6-11 取引
俺が見たことのあるウルフ系のアイテムは、毛皮と牙。これはどちらもウルフのみ。なめし革ならハイウルフも見たことあるけど、ハイウルフリーダーは記憶にない。
毛皮は処理後のやつなら持ってこれるのだろうけど、処理前のは保存上不可だろう。せめて、洗って乾かしてないと。
「手に入りやすさを考えると、ハイウルフ系は基準額の20倍、リーダーのは100倍でどうですか?」
「それは高すぎませんか?ハイウルフの牙と爪が20、毛皮が150ですから、400と3,000ですよ?ハードレザーアーマーですら6,000です。
リーダーなら倍の5倍で4,000と30,000。割に合わないでしょう」
「いやいや。逆に安いくらいかなと思います。この街じゃそうそう手に入らない素材だし。
これで作業すれば、技術レベルもあがるだろうし……さらに倍額出しましょうか?」
「できた物を買い戻すのに困るのでやめてください」
ああ、そりゃそうか。購入額よりも安ければ買いにくいか。
でも、ちょっと気になる。
「買い戻すって言っても、使いますか?
ジーン達は金属製の鎧だし、毛皮はこれからの季節暑いでしょ」
「……毛皮は革にして、靴や小手。後は、鎧の下地にはできるかと。革のリュックや財布、ベルトもありですね。
爪や牙は……ナイフに加工できるとおもしろいですかね」
丁寧に毛を抜けば、毛糸にもできるか。でも、毛糸を取って布にしても、厚手になりそうだし使い道がな。
でも、工場で大量生産できる訳じゃ無し、今から作っても問題ないか。
「レベル上げの良い素材だから、加工賃はあまり取りませんよ。そもそも完成しない可能性の方が高いので」
「そう言われると、そうですが……まあ、ギーストさんが良ければ、その金額でかまいません。こちらとしては嬉しいくらいです。
でも、数が結構ありますけど、大丈夫ですか?」
「問題ないです」
それを見越してセバンスが用意したのは50万G以上。これでも免除になった税金額の一部だ。
こんな金額になると、そうそうに使っちゃわないと。
今、プレイヤーは約3,000人。それぞれ1,000Gが初期の所持金。つーことは、300万Gがこの世界に追加で生じたお金のはず。長期的に見れば、プレイヤーが稼いだ分以上に通貨が流通はするだろう。それくらいの対応は運営がしてくれると思う。いざとなれば、国は通貨の追加だってできる。
でも、短期的には、プレイヤーの所持金総額が300万Gを大幅に超えると、デフレになりかねない。
消費者は金がないから買えない。生産者は売れないから安くする。収入が減るから材料費が出せない。素材が駄目になるから安く売る。消費者である冒険者や住人の手元に入るお金が少なくなるから買えない。その悪循環。
そうなると、さらに稼ぐために生産プレイヤーが商品を増やし、デフレが加速される。
それどころか、下手したら素材枯渇やモンスター絶滅すら引き起こされかねない。荒野になったらリカバリーなんてできないぞ。
現状ですらその可能性があるんだから、不必要に金が貯まらないようにしたい。もちろん、俺だって金はほしい。俺のコンプ癖が、どこでカンストするか気になると囁く。でも、それで住民に不便が出るなら、そこまでして試したいとは思わない。
「一人あたり、リーダー素材で34,000G、ハイウルフ2匹で6,800G。6人で244,800Gですね。他にも素材があるなら買い取りますよ」
「それでは、こういった物はどうですか?」
取り出したのは、セックで売っていた毛皮や肉。そのほか、こっちだと通常では販売されていない物だった。
「牛や豚の皮はあまりこちらでは見ないですし、肉もそんなに流通してませんよね」
「食材店にはあるのかもしれないけど、少なくとも買ったことはないですね。この羊毛とかも。
で、これが」
「ええ。ゲームオリジナルのポリンプの肉と皮です。処理した革はこちら。肉質は鳥に近いですかね」
確か、見た目は長毛で甲羅のない亀。毛の長さは手のひらくらい。結構長いな。トカゲとかワニに近いのか、は虫類系の肉質っぽい。皮の厚みは均一ではなく、製品とするには微妙か。
「加工した革も、厚みがまちまちですね」
「ええ。やはり、皮の厚い薄いは一定ではないみたいです。さらに、個体によって皮の厚みも違うようで」
「加工が難しい素材」
「ええ。しかし、肉は牛や豚よりも癖が無くて駄目になりにくいですし、毛皮の保温性は抜群。革も堅く、鎧として広く使われています」
「丁寧に処理すれば、毛も糸として使えそうですね」
「沢山手に入るので、セックでは安めの布に使われてましたね。
農業も盛んですし、長閑な職人の町な雰囲気でした」
うーん。これなら、ポリンプがこっちで手に入るとスキル上げに良いんだけどな。
こんなのがいるならβではセックに生産ギルドがあったのも理解できるわ。ぱっと思いつくのでも【畜産】、【皮革】、【農業】、【裁縫】の職人がそれなりにいるだろうし、道具に【鍛冶】は必須だろ。それだけあって、しかも住人の大半が携わっていれば、ギルドになっててもおかしくない。
「こちらが落ち着いたら行ってみようかな」
「そのときはお声かけください。お手伝いしますよ」
ま、その頃にはみんなセックどころか全然違う街に行ってるんだろうけど。
「じゃあ、この辺りの素材と併せて……30万Gでどうでしょう?6名で割るとちょうど良いと思うんですが」
「かなり良い値段ですね。無理してませんか?」
「こいつらはアークじゃ手に入らないでしょ。
今の状況じゃ、あっちから素材を運んで売ってくれる人なんていないんで。
そういう意味じゃ、逆に安いくらいかなと心配したんですが」
アークでの需要が限られてるし、そもそも住人用は取り扱ってる商家がある。転売はこっちで作れなく、プレイヤーからの需要がある回復薬と魔力薬が中心。店売り価格は回復薬(中)が向こうで150G、こっちで300G。魔力薬(中)は600の1,200。……これは、セバンス情報。
ギルドに売ったら意味がないけど、向こうで購入して露天に売ればそれなりの儲けになる。インベントリに空きがあれば、小遣い程度は稼げる訳だ。他の物をわざわざ運ぶプレイヤーはいない。……探せば、商店はあるかも。必要ならそこで買っても良いか。
「こちらとしては、願ったり叶ったりですね。でも、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。こちらから提示した値段ですし」
そう言いながら5万Gずつ取り出す。枚数を確認してもらってから、余っていた小袋にそれぞれ入れて手渡す。素材系は全部インベントリに。うん。良い取引だった。
「そういえば、ボス攻略してからみんなバラバラって聞いたけど」
「ええ。連絡は取り合ってますが、平日だと全員ではなかなか集まれませんね。いる場所もまちまちですし」
「じゃあ今は」
「都合が合えば一緒に遊ぶ程度ですね。
ジーンは通れるようになった西門から先の岩場でレベルとスキル上げをしてるようです。ジンとミラも時々行ってるようですね」
「西門って言うと」
「ええ。商家街の先です。セックに行ってから行けるようになったそうです」
そういえば、東門で西の岩場がどうとか言ってたな。
「じゃあ、東門もそろそろですかね」
「おや、よくご存じで。
ゴブリンやトカゲが出てくるようですが、それなりに対処できるようになると東門を通してくれるようになるようです。特殊なドロップアイテムか討伐数で判定でしょうね。
クロは魔法一色。……と、言いたいところですが、言葉を学ぶのに一生懸命ですよ。たぶん、今も図書館に籠もってるんじゃないでしょうか」
「あーそれは悪いことしたかな」
「本人は喜んでますよ。魔術を極められる可能性が出てきたんですから。
いや、すごかったですよ。セックでも。着いたとたん別行動で、店という店の文字を聞いて回って、最後は生産ギルドの本を読めるだけ読んでログアウトですから」
クロの冒険を邪魔したようで気が引けるけど、シロは気にしなくて良いと笑う。
逆に、冒険を与えたって。
「もしかして、それからずっと読書ですか?」
「最後のスキル枠に【言語】を入れましたからね。読めるだけ読んで1時間ちょっとログアウトを何度か繰り返したようです。
時にはセックからアーク、アークからセックへと移動しつつ。
大量に読むために、アークでは図書館だけでなく、衛兵の詰め所や冒険者ギルド、魔法ギルドでも読める物が無いか探したみたいですね。さっきあった連絡では、既にスキルレベルが20を超えたようです。
本当。好きなことには全力ですよ。……他の人も変わりませんか。
貴方とはまだ顔合わせをしていませんが、『戦乙女』リリーはレベル上げよりも技術獲得のために街中の雑用をこなしてるみたいです。そこそこ仲良くなった住人もいるみたいですね」
「嬉しいですね。住人と仲の良いプレイヤーが増えるのは」
「私もそう思います。運営が世界シミュレーション的に考えているなら、住人との連携は不可欠ですし。何がどこでつながるかもわかりませんし。
私は、今後のために回復を強化しないととは思いますが、これはなかなか。先日のアップデートのおかげで、なんとか30は超えたんですが、ランクアップの50は遠いですね。
スキルレベルが15でキュアポイズン、30でキュアパラライズを覚えはしましたが、状態異常を与えてくる敵がいなくて使う場面がないので経験が積めなくて」
ほほー。クロは『魔術狂』と呼ばれるだけあるな。他の人も自分のやりたいことをしてるみたいだし。緩いつながりのパーティーなんだな。
詳しく聞くとおもしろい。自分が持っていないスキルについては、そんなこともスキルアーツにあるんだと驚くこともしばしば。状態異常回復は回復魔術か。特化してるのかな。他の魔術とかでも弱い回復はありそうだけど。
それにしても回復魔術の強化ねぇ。なんかあるかな?
あ!あれはどうだろう。
「正気ですか?」
提案したら正気を疑われた。親切だったのに。