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蝉が空を飛んだ日

作者: 雨ノヒ


蝉の命は羽化してから約一週間で幕を降ろす。それは、長い時間を暗い土の中で生きている彼らにとっては、生きる時間の内の十分の一にも満たない時間。

だからこそ彼らは明るい地上に夢を見て、土の中から姿を現すのだろう。そうして力一杯鳴くのだ。限られた時間で命がここにあると証明するために。


そして今もまた、ここで一匹の蝉が羽化しようとしていた。

手のひらに乗るほど小さい蛹。今その殻を破って一匹の蝉が出て・・・・・・


“ビリッ”


* * *


暑い暑い夏の日に、三人の子供たちが公園で遊んでいた。小学校中学年ほどの二人の元気な男の子と一人の明るい女の子は幼馴染なようで、とても楽しそうに遊んでいる。手には白球に赤い刺繍で縫われた野球ボール。それを使って三人はキャッチボールをしている。

僕は一心に空を飛ぶ野球ボールを見つめた。

(僕にはあんなに大きなボールは投げれないけど、飛ぶにはちょうど良さそうだ)

飛べないので足の力だけで彼らに近づく。

僕は蛹から成虫に羽化して、夢と希望を胸に殻から出ようとした時に羽根が運悪く殻に引っかかって破れ、空を飛べない体になってしまった。だから僕は生まれてから一週間ずっと飛ぶ方法を探していた。木によじ登って飛び降りてみたり、カラフルなフワフワと浮かぶ丸い球体に繋がる紐に捕まってみたり。しかしどの方法も、飛べずに地面に落ちてしまったり、掴まりきれなくて手が離れてしまったりと失敗に終わってしまった。

飛べずに過ぎた一週間。僕はいつ死んでもおかしくない状態だ。実際、体もあちこちにガタが来ていてこれ以上持ちそうにない。

今日なんとしてでも飛ばないと、僕の蝉生は一度として空を駆けることなく終わってしまうかもしれない。そんなのは嫌だ。

そんな時に見つけた三人の少年少女。もう、彼らに賭けるしかない。

僕はちょうどこちら側に転がってきたボールに向かって歩みを進めた。


* * *


「いっくよ〜!! 」

その少女の声に少年二人は喉をゴクリと鳴らした。すかさずアイコンタクトを交わし、頷きあう。

少女が上げていた左足を下ろしながら右手を力一杯振る。

少女の手から離れたボールはその体躯からは想定出来ない速さでこちらへと向かってくる。

「「小太郎! /空! 任せた! 」」

互いが互いに任せたボールは恐ろしいスピードで二人の間を抜けた。そしてそのままボールは遥か遠くまで飛んで行ってしまった。

「ちょっと二人とも、ちゃんとボール取ってよ〜 」

「沙知、あんなボール取れるわけないって! 」

「うん、ちょっと手加減て欲しいかな」

「も〜しょうがないなー。じゃあボール拾ってきてー! 」



少女の名前は木葉沙知、少年二人のの名前は西宮小太郎と沢田空だ。

三人は幼稚園の頃からの幼馴染で何をするにしても一緒に行動していた。

キャッチボールだって元々沙知が幼馴染二人がしているのを眺めていて、自分もやりたくなった沙知がそこに加わったのがきっかけだった。予想外だったのは沙知の成長が異常で、あっという間に豪速球を投げるようになったことだろうか。

そんなこんなで今日も今日とて、放課後からずっとこの調子で遊んでいた。

「ほら〜行くよー!」

「ちょっまた!?」

「ストップ!ストッ・・・・・・うわぁああああああ!」

今日も夕暮れ時の空に毎日二人の絶叫が響いたとか。


「はあはあはあ・・・・・・」

「ぜぇぜぇぜぇ・・・・・・」

「さー!ラスト一球ー!」

豪速球を毎度取りこぼした少年二人は球拾いに駆け回り、大幅に疲弊していた。追っても追っても追いつかないわ、探しても探しても見つからないわ。投げた当の本人は豪速球を投げる癖に足が遅いという矛盾を起こしているわ。そんなこんなで哀れな幼馴染二人は少女の投げたボール探しに駆けずり回っていた。

そして、本日最後の一球・・・・・・。

「とぉーりゃぁーーーー!!」

沙知の手元からボールが放たれた!

速い! 速いです! 本日最速記録を出してます!

「「はぁぁあああああああ!?!?」」

勿論そんな球を幼馴染が取れるわけもなく、二人は【構える】から【避ける】にモーションを変更! 当然球は二人の頭上をビュンッと音を立てて通過! しかし、球は止まらない! 延びる! 延びる! 延びる! おおっとここで止まったぁーーー!


幼馴染二人は恐る恐る、振り返ると背後にあった木に煙を上げながらボールがめり込んでいた。しばらく見つめていると、木からボールが外れ、地面にポトリと落下した。

それを見届けた後顔を見合わせた二人は、ゆっくりと右手を持ち上げて、老若男女にお馴染みの運試しを始めた。

「「最初はグー! じゃんけんチョキッ/パー!! 」」

「勝ったぁぁぁあああ!!! 」

「・・・・・・マジかよ」

「じゃあ、空、ボールよろしくね」

空は項垂れながらも、ボール拾いの為に遥か遠くにある木へと駆けていった。



空は木の下まで来るとボールが落ちた辺りの草むらを掻き分けた。めり込んだ後に重量に従って落ちたからそう遠くには転がっていないだろう・・・・・・と思いたい。

しばらく探していると視界の端に野球ボールが映り込んだ。

手を伸ばしてボールを取ろうとすると、なんとなく違和感を感じた。恐る恐る接触面積を少なくしながら手に取る。

「うわぁ!」

ひっくり返してみると反対側に大きな蝉が付いていた。蝉を落としてしまいたいが、あまり触りたくないので蝉付いた状態で二人のところへと持ち帰る。

「なあ、蝉付いてるんだけど」

「げっ! 蝉!? んなもの持ってくるなよなー!

「だって触りたくないし・・・・・・」

「え?どれどれ〜?見せてよー」

沙知が空の手元を覗き込んでくる。

「ほれ」

「あっかわいい〜!! 」

「「かわいい!?!? 」」

目をキラキラさせながら、沙知は野球ボールを空の手から優しく受け取る。

「ねえ、この子怪我してるよ?」

その言葉を聞き、沙知の手の中の蝉を覗き込む。羽の部分をよく見ると少し千切れていた。

「お前、空飛べないの?」

その問いに答える声はない。だけどそれを肯定ととった三人はどうにかこうにか空を飛ばそうと話し始めた。


* * *


頭上から三人の少年と少女が話し合う声が降ってくる。

「空に放り投げてみる?」

「うちの鶏の背中に乗せるのもよくないか?」

「お前ん家の鶏、絶対蝉も食うだろ」

計画通り野球ボールを拾ってはもらえたものの、見つかってしまい突如この会議が開かれた。

僕が最初に狙っていた、野球ボールごと空へ飛ばそうという意見も出たが、小太郎という子どもが「地面に落ちた瞬間そいつペチャンコだぞ」の一言でなしになった。これが九死に一生を得たというやつか。あのまま僕の計画通りに投げられていたらと思うと・・・・・・ゾッとする。

「うーん、何かもっとこう、安心安全な方法でこの子に空を飛ばせてあげられないかな?」

「花火で打ち上げるか?」

「安全なのっつてんだろ」

やや危険な案も出ているが、一度、こいつらに任せてみようと思う。

「紙飛行機とかはどうかな?」

「紙飛行機?」

「あー、まーそれならそんなに危険じゃないな」

紙飛行機?それはなんだろうか。未知のものに期待と恐怖を覚えつつもしかしたら空を飛べるかもしれないという希望が胸を打つ。

「あっあたしカバンからプリント持ってくるね! 」

プリント!?本当に紙で僕を飛ばせようとしてるの!? あんなにペラペラのじゃ落ちて死んじゃうよ!

僕は逃げなければと思い、少年たちの手の上から抜けようとする。

「あっおいコラ、動くなよ! 」

「ちょっと小太郎! 乱暴に扱わないでよ!」

「なら空が持てよ!」

ガッチリと掴まれていて逃げることが出来ない。

もうちょっと緩めてくれたっていいじゃないか!

そんなこんなで小太郎という少年と争っているとランドセルを抱えた沙知が戻ってきてしまった。

「小太郎!あんまり乱暴に扱わないでよ!」

そう言いながら少女はランドセルからプリントを取り出した。そこには不思議な文字の羅列と、赤の罰がたくさん書かれていた。

「沙知、お前これ今日帰ってきたテストの答案だろ。こんなので紙飛行機作る気か?」

「その前になんて点数取ってるのさ。おばさんに見つかったら大変じゃないの?」

「ハハハー。だから蝉と一緒にこの答案も空に飛ばしちゃおうかなって!」

満面の笑みを浮かべながら沙知がそう言った。会話をどうやら危ないものらしい。僕は何かも分からない危険なものに乗せられるのか。

「ほら、空。折って折って!器用でしょ?」

「はいはい、わかったよ。後で怒られても俺は責任取らないからね?」

「うん!わかってるって!」

空の手に渡った赤い罰ばかりのプリントは器用に折りたたまれていく。

「うわっ。お前に紙飛行機折らせたらここまで本格的になるのか!」

短時間の間で折られた紙飛行機は何度も折られた形跡があり、手が込んでいて、フォルムもなかなかカッコいい。これなら青空を飛べるかもしれない。

「小太郎!ここに蝉を乗せて!」

僕は優しく紙飛行機の上に乗せられた。紙で出来ているがなかなか頑丈なようで、安定感もあり、乗り心地は上々だ。

紙飛行機は沙知に手渡され、いよいよ投げる姿勢に入る。

「よしっいくよー」

狙いを定めて弾みをつけて二回。

手つきは先ほどの豪速球とは違い優しいもので、スッと僕は宙へと放り出された。

夕方のやや冷たい風が僕の肌を撫でる。真っ赤な夕焼けに染まった空を飛んでいる。僕が一週間ずっと夢見ていた景色。

ようやく僕は飛べたんだ!!

今まではずっと空を飛ぶ仲間を見ていただけだったけど、今日は違う。僕も空を飛んでいるんだ。

空を駆けることへの快感に僕は身を任せた。


* * *


紙飛行機から手を離した後、幼馴染三人組は優雅に空を飛ぶ紙飛行機を眺めていた。高く高く飛ぶそれは見ているだけで心躍る。

きっと蝉もたいそう喜んでいるだろう。

ふと、小太郎の視界に何かが映り込んだ。

「・・・・・・何か近づいてきてない?」

小太郎がそう呟く。それを聞いて二人もそちらを見る。確かに、少し遠くの空から黒い何かが速いスピードで近づいてくる。

「烏?」

「ねぇ、真っ直ぐ紙飛行機に向かってきて・・・・・・ 」

「ちょっと蝉を食べようとしてない!?」

聞こえるわけはないだろうが三人は必死に紙飛行機に戻ってくるように手を振る。


下をみると三人が大きく手を振っている。見えないだろうが僕も手を振り返す。

ふと、頭上に大きな黒い影が差した。何事かと思って上を見ようとしたが、それよりも先に一つの衝撃。


“パクッ”


「「「あ」」」



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