7-6 生産ギルド内
出がけに騒動があったけど、楽しめたからまあいいか。思いのほかノリが良かったガーディ―を連れて、目と鼻の先の生産ギルドへと向かう。
移動にかかるほんのちょっとの時間でも、見ていると判ることがある。
まず、周りの建物に比べるとやっぱり新しいから目立つ。冒険者ギルドや神殿、衛兵隊の詰所なんかは長年使われているから、修繕はしていてもやはり古さ――と言うより、歴史――を感じる。生産ギルドは、元あった建物を壊して作ったこともあり、真新しい。廃材は別の用途があるので、今回はほぼ新品の素材を使ったことも新しさの理由だ。
人の流れも、多くは生産ギルドへと向かっている。まるっきり冒険者らしい人もいれば、住民もいる。冷やかし半分、依頼のチェックや今後の進路と考えている人も多いのか、年齢層は比較的若い。
……日は高いのに、入る人に比べると出てくる人が少ないな。こりゃ、中は混雑してるかも。ちょっと失敗だな。
今のところ物の販売は自分の店でとしているので、インベントリにはお金くらいしか入れてないから入る必要もないんだけど、ここで入らないと魔術ギルドと同じでいつまで経っても寄らないだろうし……よし。入るか。
近寄りながら改めて見ると判ることがある。
建物に比例してドアも大き目。外と中の明度に差があるからか、ドアは開いていても中はうかがい知れない。暖簾でもあれば入りやすいのか?いや、あの小さなスイングドアが暖簾替わりか。
中がうかがい知れないことで、新しい世界へ行く感じがして、年甲斐もなくわくわくする。イメージ的には、昔でいうマップ切り替えポイントにリアルで入る感じか。大きなリアルどこで……この先は言ってはならない気がする。
建物に入ろうとする前に、人が途切れた。俺は運が良い。
さあ、行こう。新しい世界へ!
僕たちの戦いはこれからだ!!!
終わらんよ。まだ終わらんよ。
ノリと勢いで言っただけだよ。
ギルド内は外に比べるとかなり薄暗く、急な変化に目をシパシパと瞬かせた。瞬きのおかげで、徐々に目が慣れてくると、新しい木造りの室内が見えてくる。
なかなか広め。今は人が多くて狭く感じるが、冒険者ギルドよりもロビーは広そうだ。カウンターは受付、報告、販売、臨時依頼受付と別れている。並んでいるのは受付と販売。他は暇なのか、手伝いをしている。ま、まだ登録と物の売り買いが多いか。
部屋の隅には何組かの机と椅子があり、そこも満杯である。ん。活気があっていいな。仲間内で話しているのか、ざわめきが満ちる中、スタッフらしき人達が忙しそうに歩き回り、順に声をかけている。時に連れ立って行く奥の扉には、生産工房と書かれていて、座って待っているのが、工房の空き待ちだと推測できる。
見ているのが面白く、思いのほか入り口をふさいでしまっていた俺に、スタッフの一人が気付いてこちらを向いた。やばっ。怒られる。
「いらっしゃいませ」
「ようこそ、生産ギルドへ」
「お待ちしておりました」
「中へどうぞ」
最初の挨拶を皮きりに、次々にスタッフから声がかけられる。最初は別の人に向かって言っているのかと思い、後ろを振り返りながら横へとどいてしまった。それでも、動いた俺を追いかけてかけられる声も移動したので、実際に俺が言われていることが理解できた。……なんで?
挨拶されるに従って、周りからの注目が増えていく。幾人もの住民やプレイヤーからの視線が集まると、それは圧力となる。徐々に増えていく視線と、彼らの顔に浮かぶ疑問の表情。そりゃそうだ。忙しそうな受付ですら、次に並んでいる人を呼ばずに手を止めて、見知らぬ人間に挨拶してるんだ。何があったかと思うわな。
うわぁーこりゃきつい。営業プレゼンの方がよっぽど楽だわ。知らない人間の疑問目線はプレッシャーになるんだな。
わけがわからない状況に戸惑っていると、ススッと落ち着いた感じの女性が近寄ってきた。
「お待たせしました。ギルド長のところへご案内します」
「……お願いします」
そういえば、セバンスに生産ギルド長から話があるって言われてた気がする。というか、そんなことがなくても、この視線圧から逃れられるなら、どこにでも連れて行ってよ。
そこそこ混んでいるロビーを横切り、階段を上って行く俺らをプレイヤーらしき囁きが追いかけてくる。
「限定イベ?」
「強MOB?」
「お偉いさんキター!!」
「いつか、俺たちもあの位置に」
「護衛付きって貴族様じゃね?」
「プレイヤーじゃねぇの。あのわたわた具合」
「本当に、人間チック」
「どう考えてもNPCでしょ」
「2階は立ち入り禁止のはずなのに」
「重要人物発見!」
好きかって言われているけど、ちょっとだけ気になったことがある。思わず、階段の途中で立ち止まってしまった。逡巡は一瞬。
俺は振り返って口を開いた。
「祝福の冒険者諸君。生きているのが自分達だけだとは思わないでもらいたい。ここの住人、一人一人も生きているのだ。いや、むしろ、祝福に守られ、死なず、長期にこの世界から遠ざかる君達とは違い、住人こそが『生きて』いると言える。
NPCだのMOBだのと呼ばれる謂れはない。
君たちは、神の祝福により、この地へと立ち寄った異邦人であることを忘れないでほしい」
俺の言葉に戸惑うの4割、反感4割。残りは納得してくれたのか、住人なのか、頷いてくれている。勇気を出して言って良かった。少なくとも、理解してくれた人がいる。そして、何より、自分の周りに漂っていた冷気が解消された。それを実感して、再度階段を昇りはじめる。後を追いかけてくる囁きは面倒なのでシャットアウト。
……NPCやMOBなどの表現はかなり住民に評判が悪い。人によっては罵倒と受け取るレベルの言葉らしい。聞いたガーディーはちょっとだけ気分を害した程度だったけど、案内の人やギルド職員の視線などが一気に冷えた。ゲームに夢中なプレイヤーは気付かなかったかもしれないけど、周りの雰囲気に集中していた俺にはかなり厳しい変化だった。
おかげで、俺らしくもなく上から目線の演説なんてやっちまった。俺としては、少なくとも凍えるほどの冷気がなくなったから結果オーライ。でもまあ、住民のプレイヤーに対する心証がかなり悪いっぽいのが気になるな。普通なら、ちょっと聞こえたくらいじゃここまで冷たい目線にはならないだろうに。
ごくごく一部のプレイヤーのせいだろうけど、一緒くたにされるとこっちにまで被害が来るな。このままじゃ、ゲームが楽しめなくなるんじゃないかな。住民から冷たい目で見られる冒険者なんて、ただのならず者でしかない。その状況で楽しめる人間は少ないだろう。
んなことを考えているうちに、ギルド長の部屋に着いたようだ。
案内の人――名前聞いてないや――が軽くノックした。さて、どんな話があるんだろう。