生産ギルド設立
久々にちょっと時間ができまして
1部エピローグ兼2部のプロローグ的なお話として
噴水のある広場の片隅に、続々と集まる素材を持った屈強な人々。最初は主に、木工系と石工系。何せ、舞台づくりだ。他の分野はまだまだお呼びでない。
掛け声もなく、なのに流れるような連携を見せる職人に、街の人は驚きの目で遠巻きにしていた。近づくと作業の邪魔になるし。
ある程度舞台が整って来れば、次は見栄え。裁縫や細工系の職人だけでなく、石工木工でも細工が得意な職人が次々に手を入れ、瞬く間に無骨な舞台が華やかに彩られていく。
舞台が崩壊しないように要所要所では釘や鎹が使われ、細工や刺繍がされた革が新しすぎる舞台に重厚さを演出する。
急ピッチで完成したのは3刻もした頃。見る見るうちに艶やかになる舞台に、見物客が増え、広場はなかなかの賑わい。完成した舞台の上には、背もたれを【鍛冶】【木工】【石工】【薬剤】【裁縫】【皮革】【料理】【農業】それぞれの図柄に掘られた椅子が、規則正しく置かれる。
それを合図に、作業していた職人が次々と、舞台前へと集まる。つられて、遠巻きに眺めていた住人やプレイヤーが近付いてくる。広場の舞台前はかなりの人出になった。
始めはざわざわと聞こえてきた仲間同士のおしゃべりも、静かに並ぶ職人につられ、広場を静寂が支配する。
咳一つない空間を8人の分野代表が舞台への登る。それぞれの椅子の前に立つと、【鍛冶】のボルボランが中央へと足を進める。
「諸君。
モノづくりを志した諸君。
ここ、アークにて腕を振るっていた諸君。
我らがアークに、このたび生産ギルドが設立された。これもすべて、今まで生産によりこのアークを支えてきた先人と、腕を磨き続けてきた職人たちの、皆の協力があってこその結果である」
ボルボランから放たれる重厚な声音。それは、旅人が訪れることで発展したために、生産ギルドがなくともなんとかなってきてしまった、街の大きさの割には生産従事者が少ないアーク。ここに根を張り、それぞれの分野で独自に住民の生活を支えてきた職人たちを讃えるものだった。
不遇ではなかった。生産ギルドがない分、同規模の街からすると職人が少ないため仕事も多く、忙しく、かつ、優遇されていたとも言える。それでも、ギルドのない街はやはり認められていないと認識されることも多い。他の街を知る旅人から、一段下に見られることも多々あった。
そういった、不満がたまっていた彼らだったが、鍛冶師として高名なボルボランに率直に褒められると、目を瞑り、頬を紅潮させ、感激していた。様々な思いが静かに駆け巡る。
彼の演説はまだ続く。
「独立独歩。それが我らがアーク職人の心意気であった。そこに自負を持つものも居よう。その思いを否定するつもりはない。
そういう我も師の元を離れてから、己の腕を頼りに生きてきた。己が手で作り上げたものは心より誇れる。
ならば、なぜ生産ギルドを立ち上げるのか。
それは、この、象徴に集約される」
そういって掲げたのは、一本の包丁。同時に、後ろに立つ代表者達も木箱に収められた同様の包丁を掲げる。一糸乱れぬ統一した動き。練習したのかよ。なんて、無粋な突っ込みは入らない。
「我らがアーク生産ギルドの象徴は、この包丁である。象徴について、知らない者もいよう。
……我が生産ギルドの象徴について、説明できるとは。感無量である。
んんっ。各生産ギルドは、それぞれの街や、ギルドを現す物を掲げる。時には街の成り立ちを、歴史を、ギルドの絆を、未来を、目指すべきものを、証として掲げ続ける。
それが、生産ギルドの象徴である。
掲げるギルドだけでなく、街や人々を表すと評されることもある。すなわち、ギルドだけでなく街の象徴とも言える。……そこからわかるように、街における当代随一の者が手掛ける。ここアークでもそうする予定だった。
しかし!しかしだ。ここはアーク。始まりの街。新しい歴史を始めるにはもっともふさわしい街」
そこでボルボランが一呼吸置いた。急な話の展開に付いていけなかった聴衆に、ゆっくりと驚きがしみわたる。
大勢の視線が、掲げられた包丁へと集約するのを待って、再び声が響く。
「諸君。急な召集にもかかわらず、集まってくれた諸君。生産ギルドを待ち望んでいた諸君。
遠目に見てもわかるであろう。この包丁が素晴らしいことは。使えばさらにわかる。この包丁の特性は、食材の鮮度保持である。【料理】の道にいるものには喉から手が出るほど欲しい物だろう。
……初めは、我らの手で作る予定であった。本人の希望により名前は伏せるが生産ギルド設立の立役者がいる。その彼の案を元に我らが手掛ける予定であった。
試作。そう、弟子たちによる試作にすぎなかったこの包丁を見たとき。我らはわかったのだ。ここ、アークに新しい時代が来たことを!
まだ独立するに足らぬ弟子の作。この輝きを見てそう思える者がどれほどいよう。我らとて、信じられなかった。名の通った工房主の作と言われた方がまだ信じられる」
陽光に照らされて輝く包丁は、周りの雰囲気もあってか、逸品の業物にしか見えない。独立していない弟子の作とはとても思えない。
「しかし。これを作り上げたのは紛れもなく、独立前の者たち。【鍛冶】よりアロ。【石工】よりカロ。【木工】よりサロ。【裁縫】よりシュラナ・サラーニナ。【細工】よりポリーナ。【皮革】よりペトロ。【薬剤】よりギースト。そして、祝福の冒険者『魔術狂』クローバー。これは彼らが協力して作り上げた作である。
協力。そう、協力してだ。
……自らの足で歩んできた。自らの腕に自信がある。ここに集いし者の中には、この包丁以上の物を作れる者も居よう。弟子たちには決して及びもつかない技を持つ。その自負があろう。もちろん、我にもある。
未熟なる腕。それがただ集まっても決して及ばない。そのはずだった。
しかし!彼らは違った。自らの足りないところを相談しあい、補い合い、時には分野を超えて議論しあい。そうして、全員で一つの作品を作り上げた。
……翻って、我らはどうだ。他の分野と協力した記憶は誰にでもあろう。しかし、それは真に協力であったか。それは名ばかりの分業でしかなかったのではないか。その証拠がここにある」
独立できない、師にまだ一人前とまでは認められていない見習いの作。それが、街一番の職人の作と遜色がない。認めがたくも事実である。
そのことに、集まった職人たちは驚きと、疑いと、探究の視線を向ける。
「拘りを超え、分野を超え、時には固まったプライドを超え、よりよきものを作る。その精神こそ、ここ、アークに。始まりの街アークにふさわしい。
より良い物を。新たなる物を。仲間と協力してまだ見ぬ境地へ。その思いを体現したこの包丁。
さらに、これで【農業】作りし食材を【料理】することで、この生産ギルドに所属する全分野を網羅できる。すなわち、この包丁こそ、アーク生産ギルドの象徴にふさわしいと我らは判断した」
箱入りの包丁を掲げていた面々が、静かに降ろし、ふたを閉める。ボルボランも、むき出しにしていた包丁を丁寧に仕舞い、小脇に抱えた。
ひときわ大きな声が彼から放たれる。
「今ここに、我らが新生アーク生産ギルドの象徴を、この『鮮度包丁』とすることを宣言し、生産ギルド設立の儀を終了とする。
初代代表、【鍛冶】、ボルボラン」
真面目な顔で余韻を持たせた後、一転していつもの顔に戻る。
「ほい。お疲れさん。後ろの包丁を使った料理がギルドに用意されてる。みんな味見をしてってくれ。鮮度保持の実演もあるぞー。
ギルドができたが、工房主であれば今とさほど状況は変わらん。最初は初心者や見習いへの門戸を広げた程度だ。その後は、今後の話だな。詳細については、各々確認してくれ。
んじゃ、かいさ~ん」
最後は軽いノリで終わった。
しかし、それが良かったのか、プレオープンとは違い、ギルドはかなりの人出でにぎわった。まあ、プレ自体は住民、特に職人メインだったし、現実世界では夜中だったりで当然だろうが。
これからどんどん人が増えるだろう。いつもごった返している冒険者ギルドほどではないとしても……
なんと、第5回ネット小説大賞の一次を突破していました。
これも、応援してくれた皆様のおかげです。
と、言うことで、一話だけ投稿し、完結から連載中へと変更しました。