6-17 完成!
セバンスに呼ばれる頃には、数本の回復包丁ができた。まだ試していないが、これで料理したら食材の鮮度が回復したりしないかな?と考える。いや、その効果は魔力薬の方か?
え?“鑑定”で見ただろって?そうだけどさ。ほら。まだレベルが低いから、全効果が見えてないってこともあるだろ?自分に都合のいい妄想くらいは大目に見てよ。
他にやることないんだし。
だって、この面接に来るまでにどれだけふるい落とされ、調べ上げられてるかわかる?最終面接って、生理的に俺と合わない人間をはじくためのものでしかないんだよ。そして、そんな人物いませんでした。
「セバンス。これで全員終わった?」
「はい。旦那様。
執事見習い2名。メイドや料理人が見習いを含め8名。護衛とお屋敷の警護を併せ15名。
それに、私どもを含めまして、計29名となります」
「結構多いな」
「このお屋敷と、使用人の住居や作業所を兼ねました販売所。それぞれの責任者として育てるために、見習いを二人。信の置ける者を選びました」
うん。真面目そうな人だった。まだまだ若いけど、そこのところは、これからセバンスが教育するのに都合が良かったんだろうな。じゃあ、メイドが多いのは?
「料理3名、家事6名。統括としてのメイを含めて10名となります。ご指示の通り、適度に休みを入れるためでございます。
なお、追々生産をお手伝いする者も数名増やすつもりです」
「それだけいれば問題ないか」
「はい。最低限のことはできるかと」
その人数で、最低限か。……そうだよな。ほぼ人手でやるんだもんな。人数が必要か。それに、それなりに休みも入れたし。
「警備につきましても、3名の5交代。朝、昼、夜、休みと販売所を考えております。責任者は、最後にお会いされましたヘンク殿にお願いしようと考えております」
「ん?ガーディーじゃなくて良いのか?」
「はい。彼はまだ若く、全体に目を行き届かせるにはヘンク殿の経験と実績が必要かと。
それに、我が一族にばかり重きを置かれるのも、旦那様のためにはなりません。
本来でしたら、旦那様の護衛も必要なのですが」
「う~ん。護衛って言っても、俺も冒険者だからな、一応。祝福もあるし、わざわざ守ってもらわなくても」
「そう仰られましたので、そのように」
兵士上がりの中でも苦労人っぽいヘンクさんに警備を纏めてもらえるなら助かる。他の使用人はセバンスがまとめ、順次後進を育ててくれるなら本当に助かる。ログアウト中の対処は俺じゃできないし、こっちの日常生活――しかも3倍速――なんてセッティングしたくないもの。
給金の方を確認したところ、まあ、細かく書かれた金額表と十分なお金が確保してあることがわかった。そのあたりは、長年商家で働いていただけある。そこを考えなくていいのは本当に助かる。
残金をどうするか問われたので、そこは、4つに分けて、1つは給金――よさげな人がいたり大変なら増やすための資金――で、1つは備品類、1つは本や素材、1つは予備金とした。
今後の販売利益についても同様に……あ、販売所を忘れてた。4つではなく、5つに分けて、販売所用の資金にしてもらった。他に必要そうな物があれば、予備金の1割まではセバンスの権限でOK。それ以上は緊急性がなければ事前相談とした。
セバンスは少々納得していない。会って間もないのに自分が重用されすぎてると感じるらしい。
その通りだけど。俺はトルークさんの見る目を信用しているし、客観的に自分を見れるセバンスも信用している。
「厚遇すぎるかと」
「その分、俺が楽になる。あとは任せた。作業所を見てから、生産ギルドへ行ってくる」
「……畏まりました。お気をつけて」
色々言いたいことはあるんだろうけど、いくつもの意味で飲み込んでくれる良い執事だよな。
早く済ませて、穏やかな日常を回復するぞ!……最初からなかった?現実を突きつけないでくれ。
作業所に戻ると15刻時を少し回っている。人数も多かったので仕方ないが、予定より少々遅れた。
今灯までに作った試作品は、それぞれ意欲的な挑戦の痕を残して隅の方に積まれている。中央の机には、淡く赤い包丁。どれも目を見張る細工がされ、ぴったりと嵌るであろう鞘と、仕舞われるべき箱を併せると、芸術品にしか見えない。
手前には、3本の包丁。これはまだ作ったばかりなのか、ほのかに熱を発している。
「手前のは魔力薬を使った作品ッス」
「左が薬草と魔力薬っす」
「中が魔力草と魔力薬よ」
「右が薬草と魔力草と魔力薬の組み合わせですね」
「……残念ながら」
どれもこれも、ろくな結果じゃない。時間がない中、皆で知恵を出し合って試してくれたのに、不純物が混じってるとしか出ていない。
「やはり、であるか。そんな気がしていたである。
作りながらも、何か足りないと、そう思えていたである」
「ま、こっちは念のためだったし。
それはともかく、ありがとうみんな」
「その言葉の前に、“鑑定”して選んでほしいである。我らはそれを待っているのである」
「……そうだな。時間も押してる。喜ぶのは後でも良いか。
じゃ、いくぞ!」
包丁 攻撃力5 耐久力72 品質48 HP回復(11秒につき1) 効果継続1細刻 武器
包丁 攻撃力5 耐久力62 品質52 HP回復(10秒につき1) 効果継続1細刻 武器
包丁 攻撃力3 耐久力55 品質66 HP回復(9秒につき1) 効果継続1細刻 武器
包丁 攻撃力4 耐久力70 品質64 HP回復(10秒につき2) 効果継続1細刻 武器
包丁 攻撃力3 耐久力67 品質50 HP回復(10秒につき1) 効果継続1細刻 武器
レベルが欲しい。もっと【鑑定】レベルがあれば、価格も出ただろうに。今見えてる情報だけじゃ、選びにくいぞ。
図案や装飾については、どれもこれも同じくらいに素晴らしい。使われた毛糸と革のコントラスト。柄の木目も料理の図案を邪魔せず、しかし、その美しさを主張している。この街の生産技術の粋を集めた作品だ。……作ったのがNo.1じゃなくNo.2だって?そんなの関係ないほどの完成度だ。
こっから1つ選ぶのか。武器として使うわけじゃないから攻撃力はあまり関係ないし、HP回復も料理にどんな影響があるか不明なので根拠にしにくい。品質と耐久力のバランスからすると、4つ目かな。運のいいことに、攻撃力もそこそこ。HP回復は断トツの効果だし。
それにしても、やっと、やっとできたんだな。ほぼ近くで見ていただけではあるが、その苦労の一端を知ってるだけあって、感慨深い。
「……これだな」
選んだ包丁を慎重に持ち上げ、できるかぎり丁寧に箱へと詰める。小ぶりの箱には光沢のある布が敷かれていて、鞘と本体をそれぞれ嵌め込めるくぼみに入れると立派な展示額になった。
これなら、どの街の生産ギルドに飾られても申し分ないって思うよ、マジで。
周りで選定を見つめていた面々からも、抑えきれない感嘆の声が小さく上がる。満足の吐息が室内を満たす。自分達が手掛けたから感激も一入だろう。
次は、俺もその一員に。
そう思って完成した包丁を眺めていると、不意に視界がゆがんだ。
「これで一段落であるな」
その声にこたえることができない。
……俺は何もしていない。ただ、ちょっとだけ手伝っただけ。
……別に、初めて作った製品ってわけじゃない。数はさておき、満足いく物を現実でも、このゲームでもそれなりに作っている。
それでも。
なぜか涙が出る。
嬉しくて、そして、悔しくて仕方がない。
たくさんの人の協力で、これほどまでに素晴らしい物ができあがった。
反面、自分がどこまで携われたのかとも思う。
「……落ち着いたら、生産ギルドに行くである。
夜更かしは、体に悪いであるから」
……優しさが目に染みるなぁ。
完成しました。
効果の活用法(鮮度回復)はわかりやすかったみたいですね。