6-18 引き渡しまでがお仕事です
生産ギルドへ持って行ってからは、話が早かった。建物内では、さっそく明灯からの営業開始に向けて、たくさんの人が最後の仕事をしている。
それに対し、会議室では、微妙な雰囲気が蔓延していた。
「よくやった!さあ、宴だ!!」
スパンッ!!
冷たくにこやかに笑うポムさんの手には、スリッパ……スリッパ?誰だ、あれ作ったの。
「ボルボラン。その酒樽をこちらに渡しなさい。
……火酒の酒樽なんて、どうやって持ち込んだんですか」
「ボルちゃんは相変わらず馬鹿だねぇ」
「なんだと!喜びは酒とともにだろうが!!
それと、こんな時だけガキ扱いするな!!!!」
「こういう時は、ワインで」
スパンッ!スパンッ!!
突っ込みが入る。
「掛け合い漫才も、お酒も要りません」
「ま、それは良いとしてよぉ。おめぇらも無茶したもんだ」
「え?何が?」
呆れたように言うペルさんが何を言ってるのかわからないので、問い返す。それにしても、この強面でよくもまあ、露店での料理人になろうとしたな。子供達は買いに来ないだろ。
俺の心中を察したのか、不機嫌になりつつも答えてくれた。
「最初に言っただろうが。俺ら代表が物を作るって。
んなのに、こんなに良いもんができるまで頑張りやがって。
今までのお前らじゃぁ、逆立ちしたってできるもんじゃぁねぇ」
無茶しやがってと小さく再度呟くペルさんの声に、そんなこと言われたなと思い出した。
周りのアロ達を見ると……誰の顔にも、忘れてたと書かれている。
「忘れてやがったか……まあいい。お前らの腕がそれだけ上がったってこった。これなら立派に独り立ちできるぞ」
「はぁ……まぁ……」
「まあ、それは良いか。ギーストにゃぁ関係ねぇ。
……よくやったな」
ガシガシと乱暴に頭をなでられた。……もう俺はガキじゃない。でも、嬉しいもんだ。
「ええ。お疲れ様でした。これほどの物ができるとは」
「このアークにふさわしい、素晴らしい一品ですわ」
「こいっつあぁたまげたもんだ」
「……」
「おう。こりゃあ良い出来だ」
「良い物を見せていただきました」
次々と各分野の代表が声をかけてきてくれる。【薬剤】ポムさん。【裁縫】チンク・テル・ペラーナさん。【農業】ドンさん。【石工】ボンドラさんに【皮革】のペトロさん。最後の丁寧な人は、会えなかった【細工】のジョルジョオさんだな。江戸っ子っぽいしゃべりのポリーナの師匠のはず。
俺に一声かけると、それぞれの弟子に祝いの言葉をかけ、盛り上がっている。前に比べると、それなりに他の分野とも話が弾んでいるみたいだ。……ま、前回は和やかな雰囲気でもなかったし。
「ギースト殿。生産ギルドを代表して、心よりの感謝を。
本当にありがとう。完成品まで一緒に貰えるとは望外の喜びだ」
「……いえ。私は何も……ここにいるみんなのおかげです」
改まったボルボランさんの感謝の言葉に、少々言葉に詰まった。
彼は、ゆっくりと頭を上げると、ゆるゆると左右に振る。
「細かい話はアロからも聞いておる。お主のおかげだ。儂らは今までも協力して作業としておった。
いや、協力していると思っておった。
だがな。ここまでの物はできんかった。【鍛冶】で刃を作る。【木工】で柄を付ける。その程度でしかなかった」
「他の分野の手を借りて、アイディアを貰ってみんなで作り上げる。そんなことはしてこなかったんだよ」
「この追加効果もそうよ。ネックになってたことも、作り方も。君がいなければできなかったの」
「「「誇れ。この包丁のためにも」」」
生産ギルド代表となるボルボランさん。副になるトルルッカさんとポムさん。それぞれから窘められた。謙遜は美徳でも、卑下は害悪だと。製品にきちんとした評価を下せて、初めて一人前だと。
「なに。簡単なことよ。
お主が自分でふさわしくないと思うのであれば、精進すればよいだけじゃ。
いつか必ず、自分の手で作り上げるつもりじゃろ?」
その手伝いをするのが生産ギルドだと笑う。
そういわれればそうだ。この世界でなら、色々なものが作れる。作り上げられる。
学ぶ場所もあり、競い合う友も、手助けしてくれるスキルもある。
各分野ではすぐに後発プレイヤーに抜き去られるだろうけど、自分の納得のいく物を作るのにはそんなこと関係ない。
今なら、自分の手で、作れる。
思い通りの物を作れるまでの障害なんてないのも同然だ。
錬金術で変なアイテムを作ろうと最初考えていた俺だけど、色んな物を自分の手で作りたいと思う今の俺には、最初に選んだのが【錬金】で良かったとしか思えない。
最初に出会ったのがトルークさんで、教えてもらったのが【薬剤】のポムさんで良かったのだと思う。
戦いをしない冒険者で、生産に挑む冒険者を選択したのは間違いなんかじゃないと。
……帰ったら、この包丁と同じものを【錬金】で作り上げよう。
それを目標にしよう。これは、手探りで進んできた生産、人生の闇夜にぼんやりと光る燈火となるだろう。最初の、これからのおれの一里塚となるだろう。
自分の手で作れたとき、逃げてきた昔の自分と、小さかった僕と向き合える気がする。
ああ、今灯は良い灯だ。
作って終わりじゃないんですよね