1-6 初めての対人戦(会話)
広場に入ったとたん、メールの受信音がした。
立ち上がったメニューを見ると予約していたVRのうち、最後の一個の配送についてだった。
水曜に届くらしい。早いな。
先に連絡が来たもう一個はその次の月曜配達なのに。
まあ良いか。来週には須佐見に、再来週には高里さんに渡せそうだな。あっ、販売会社へ連絡もしないと。手続きしないで転売扱いされると困るし。
【英雄歴263年春3月6日13:09(6月4日18:43)】
ふむ、結構良い時間だな。トイレ行って夕飯でも食うか。
周りを見れば、南道から急いで来た冒険者が広場の中で急に消えていく。
ここならログアウトが問題なくできるんだな。
ここらで一旦「お断りです」はい?
すぐそばで大きな声がしたから思わずそちらを見てしまった。
体つきは細く、一見するとか弱く見える女性が、傍目から見てもわかるくらいイライラしていた。
細めの眉にちょっときつめな目。切れ長な目尻が、顔つきがかわいいだけに目立っている。
髪はつややかな黒髪で肩に掛からないくらいの短さ。
学校で有数の美人って言うよりも、笑っていれば指折りのかわいさって感じの女の子だ。
リアル準拠なら、それなりにモテる娘って感じかな。
「えーいいじゃん。一緒に攻略しようよ。
君剣士、俺魔法使い。丁度良いじゃん。
俺βだし、色々教えてあげるよ」
声をかけているのは魔法使いらしいローブも着ていない、にやけた顔の少年だった。
本人の言葉を信用するならば、βプレーヤー。信用するならば、ね。
いや、かわいい子を前にしてにやけるのはわかるけど、その表情じゃ好感度ダウンだろ。
ちょっとチャラい感じだが、筋肉質の身体をしている。ま、ゲームだからまわりもそんな感じだけど。
最近は、こういうのが格好良いってモテるのかね?
ん?断られてるからモテてないのか?
「ですから、お断りです」
「えー」
同じ問答を繰り返すチャラ男は実は根性があるのか?
「何か?」
思わずじっと見ていたら、視線に気づいたのかこっちに話が振られた。表情からかなり嫌になっているのがわかる。ここで下手したら、ゲーム自体を辞めかねない。
高校生くらいかな、この子。せっかくの面白いゲームなんだから、こんなことで辞めるのはもったいないよな。
「ああ、いや。じっと見て悪かった。
あれだけ断られてるのに言い続ける根性に驚いてたんだ」
「んだこら」
おちょくられたと思ったのか、こっちを無視していたチャラ男がすごんでくる。
あのさ、ここはゲーム内だぜ。すごまれたって怖かないよ。
「こんだけ注目されてもめげないなんてすごいな。明日には有名人だぞ」
人のいる広場でこんな事をしてりゃ、NPC、プレーヤー問わず、複数の目線が集まる。
こんなゲームだ。スクリーンショットだってあるに決まっている。
そばにいる俺ですら視線がむず痒いんだから、自覚した当事者ならいたたまれないだろ。
「これ以上ひどいとアカウント停止もあり得るぞ。いい加減にしとけよ」
周りの目線に気づいて一歩下がったチャラ男に追撃すると、もごもごと何か言いながらフェードアウトしていった。
他人の目線ってある種の圧力だからな。
それに、大金払ったゲームだ。こんな序盤で停止されたくなかったみたいだな。
「ありがとうございました」
チャラ男が見えなくなるまで見送っていると、横手から声がかかった。
まだ口調にはさっきまでの不機嫌さが残っている。それでもお礼を言えるのはすごいな。
「気にしなくて良い。こんなことでせっかくのゲームが楽しめなかったらもったいないと思っただけだから。
好きなゲームが人に嫌われるのはやっぱりね」
「……始まったばかりなのに色々五月蠅くて。落ち着いて狩りもできません」
首を軽く振りながらつぶやく。
そうとう声をかけられてるんだろうな。今だって、狙っているらしい目線がちらちらとこっちに投げられてるし。
まあ、ゲームをする女の子はそれほど多くないし、かわいい子ならなおさら。 VRじゃリアルアバターに近い子が多くなる傾向があるから、他のゲームよりもさらに大変だろう。
「そんなに大変なら、ローブで身体を隠したり、帽子や頬当てを着けて見せないようにしたらどうだ?」
「……狩りの邪魔になるから」
わかる。わかるけど、世の中はそこまで甘くできてない。
「お節介かもしれんが、君はかわいいんだから、顔を出してればナンパする奴も出てくるさ。気をつけた方が良い。
狩りを優先するか、快適さを優先するか考えた方が良いよ。まあ、強くなれば馬鹿みたいな誘いは減るだろうけどね。
……でも、こっちがパーティーを組んでても声かけてくる奴は声かけてくるって言うからなぁ」
どこのネットゲームでも見れる風物詩らしいけど、当事者にしてみれば煩わしいだけだもんな。
俺?二十も後半になると面倒くささが先に立つよ。特に、若くって美人なんて俺には無縁だね。
だからまあ、冷静に忠告できるんだけどさ。
「……ご親切にどうも」
ちょっとぶっきらぼうに返された。まあ、見知らぬおっさんに忠告されたら良い気分じゃないよな。
「友達とグループを作るのが一番簡単かな。
チームとしてまとまってると声をかけにくいからね」
ナンパと同じだよな。
それも、ゲームじゃ人数制限ありだから現実よりも断りやすいだろ。確か、パーティーは6人までだったはずだし。
「俺はこのゲームを楽しいと思っているから、周りのみんなにも楽しんでほしいんだよな。
ま、無責任なおっさんの独り言を聞いたと思って」
ま、名乗るほどのことでもない。こういった一期一会のすれ違いもVRMMOの楽しみだろう。
一歩下がって右手を少し挙げる。
「では、良い冒険を!」
そう言ってログアウトする。
……一度言ってみたかったんだよ。
言わせるなよ。はずかしい。
名前も出ませんでした。