黒猫は鳴く
猫が好きです。はい。
1匹の黒猫が歩きながら時折鳴く。
「にゃぁー、にゃあー。」
夜の街並み。街灯が灯り、その影に隠れたり、光に照らされたりしながら、黒猫が歩く。
人々は、寒さのために忙しく歩く。
その通行の邪魔にならぬよう、黒猫はゆったりと歩く。そして、鳴く。
「にゃぁー。にゃあー。」
黒猫がある家の玄関口で止まる。閉ざされた木の扉を、前足で軽くガリガリとする。
その音に気づいた家人が、扉を開ける。
「おやまあ、今日も来たのかい?待っててね。」
そう言って小皿にパンをミルクに浸したものを用意して、黒猫に与える。
「さ、お食べ。」
黒猫は鳴く。
「にゃあー。」
ひたすらに与えたものを食べる黒猫を見て、家人が言う。
「あんた、こんな毎日来てくれるんだったら、ここにずっといないかい?」
黒猫は耳をピクッと動かす。
しかし、そのまま食べ続ける。
「無視、かい。ま、いいよ。また食べたかったら明日もおいで。」
「にゃぁ。」
そして、黒猫は食べ終わると、家人の足にすり寄る。
「気ままなやつだねぇ。」
そう言いつつも、黒猫の喉元をくすぐり、ゴロゴロと音を立ててるのを感じた家人は、愛おしく黒猫を見つめる。
「こっちもあんたの顔見れて嬉しいんだからね。来る途中で倒れるんじゃないよ。」
「にゃあー。」
黒猫は家人の手に顔を当てた後、また街並みを歩き出す。その黒猫の背に向かい、家人は言う。
「本当に、気をつけなよ。また明日来ておくれよ。」
より暗くなって、街灯の灯りとその影の明暗が濃くなった時も、まだ黒猫は街並みを歩いていく。
人通りは一気に減り、石畳の路地も寂しく映る。
「にゃぁー。にゃあー。」
黒猫は鳴く。
すると突然、後ろから抱き上げられた。
黒猫はいつもと違う声で鳴く。必死に。
「にぃゃぁーーー!!ふぎゃーーーー!!」
その抵抗ぶりに驚いたその人は、一瞬黒猫を遠ざける。その隙に黒猫はその人から逃げる。
走って走って走って。黒猫は走って、あの家人のもとへ向かう。しかし、あの家の灯りはもう落ちていて真っ暗である。
玄関の扉を何度もガリガリとするが、家人は起きてこない。
しかし、あの人の足音が近づいてくる。
黒猫は陰に潜む。
黒猫を見失ったその人は、息を切らしながら呟く。
「どこかの飼い猫だったのか…。寂しそうだったんだけどな…。」
もう1度周囲を見回すが、黒猫の鳴く声はせず、その人は踵を返して歩いていく。
黒猫はその後ろ姿を見送り、小さく鳴く。
「にゃぁ。」
黒猫は次の日もあの家人の家へ向かう。家人はまた黒猫を出迎える。
「にゃあー。」
平らげた黒猫はすり寄って挨拶をし、その場を離れる。
「またおいで。」
家人は黒猫の背を見送る。
次の日も、次の日も次の日も。黒猫は家人の家に立ち寄る。そんな日々がまた続くようにと、黒猫は鳴く。
「にゃぁー。にゃあー。」
ある日、家人からいつも通りご飯を貰っていると、家人はまたあの質問をする。
「ここにいないかい?」
黒猫は食べるのをやめて家人の顔を見る。けれど、すぐに顔を落とす。
「考えておいておくれよ。」
黒猫は鳴く。
「にゃあー。」
寒さが厳しくなっても、黒猫はいつも通り街並みを歩いて鳴く。
「にゃぁー。にゃあー。」
夜遅くも歩いていると、道端に座り込んでる人がいる。以前抱きかかえられたあの人である。
黒猫は、すり寄りに行く。
黒猫に気づき、その人は頭を撫でる。
「やあ、いつかの。元気だったかい?」
黒猫は鳴く。
「にゃあー。」
「そっか。そのまま元気に過ごせよ。僕は、ここで休むよ。」
黒猫は、鳴かずに何処かへ向かう。
「本当に猫は気ままだな。」
黒猫はあの家人のところに着いて、扉をガリガリする。今日は珍しく家人が起きている。すぐに扉を開け、黒猫に言う。
「どうしたんだい、この真夜中に。珍しいねぇ。」
黒猫は必死で鳴く。
「にぃゃーぁお。にゃぁーお。」
いつもの余裕のある鳴き声でないことに気づいた家人は、黒猫に問う。
「誰か助けが必要なのかい?」
黒猫は元気よく答える。
「にゃあー!」
道端で座り込むその人は、寒さに凍えつつ歌を口ずさむ。
「ホーリーナイト…♪」
「にゃあー!!」
「え。」
見ると、あの黒猫とその後から知らないおばさんが走ってきている。そのおばさんの手には、ミルクとパンが握り締められている。
黒猫は、その人に近寄り、この人だと言わんばかりに鳴く。
「にゃあー!!」
遅れてたどり着いたおばさんは、息を切らしながら言う。
「あんた!こんな所で寝てたら凍えて死んじまうよ!!これでも食べな!」
差し出されたミルクとパン。その人は、涙声になりながら応える。
「ありがとうございます。」
家人はその人の事情を聞き、一緒に家に向かう。黒猫は、家までついていき、家の中に入るふたりを見届ける。黒猫にもミルクとパンをやろうとして、問いかける。
「あんたも中へ入って食べないかい?あれ?」
もうそこには黒猫はおらず、暗闇があるだけである。微笑み、家人は呟く。
「本当に猫は気ままだよ。」
またいつものように、黒猫が鳴くその声は街並みに響く。
「にゃぁー。にゃあー。」
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