閑話 外の人々
「おはよう。特に問題はないか?」
「おはようございます」
「おはようさーっす」
「……ざいます」
ドアを開けながらかけられた元気な挨拶には、それぞれらしい返答があった。
彼は気にもかけず、自分のデスクに向かいながら、改めてそれぞれに昨日までの状況を確認する。
最初に答えたのは、落ち着いた感じの女性。長めの髪を無造作に後ろでくくっている。少々疲れた感じがするが、それはここにいる全員に共通していた。
正規版がオープンしてまだ一ヶ月と経っていない。一番の山場は超えたが、まだまだ溜まっていた疲労が全て抜けるほどの余裕はない。
「私の方で目立った件はありません。世界全体では穏やかに進んでいます。
ただ、住民ヘイト値と流通について、状況が進みました」
「あれからか?」
「ええ。ヘイトについては、だいぶ改善されましたね。これなら、滞っていたクエストが発生しそうです。
流通についても、好調ですね。ギルド取引量と露店数が増えています。アーク拡張クエストのトリガーまでもう少しです」
「おおっかなり好調だな。このまま行けば良いんだが。
問題は?」
「いくつかのキークエストやイベントが予想よりも早く発生してますね。個人での条件突破のようです。
今、データをまとめてます」
「そうか。後で見るから上げといてくれ。
田中君のところはどうだ?」
田中と呼ばれた青年は、もじゃっとした短めのくせっ毛で猫のような雰囲気がある。
ふらふらとしているが、誰も気にしていないのは、常にそんな感じであるからか。
まじめに仕事をしている雰囲気はないが、画面を見る目はひっきりなしに動き、なにやら確認をしている。
「へい室長。活動バランスは予想通りでーす。順調っす。
未だ戦闘中心ですね。交流が少ないので、まだ他の街の情報が流れてないですが、ガルゲラなら行けるんじゃないでしょうか。
生産の分野は全体で見るとおとなしいもんです。セックに到着してますが、全体で見ると生産量は微増っすね。イベント前に比べると緩やかです。
プレイヤー別で見ると、生産メインにしているのはやっと10名を超えました」
「そうか。……念のためだ。その10名の分野と生産量のリストを出してくれ」
「ほーい。
あ、そこにあるのは先日のイベント結果っす。思ったよりも素材系が一気に流通しました。ダンジョンの選択が戦闘よりも金儲けに向かったみたいですね」
「そうか。
……山口君。イベント前とイベント後の流通については」
「一緒に置かせていただきましたが、生産1割、ドロップ4割、住人5割が1割、5割、4割に変更ですね。
生産量は増えてますが、それ以上にドロップアイテムの流通量が増えました。十倍以上です」
「ふむ……そうか」
ちょっと首をかしげながら室長と呼ばれた男は書類を読み進めていく。
「秋田君はどうだ?」
「……スキルは戦闘系、技術は半々。
レベル差は100時間の関係でちょっと押し上げ。
5%が100時間超え」
「犯罪、好感度や名誉値はどうだ?」
「犯罪はほぼなし。GMコールは苦情が主。
個人好感度と名誉値はちょっと問題」
問題と聞いて、室長が苦虫をかみつぶした顔をする。
スタートもイベントも大きな問題もなく過ごせたのだ。急に入った新規ユーザーの追加前にでてきたのはタイミングが悪すぎる。
ただ、問題が起こったのがパーソナルデータを主に扱っている秋田君のところで良かったと、内心胸をなで下ろしていた。
「好感度が平均の1.5倍、名誉値は十倍以上のプレイヤー」
「……もう一度良いかい?」
「好感度が平均の1.5倍、名誉値は十倍以上のプレイヤー」
「……も、もう一度」
「好感度が平均の1.5倍、名誉値は「冗談じゃなく?」」
「マジ。
プレイヤーデータは印刷済み」
目をつぶり、深いため息の後、意識を切り替えてプレイヤーのデータを確認する。
それと同時に、誰にともなく問いかけた。
「いったいどうやって。
最初の一週間ならまだわかるが、もう3週間目だろ」
「かなり初期に稼いでいた」
「初期か……最初は乱高下するから無視してたのが仇か。でも、どうやってだ?」
「……全体好感度が住民にフィードバック」
「基準が低くなりすぎてた結果、普通の行為でも住民からの好感度が大幅アップか。それは仕方ないな。
まだ全体好感度は」
「アークですと40切ってます」
「ありがとう、山口君。じゃあ、60ちょっとか。それなら通常の範囲だな。
それよりも、名誉値がどうなって……おいおい。なんだこの倍率は。数値は……っと、そこまでじゃないな、いや、始まったばかりでこれは高すぎるか。
山口君。このプレイヤーがやったクエストを名誉値ソートで20件出して」
「少々お待ちを……画面に出します。あら?」
「喪失レシピ寄贈に不足、過分の解消、おいおい、生産ギルド設立ってこの状況でか?
それと、流通キーアイテムか。これだけこなせば……」
「先ほどの、発生したキークエストとほぼ一致してます」
「名誉値が上がるイベントはそこまでないからな……確認を怠ってたな」
「しゃーないっすよ。2千の追加で仕事激増でしたもん」
「それは理由にならんよ。
ふむ。スキルは【鑑定】【錬金】か。どうやったらそれでこんなに……ん?技術で【薬剤】【生産者の指】【詠唱短縮】がなんでこのレベルに。それで【ダッシュ】がこの値は……想像ができんぞ。採取クエストもまともにしてないのに」
それぞれが、同じプレイヤー情報を画面で見ていた。バグや不具合などの大きなトラブルが今までなかったところでこの状況だ。しっかりと確認しないと後々に響く。
そして、それぞれが自分の分野における活動を調べると、その形が見えてきた。
「【薬剤】の教授クエがこんなに早く終わるとは思わなかったな」
「ええ。初期生産スキルの中では難しい条件にしていたんですが……早々に好感度を30稼ぐとは思いませんでした」
「タイミングだな。βの影響で生産を切り捨てるプレイヤーが多すぎ、住民への態度も合わさって好感度激減。確かに、これなら好感度を稼ぎやすい」
「キー住人への接触も早いですね。住民を無視するプレイヤーが多い中では珍しいです」
「【料理】なんかはいくつかの街中クエストを攻略すれば覚えられるはずなんだがな……【木工】【石工】【裁縫】すらこの時はまだなのか。
その辺りで流通キーアイテムイベントと予想していたんだが」
「【皮革】もそうですが、キー住人への接触で滞ってるみたいです」
「もっと交流を進めてくれないと困るな。おかげでこんな予定外に」
「少しずつ交流に流れてますね。掲示板で情報が出たのがきっかけです。
……それにしても、始まったばかりで120刻、40時間を費やすのは思い切ってますね」
「……そこで思い切らないでいてくれれば。
他はどうだ?」
「流通キーアイテムの販売が回復薬不足騒動の解消を担っていますね。それも、タイミングから発生してすぐの対処扱いなので、依頼にはなっていませんし、解消に関しては報償もないですが、その分名誉値の上昇があります。
喪失レシピは一気に3つ流通させてますので、3名の弟子入りが」
「流通キーアイテムの販売自体には報償があったよな?」
「はい。影響が大きいので【薬剤】は後になるように喪失レシピとしてハードルをかなり上げていたんですが、そこが逆手に取られた感じですね。初回流通ボーナスも名誉値と税金でしたし。
報酬の算出で広めの屋敷になりました」
「この時点で屋敷持ちか。とがった方向に進んでるな。本筋をもっとやってほしい気もするが、他のプレイヤーがまったく住民に歩み寄らなかったのが原因だしな。βのバランスが大本か。
ふむ。【薬剤】の不足は輸入イベントで解消のはずだったんだけど、クエスト発生前に解消されちゃあどうにもならんな。
喪失レシピの寄贈はどうした?」
「流通させたレシピをそのまま寄贈っすね。最初の交渉で寄贈を決めてるんで、名誉値も大幅アップ!ここの初回ボーナスも併せると税金無しです。
欲がなさ過ぎで金が儲かる状況でーす」
「あー、そうなると弟子による生産利益もでるか」
「その前の流通利益も大きかったので、ほぼ一人で生産ギルド設立要件をクリアしちゃってます」
「名誉値と流通量と取引額と利益額。どれもでかい値にしたんだがな。
予測だと長くて3ヶ月、短くて1ヶ月はかかるはずだったんだが」
「名誉値を一気に稼がれたのが効いてますね」
「……弟子3名も」
「多くて2名だと思ってたんだがな」
「クリア条件を知ってるみたいにこなしてるな。脇見せずに」
「その分、戦闘はしてませんがね。
このプレイヤーのせいで割を食った住民職人が関係してくる素材や流通の過分も、生産素材として使うことで解消してます。それで【錬金】【鑑定】【生産者の指】が上がったんでしょうね」
それまでの活動を早送りで確認したり、いろんな角度から分析をしてみると、別に納得できない訳じゃない流れではある。
結果は困った状況ではあるが、介入できるような事態でもない。
「……別にバグ利用をしてるわけでもなく、問題行動も無し。どちらかと言えば、戦闘に偏った天秤を戻してくれてる良いプレイヤーだな。
ピンポイントにでかいイベントを攻略してるから影響がでかいが」
「要観察プレイヤーですか?」
「……念のため、一ヶ月も見れば良いだろう。PSがすごいわけでもないし、その後は埋もれていくだろう。
ただ、これを考慮する必要はあるな。今後の大型イベントでは」
「了解っす」
『冒険者達』黎明期
まだまだプレイヤーも提供側も手探りだった頃の一幕
さて、これで6章が終わりです。
実は、ここまでが第1部となります。
2部の開始までは少々時間をいただくことになりますので、ここで一度完結とさせていただきます。
できるだけ、早期に再開したいと思います。
2部書き溜め+新作……としたいなぁ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。