6-9 お手伝い
意気込んでいる彼女はちょっと置いておいて、アロについて考える。
疲れると眠くなる。それは当たり前だと思っていた。実際、疲れれば眠くなるし。
ただ、それは現実世界での話。こっちではどうだったかというと……確かに、疲れれば眠くなった。でも、それは徐々にの話。突然、糸が切れたように眠るなんて、そうそうあるもんじゃない。んで、はっきりとは覚えていないが、なんかそれについて聞いたことと見たことがある。見たってことは、最初の方に読んだ本か、ヘルプくらい。何せ、公式サイトもザッとしか見てないから。
すぐさま確認したいけど、盛り上がっているシュラナ・サラーニナをほっぽりだすことは不可能。殺されかねない。
だから、まずは張り切っているシュラナ・サラーニナの手伝い。手伝いって言ったって、できることはほんのわずか。材料を準備したり、ゴミを片付けたり。後は、見て、聞いて、覚えていくしかない。
なので手伝いをしつつ、隙を見つけてヘルプを少しずつ見ていく。あ、検索機能がある。もっと早く気づけよ、俺。
はい、次の皮切れ端と糸。うーん。縫い目を表に出さないように、裏で留めるのか。で、ひっくり返す。こうすると、縫い目が見えないと。練習なのかかなりちいさな入れ物だな。小銭入れにも小さいぞ。ああ懐かしい。確か、小学校の家庭科だな。少し思い出した。……何度も指に針を刺したことまで思い出したよ。
袋状にするときは、三方を縫ってから裏返し、最後の口を留めると。ああ、最後に糸を引いて口を閉じるんだったっけ。そうなると、長い糸が必要だな。引っ張っても問題ない、一本の糸って思いつかないぞ。何の糸を使ってるんだろうか。
検索窓に入れるのは、うーん。「眠り」かな?一番最初にヒットするのは、ゲーム中での睡眠について。これは、宿で寝ると比較的短時間でもHP、MPが全快するし、空腹などのバッドステータスとも無縁。街中などのセーフティーでは、全快まで時間が必要だし、食べ物を持っていないと寝てる時間に対して空腹のバッドステータス。街中ログアウトは例外扱いで長期に接続しなくてもバッドステータスは免除だから、宿屋の利用者はそこまで多くない。……うん。これは理解している。
ほうほう。化学繊維の糸と違って、針の穴に対して糸が太くて入れにくそうだ。針の穴も大概太いけどな。ウルフやウサギの毛は、セーターみたいな編み物なら問題ないんだろうけど。
でもさすがだな。慣れているのか、そこまで時間がかかってない。俺じゃあ、そんな簡単に針に糸を通せないぞ。あ、でも、器用力がかなり高くなってるから、問題ないのか?どっちにせよ、一本じゃ短すぎて、糸を撚ってつなげないと使えないな。短くても糸って撚れるのかな。まあ、実物が目の前にあるんだからできるんだろうけど。
状態異常としての眠りか。一定以上の衝撃――通常、攻撃――を受けない限り、睡眠状態が継続すると。うん。麻痺とは違って、基本は時間制限で解消されないわけだ。睡眠中はHP、MPが回復するのは良いし、がんばれば抵抗できるみたいだけど。麻痺の下位互換っぽいけど、微妙に違うな。
あ、その糸は?へぇ植物系の糸か。毛糸外にもあるか。さすがに。木綿系統じゃなくて、麻みたいな感じだな。えっ?人食い葛の蝕腕?それを干して繊維をほぐした物か。じゃあ、ドロップの蔦を干してほぐしてもできるんじゃね?うーん。質が悪くて使えないか。こっちの糸は毛糸に比べると使いやすそうだ。糸も結構良い値段だから、練習用のくず糸代わりにできると良いんだけど。試してみるか。後で作ってるところを見せてもらおうか。今回の件が終わってれば大丈夫だろう。
一般フィールドで寝ると死に戻る可能性が高い。野生動物や魔物がうろうろしてれば当然だな。ヒラリ草原だと状態異常にさせるモンスターはいないっぽいけど、アーク周辺と考えるとそれなりにいるみたいだ。ポイズンバタフライに毒ムカデとか毒系が大半だけど、麻痺や混乱などもわずかだけどいる。
そうだよな。毛糸系ならウルフでもウサギでも良いけど、複雑な刺繍には向かないよな。この辺りで採れる糸でよさげなのは……木蜘蛛の糸か。人食い葛よりも長いし、細いな。まるで絹みたいだ。林蜘蛛はレアだから木蜘蛛の糸よりも高価と。それぞれレアドロップがウッドスパイダーシルクと、ダブルスパイダーシルク……ネタか?
……これは、先に森蜘蛛もいるな。東門から出ると森だっけ。木蜘蛛はそっちにいるモンスターっぽいな。
「これだー!!痛てててっ」
「集中しているときに大きな声を出さないでください。手元が狂います」
「すっ、痛っ、ぅみませんでした!」
必要な情報を見つけたので思わず大声をあげてしまった。そこで受けたのが、シュラナ・サラーニナからのアイアンクロー。音もなくスルリと迫ってきたので避けられなかった。
じわじわとではなく、一瞬で激痛が頭を覆う。謝ったらすぐに解放してくれたけど、手元どころか、激痛で感覚器官が盛大に狂ってしまった。周りがぐらぐらしてるわ。
「何が“これ”なんです?」
「あー。えーっとですね。なんと言うか。その。ほら」
言葉を発するたびに、彼女の雰囲気が冷たくなる。ああ、天然クーラーだ。
「今回使うのは木蜘蛛の糸にすればどうですか?」
「ほほぅ。さっきまでの話を全否定ですか。そうですか」
「あー、いや、ほら。細い糸の方が刺繍もしやすいかと思って」
「今回の刺繍は色を付けたいので、ウルフやウサギの毛を使います。そこまで複雑な文様でもありませんし」
そのために、長くて色が良い毛を集めてたんですか。この辺りには染色が得意な人がいないらしく、糸を選ぶことが基本のようだ。その辺りも含めて、俺は学ばなくてはいけないわけだ。
鉱石の分類もそうだけど、スキルとか技術でなんとかなる物なのか疑問だな。アシストでなんとなくそう感じるようになるのかな。
それはそれとして。今のアロの状態だ。
睡眠状態に強制的に移行されるのは、MPの全消費。MP回復のために眠気が襲い、一定量の回復まで強制的に睡眠させる機能(身体反応?)だ。集中力などで一時的には乗り越えられても、結局回復するまで眠気に襲われるし、パフォーマンスも低下する。
睡眠を十分に取っていても鍛冶中に眠くなったボルボランやアロの状況を考えると、これに違いない。いつも完成間近に睡魔が襲うのも、これで理由がつく。追加効果付きの物を作るときにはMPが徐々に消費されるってことだろう。
……実は、以前に聞いた覚えがある。魔法の使いすぎで戦闘中でも眠くなるって話だ。誰から聞いたかも覚えてないけど、ずっと引っかかってたのはそのせいだろう。
今後は、作業前にアロに初心者魔力薬を飲んでもらって、必要なら作業中の水分補給にも。……まるでスポドリ扱いだな。
早速に試してもらおうか。
『こんばんは。シロですが、今よろしいですか?』
おっと。シロさんからのフレンドコールだ。
『はいはい。大丈夫です。
ご無沙汰です』
『こちらこそ。先日は色々とご協力いただいただけでなく、丁寧なお祝いメールもいただきまして』
『いえいえ。今灯はどうされたんですか?』
『あ~ギーストさんがログインしているようなので、もしよろしければこれからお伺いできればと』
うーん。シュラナ・サラーニナさんに一通りの手順は教わった。後は、空き時間にちょこっとっつ練習するだけ。汚れるので毛皮からの毛の採取は難しいが、長めの毛を針に通して、縫い取り練習はどこでもできる。彼女もお客様が来るならと了解してくれたし、次の勉強は他のお弟子さんが来てからだ。まあ、まだガンガン作れるほどの技術がないから、最低限の訓練ができるレベルにするのが先の状況だからな。
『大丈夫ですよ。お待ちしてます。
あ、場所はご存じですか?』
『ええ。そちらは大丈夫です。
それでは、30細刻程度でお伺いします』
なんか、こんな営業に良くある会話をしてると、現実に戻ってきた気がする。
もっと砕けてほしいな。ゲームはゲームとして楽しみたいから。