6-16 完成?
アロへの説明はクロに任せ、セバンスに魔力薬を買い集める手筈を取ってもらった。代わりに、今灯の13刻時、現実では23時20分から顔合わせとなった。明日、朝のダイブはあきらめた。それよりも、今灯中に作品を完成させて、生産ギルドへと渡すことを考えよう。
作業所に戻ると、アロの他、よくいる【石工】カロ【木工】サロ【裁縫】シュラナ・サラーニナだけでなく、【細工】のポリーナに【皮革】のペトロまで勢揃いだった。
包丁の作り手、全員が揃っているのは初めて見た。それぞれが、今まで作られた試作達に模様を付けたり、鞘を作ったりと作業に余念がない。が、誰もが、自分の作業が一段落すると、必ず一度炉へと目を向ける。
炉の前には心配そうに見守るクロと、真剣な目で炎を見つめるアロ。これでできれば良いんだけど。
どれくらい時間が経ったのだろう。精魂込めているアロに引きずられ、時間感覚を失ってしまった。
作業の一つ一つに、見ている者が息を止め、静かに吐き出す緊張感。
鉄を溶かし、辺りを照らす炎。
形が整えられるたびに跳ぶ火花。
そしてついに、焼き入れの時。ほどよく温かい大量の回復薬に刀身が慎重に漬けられる。
……引き上げられた包丁は炉の照り返しでよく見えない。アロの表情にも変化がないのでただヤキモキするしかない。他のメンバーも作業の手を止め、見守っている。
焼き戻しも、研ぎも問題なく終わり、細工も何もない無垢の柄が付けられて俺の目の前に置かれた。
よくよく見ると少しだけ赤い気もするが、炎が映り込んでいるだけな気も。
「“鑑定”をお願いするっす」
「……楽しみであるな」
腹をくくった穏やかなアロに対し、クロの声音は強がりがにじみ出ていた。
おいおい。配役が違くないか?そこは俺のポジションだろ……いや、俺じゃないか。俺はただ元ネタを出しただけ。材料と場所を提供しただけだ。創意工夫はこの二人のもんだ。
それでも、包丁を持ち上げる手が震える。両手で目の高さに捧げると、一度目を閉じて心を落ち着けてから“鑑定”を行う。
包丁 攻撃力3 耐久力67 品質42 HP回復(10秒につき1) 効果継続1細刻 武器
付いてる。追加効果がきちんと付いてる。毒じゃないから、きちんと使えるぞ!
感極まった俺が小刻みに震えだしたところで、クロが心配そうに声をかけてきた。
「どうである、か?」
「……大丈夫だ。きちんと付いてる。回復能力が付いてる」
「やったっすー!!」
「……一安心である」
「よかったですね」
「流石ッス」
「スゴイッフ」
「すばらしいですね」
「やったじゃないか!」
「ああ……でも、これで終わりじゃない。みんなの手が入って、初めて完成だ。
よろしく頼む」
そう言って頭を下げる。
べ、別に、目が潤んでるのを隠すためじゃないんだからねっ!
皆が口々に祝ってくれたので正気に返れたのは助かった。この、素のままの包丁を製品に仕上げて、初めて完成なんだ。
「腕が鳴るわ」
さっそくにシュラナ・サラーニナがペトロの用意した革を手に刺繍を始めた。柄の部分らしく、見る見るうちに【料理】を象る、包丁と食材の図案が形を現す。他のメンバーも我先にと、それぞれの作業を再開した。今までの作品に色々な工夫を凝らした作業をすることで、完成品の練習をするようだ。最初のころとは違い、それぞれが協力して作業をする場面も見られる。
それを満足げに見ているアロとクロに声をかける。
「二人とも、悪いんだけど、13刻時までは作り続けてくれるか?どうせなら、今できる最高の物を渡したい」
「当然である(っす)」
「その後は、たぶん、セバンスが魔力薬を持ってきてくれるから、そっちも試してほしい。
俺は、13刻時から人と会う約束ができたけど、14、いや15刻時には終わりにする。だから」
「わかっているである。それまでには完成品を準備するである」
「その前に、親方たちを本部に集めとくっす。そうすれば、今灯中に渡せるっす」
二人とも、すぐさま次の制作に取り掛かった。
渡すのは面接後に決めた。早ければ早いほどいいだろう。プレイヤーが何よりも待ち望んでいた、最初の街の生産ギルドだ。
その象徴となるべき一品。なんとか完成できたのは、運があったとしか思えない。運よく得た人の縁がこれを作り上げた。
その結果が、ここに集い、作り上げることにひたむきになっている面々。他のプレイヤーが言うように、NPCなのかもしれない。生命を持っていないのかもしれない。それでも。
「よかった」
今回は速さと質を求められたが、よく考えればどんな注文の時も、限られた条件の中、最高の物を作っていく必要がある。その点でも今回の件は、自分にとって、ゲームやなんとなくでしか理解していなかった生産を教えてくれたと思う。気が付いたら巻き込まれた感じだけど、今では感謝の気持ちしかない。
さ、後少しだ。
この一連の流れが終わったら、今晩は気持ちよく眠れそうだ。