6-12 シロ視点
いやはや。変わった人です。
目の前にいるのは一部で有名な幻のプレイヤー。
『爆走商人』や『出張薬師』などと呼ばれているギーストさん。
βからではないのに、現状、たぶん生産職トップのスキルを持っている職人。
【錬金】が中心だからか、一分野にこだわらず、いろんなスキルを取り、技術も沢山獲得した方。
情報拡散にも秘匿にもあまり興味がないようで、積極的に広めてはいませんが、住人が良くある簡易AIではなくて一人の人間と言えるレベルの個別AI、つまり“生きている”のとかわらないことや、技術の存在と取得についてなどを気軽に教えてくれた人。
お金についても物についても強欲には感じないのに、一番稼いでいるだろうことも不思議なものです。
追い求めすぎると逃げていく感覚でしょうか。現実ではよく言われますが、求めないと手に入らないのも真実だと思うのですが。
βではハイウルフでしたが、正式版では一回り以上強いハイウルフリーダーが中心だったセックへの道をふさぐフィールドボス。強かったですね。パーティーの皆さんがいなければ、私ではどうにもならないでしょう。そもそも戦闘系のスキル構成ではありませんし。
そちらを倒すのに大量にHPとMPを回復する薬が必要でした。効果半減のため市販の回復薬(中)よりも回復量はちょっとだけ少なかったですが、クールタイムのない初心者回復薬でそろえてくれたので、彼のおかげで誰も死に戻りすることなく攻略できました。
ボス攻略の手助けはもちろん、技術やらに関する情報提供のお礼としてフィールドボスのドロップ素材やセックで手に入る素材を渡すことになっていました。
そこで、ここアークでは手に入らない物をまとめて持ってきましたが、逆にかなり高額で購入してくれました。
これじゃあお礼にならないんですが、それでも、希少性や労力に言及されると断りにくい。【鑑定】スキルのおかげで、相場よりも安く渡すこともできないし、困ったものです。心苦しくて。
まとめページを読まない割には、そこはすごい物だと思っているようです。彼が考えるほどの先端情報は載ってないんですがね。隠しパラがたくさんなので、まとめに書かれるのは噂や妄想も多く、未検証事項ばかりで攻略と言うよりも初心者向け情報共有ページの意味合いが強いですね。自分に関わらない分野の情報にも参考になることがあるので、読むと面白いんですが、彼はあまり好きではないようです。自分で調べる――図書館や住人、プレイヤーに直接聞くとか、体験とか――ことが好みなんでしょう。
彼しか知らない情報の独占をしておけば当分トッププレイヤーとして独走できると思いますが、その気はないようです。まあ、他の生産プレイヤーの多くが未だに生産に入れていないことを考えれば、現状でもトップですし、接続時間の大半を生産に費やしている現状からすると、当面超える人はいないでしょうが。
いや、でもあれですね。これからどんどん多方向に手を伸ばすのであれば、すぐに追い抜かれてしまうかも知れませんね。本人はそれでも良いんでしょうが。
商人と言うよりも職人でありたいと本人は考えてらっしゃるようです。お金よりも作ることが大事なんでしょう。その割には、何というのでしょうか、職人っぽく無いんですよね。
そこまで突き詰めていないというか、こだわりが少ないというか。ああ、あれですかね。私が若い頃に言われていた“ワナビ”ですか。そんな言葉がありましたね。今でも使うのでしょうか。本格的に職人としてやっているのではなく、職人のロールプレイというか、いやそれよりも漠然と職人に憬れているというか。そんなぼんやり感がありますね、彼には。
人生のかかっている現実ではありませんから何の問題もありませんし、ゲームを楽しむという点では興味のあることに色々手を出すのは正解かもしれません。βの生産職は他に手を出す余裕がなかったので、その点でも他にないプレイヤーかも。
そんな彼がポリンプは気に入ってくれたようで、そちらは何より。今後もあちらに行くときには彼にコンタクトを取りましょうか。こちらではそうそう手に入らないようなので、嬉しそうでしたし。あそこまで喜んでもらえるのであれば、インベントリの隙間を埋めるくらいは手間でもありません。今回はかなりの大金をいただいてしまいましたが、本人曰く、経済は回してこそとのこと。
確かに、現状では購入したい物なんてそうそうないでしょう。こんな序盤でドラゴンなどの素材が流通したって手が届かないでしょうし、そもそもアークでは加工すら難しいに違いありません。
商売や生産を考えると家や土地が購入できればと思いますが、驚いたことに既に彼は持っています。戦闘用消耗品も買いませんし、素材は購入したら商品として付加価値が付くので、さらにお金を産む。高確率で失敗しない限り資金的には問題になりません。手間さえ考えなければどんどん貯まりますね。その手間も、スキルレベルやステータスのおかげでかなり短縮されてるようですし。
ふむ。市場におけるお金の流通が大きく減ればデフレも考えられますね。電子取引なんてないでしょうが、手形はあるんですかね。なければ、全て現金精算ですよ。一極集中は避けたいですね。
現金がないから黒字倒産なんて笑えません。商人ギルドでの取り付け騒ぎもありえます。倒産ドミノなんてなったら、一気にスラムが発生しますよ。
そう考えると、ギーストさんが気前が良いのは助かります。案外、そこまで考えてらっしゃるのでしょうか。
まだまだ資金が豊富なので、だぶついている素材を買い集めているそうです。でも、素材は劣化しますし、売れば利益が付いてくる物ですからね。お金を回すには、物品を集めるのが良いと思うのですが。
クロではありませんが、本を集めるのは良いかもしれませんね。レシピの購入とかも。提案してみますか。
よくよく考えると、彼はこの『冒険者達』を大きく二つに分けています。プレイヤーと住人です。あ、これは大抵そうですね。中には、そうやって分けないで扱うプレイヤーもいるみたいですが。『勇者』アーサーや『英雄』ライオットが有名ですね。彼らは、自分に協力的か、無関心か、敵対的かで分けてます。好き嫌いの分かれるロールプレイだから仕方ありませんね。
『司祭』ユリアや『無貌の』タロウのように、住人側に注力している方もいれば、未だにNPCと表現する方も多いですが、一般的には、プレイヤーにも住人にも一般的な人として対応ですかね。私もそうです。人間に見違えるほどの思考ルーチンなので、ほとんど違和感ありませんから。
ギーストさんはプレイヤーよりも住人よりな気がします。それは、たぶん、彼らが復活しないからでしょう。そんなことを何度かおっしゃってましたし。
とまあ、こんなことでしたら変わった人とは言い難いです。多くはないですが珍しくはないタイプの対応ですし、人間ですから時にはなんとなくで行動したり、判断だって、感情にもシチュエーションにも左右されます。それはどなたも同じでしょう。納得できるかどうかは別にして、行動原理もわかりやすいですかね。復活できない住人を大切にするプレイヤー。つきあいやすい方だと思います。
変わっているなと思うのは、思い切りの良さですかね。うーん。何か違う気がします。……そうですね。彼は、この世界を住人にとっては現実と認識しつつも、自分にとってはゲームと割り切っているんでしょうかね。ゲームとして、異邦人として訪れているのだから、迷惑をかけてはいけない。余計な波風を立ててはいけない。しかし、住民が吹かせる風には乗る。そんな考えが感じられます。
やりたいことはやっても、住民にとっての無茶はしない。ちょっと遠慮がちのゲーマーと考えると少し腑に落ちますか。販売金額に関しても、現在の状況への流され方を伺っても、進んで大きな変化をもたらそうとはしていませんが、住民の意向には結構従ってますし。ま、外から見た判断ですが。
自分への割り切りはすごいですね。ゲームだからでしょうか。何せ、突然、自作の回復阻害薬と一緒に、毒薬と麻痺薬を飲むんですから。
確かに私は回復できますよ?ただお話ししていても楽しいですが、過ぎゆく時間を有効に活用できますよ?獲得できる経験値はとてもありがたいですよ?
それでも、提案と同時に躊躇せず自分から飲むのは如何なものでしょう。普通、私がセルフでするんじゃないでしょうか。
ギーストさんの将来が心配です。
いくらゲームとはいえ、自分自身をもっと大切にしてあげてほしいですね。