7-5 痴話げんか
「だからさ、一緒に遊ぼうよ。趣味なのはわかってるけど、前みたいに。
棚とかなら、いつだって作れるじゃない」
「わかってるって。でも、私はやりたいんだって。昔からの夢なのは知ってるでしょ?
ここでしか作れない物もいっぱいあるんだよ」
「でもさ……せっかく会えたんだし。何も言わずに行っちゃうんだもの。
どれだけ心配したかわかる?」
「ごめん。……でも、急に決まったことだから。それに、春休みだし、時間がなかったし。
落ち着いたらきちんと連絡したでしょ」
「うん……でも、一言欲しかった。
だ・か・ら。一緒に遊ぼうよ」
さて問題!ここはどこで、あれは何でしょう。
……じゃーじゃん♪
ここは俺の家の通用口前で、あれは女子グループのでもでもだっての痴話げんか(?)。あの調子で、もう30細刻やってます。俺が門を開ける前からやってるみたいだから、下手したら1刻くらいしてるんじゃないかな?聞いてると、内容はループ状態。たぶん、仲良し5人組――いや、目の前には5人いるのよ――から、一人が急に転校して音信不通。ここで再会って感じ。
う~ん、どうしたものか。いや、見てるのは楽しいんだよ、見てるのは。正直言えば、所詮他人事だし、若い子のこういった言い合いって微笑ましいじゃん。
でもさ、限度もあるとも思うわけさ。ほら、混んだ電車内で騒がれると嫌じゃん。それが理解できる内容だとしてもさ。わけわかめなことならなおさら。
そろそろ飽きてきたなぁ。最初は事態把握にしっかり聞いてたけど、言葉は違えど内容は似たところを回っているだけだし。少しずつ全員にストレスが溜まりつつあるみたいだし。ここで暴発されてもなぁ。
それにしても、会話だけ聞いてると、イケメンとのいちゃいちゃ痴話げんかか、ボーイッシュとの百合ん百合んだけど、現実はなぁ……どっちもそんな雰囲気はなく、ただ単に、仲のいい友達。ま、当然と言えば当然。
5人ともパッと見で区別はつくけどそこまで個性的ではない。さすがに縦ロールとかはないか。おじさんには、ちょっと髪型が違って、雰囲気が違うなってことくらいしか思えないのです。VRなんで髪の毛の類はいじってるだろうから、他を現実そのままに作ってても、街ですれ違っても気づきません。
一人で遊ぼうとしているのがポニテの子で、感情的になっている子が同じくらいの長さで緩くまとめて流している。長髪の子に時に加勢しつつも宥めにも回っているのがショートボブ?の二人組。ん。俺には細かい判断は無理だな。双子かねぇよく似てる。ショートカットの子は仲裁に入ろうとして右往左往。……こう見ると、結構個性あるのか?
服装や装備から推測するに、双子ちゃんも顔は似てても弓持ちと神官に分かれ、ショートが魔法使いでロングが小盾剣士。ポニテは武器らしい武器がない。初心者装備っぽいので二次組だろうけど、こう見るとプレースタイルがそもそも違うな。
パーティー組むならバランスが良さそうだけど、武器とかに慣れるための訓練は別にしないと効率悪いだろうな。職業系や武器系スキル専用クエとかもあるって話だし、常に一緒は難しいだろうな。ま、通常生活があるから、そもそも不可能だろうけど。
んなことを考えてるうちにも、話はくるくると回る。物見高い観客もある程度するといなくなって、今この娘らに意識を向けてるのは俺くらいじゃね?ぬぼーっとそんなことを思っていると、話が少しだけ違う方向へと進んだ。
口火を切ったのは弓の娘。返すポニテは、それまでよりもちょっと興奮して見える。
「みっちゃんは大工さんがやりたいんだよね?」
「ただの大工じゃないわ。おじいちゃんと同じ宮大工よ。お寺とか、ああいうのが建ててみたいの。ここならできるわ。いえ。ここしかできないの。
だって、一度は諦めた道なのよ!宮大工どころか大工だって女性には狭き門よ。私は筋肉が付きにくいし、そもそもおじいちゃんどころか家族みんなに反対されるし。
お父さんだって跡を継がなかったんだから、このままじゃ伝統が途絶えちゃうわ」
「あれ?いとこか誰かが継いだって前言ってなかった?
……あ、だからか」
「……そ。……だから余計に反対されてるの。お父さんと同じ、一級建築士になれば良いって。設計も楽しいわよ。でも、私は自分の手で作りたいって思うの。
だ、か、ら。こっちでくらいは自分の手で作ってみたいのよ。絶好の機会だもの」
「それはおめでとう。このゲームって本当に現実みたいに感じるし、みっちゃんの気持ちもわかるわ。
……でもさ」
またループが始まりそうだな。
見ててもつまらないわけじゃないが、俺にも時間が無限にあるわけでもなし。そろそろどいてもらおうかな。
う~ん。どうやったもんか。えーい!出たとこ勝負だ!
意を決して、声をかける。
「よろしいですかな、お嬢さん方」
初めは声がかけられたことに誰も気づかなかったが、何度か話しかけると驚いたようにこっちを見た。騒いでいた自覚はないのかね。うん。ないんだね。まあ、当人はそんなもんか。
「え、あの」
「ああ。楽しい会話の邪魔なんて無粋な真似をして申し訳ないね。
ただ、ほら。ここは門の前なのでね。通らせてもらっていいかな?」
「え、あ。ホントだ!」
「「「「「すみません」」」」」
「ああ、まあ気にしないで」
言われて気付いたのか、ちゃんと謝ってきた。きちんとした娘さん達だ。……視点が爺臭いか?うん。性格だから仕方がない。
周りから注目を浴びていたことに気付いた娘もいて、顔を赤くして縮こまっている……すごいなVR技術。
避けてくれた所をガーディ―と歩きながら、気にしなくていいと手を振る。彼女らの前を過ぎたところで、軽く振り返る。
ついでに一言。
「見たところ、祝福の冒険者だね?そして、仲良く一緒に冒険するかどうかで盛り上がったと。
うん。老婆心ながら一言。
……全部一緒でなくてもいいんじゃないかな?かと言って、祝福の冒険者は時間が合わないと会うことも難しいのも確か。
そこでだ。時に約束をして……そうだな、5連5灯の20刻時にそこの噴水とか、そんな感じで決めて、予定を合わせて遊ぶ。ま、最初は全体の1、2割かな?残りは、個人個人でやりたいことをやる。
そうして、様子を見て、一緒の時間を調整すると良いよ」
「え?あの、その」
「うん。ごめんね。聞いてたんだ。悪かったね。
いやまあ、なんでこんなことを言うのかって、見てきたからね。無理して、最終的には仲違いしたり、別れってったパーティーを」
ええ。別ゲームですが。リアルで仲が良いグループはグループで、ゲーム内だけのパーティーはパーティーで時に仲違いをしていた。傍から見たら大したことない内容でも、当事者にとっては一大事。ますます仲良くなるやつらもいたけど、バラバラになるのも多かったなぁ。
ゲームじゃなければ、高校とかでも見る風景だよね。
「勿体ないよね。特に祝福の冒険者は常に一緒にいられるわけじゃない。今は皆楽しそうだけど、義務になると、無理をすると楽しくなくなるから。人生は楽しいことばかりではないけど、わざわざ楽しくない方に進む必要はないだろ?」
「旦那様、そろそろ……」
「ああ、そうか。
ん。余計な話をしたかな。
それでは、よい冒険を」
なんとなく見てられなくて、いろいろ言ってしまった。ガーディ―が上手に促してくれたから切り上げられたけど。
困惑状態の5人組を置いてきぼりにする形で別れたけど、そこは気にしない。正直、彼女らのためではなく、自分で気になったから言っただけだし。でも、彼女らが楽しくゲームを続けてくれれば良いとは思わないでもない。
……それにしても、ガーディ―は上手に口を挟んだな。
そんなことを考えながら、込み合う生産ギルドへ向かった。