ。この発言は、希望の光がさしたと同時に、直接、ダンスパートナーになってと私から頼むことができなくなったということも示していた。うーん、難しい、どうしよう。
今朝はこんな具合に、落ち着かない雰囲気のまますぎ、気が付けば昼休みになった。
私はマリにふと気になっていることを聞いてみた。
「そういえば、マリは私の心配ばかりしているけど、ダンスパーティーどうするの?」
答えは即答だった。
「もう提出したよ、アキラくんと。」
「早いね。」
話によれば、アキラくんがマリに誘っていて事前にOKを出していたらしく、今朝書類をそろえてすでに提出した、とのことだった。あー、いいなぁ、向こうから誘ってきてくれて。と思った次の瞬間、なんとシュウくんが目の前に現れた。しかしここで先走ってはいけない。するとシュウくんは
「昨日の数学のテストのことなんだけど、今日の放課後、一緒に復習をやらない?僕の入ってる数学部で昨日盛り上がったんだけど、せっかくだからどうかなと思ってさ。昨日言ってたでしょ、復習しなきゃってさ。」
内心、ああ、あの話かと思ったりもしたけど、数学の復習を数学部の人たちとしたら面白そうと思ったので、付いていくことにした。少なくとも、数学部にお邪魔している間は、シュウくんが好きな話題で、一緒に楽しく会話できる。これは良い。
放課後、シュウくんと一緒に、数学部にお邪魔した。教室を出たとき、若干の鋭い視線を感じたが、まあ今日のところは気にしないでおこう。
数学部の人は、数学の話になると目を輝かせていた。そうはいっても、私も今回4位の成績を修めていたので、話についていけたし、それなりに有意義なひと時を過ごすことができた。この時は正直、ダンスパーティーの件はこの際どうでもいいんじゃないかと感じるほどだった。
帰り道、私とシュウくんは方向が同じなので、自転車を押して話しながら帰ることにした。
「柚子島さん、こうやって一緒に帰るのって、小学生の時以来だね。」
「リゼでいいよ、そうだね。小学生の時は、結構一緒に遊んだよね……シュウくん。」
「『シュウくん』か、なんか懐かしい響きだなぁ、柚子し、ううん、リゼちゃん。高校の友達は、みんな、『瀬野っち』って呼ぶからさ。」
「あ、ごめん、気に障った?」
ついとっさにシュウくんと呼んでしまった。
「いや、いいよ。『シュウくん』で。なんか懐かしくていい響きだった。いやぁ、それにしても、数学部相手にあれだけ互角に話せるとは、すごいよ、リゼちゃん。僕も楽しかったよ。なかなか数学の話で盛り上がれる女の子っていなくてね。楽しかった。ありがとう。」
「うん、私も有意義な時間だった。また今度遊びに行ってもいい?あと、今週末の……。」
ここまで言えたのに、そこで声が出なくなった。しかし、シュウくんは、
「数学部は、いつでも大歓迎だよ。あと、今週末……あぁ、ダンスの話?」
「そう、もし……良ければ……なんだけど……」
もはや、恥ずかしくて、これ以上言えない。というか、多分だめだよね。しかし返事は意外なものだった。
「いいよ、踊ろう。」
「えっ。」
あまりに突然のことで、理解できなかった。するとシュウくんは、
「でも、やっぱりダンスは男が女性に誘いたいんだよね。というわけで、改めて。僕と一緒に、踊ってくれませんか。」
「もちろん、よろこんで。」
つい嬉しくなって、気が付けばシュウくんの差し出した右手を、両手でぎゅっと握っていた。
何とも急展開、天にも昇る気持ちだった。
何と、勉強が恋愛の武器として使えるなんて。びっくりだ。
しかしまだこの時、明日何が起こるかを予想することはできなかった。
続く