6-6 ごちそうさま
結局雇うことになった。雇用条件はセバンスの忠告通り少し落としたけど、何かにつけてボーナスを出そうと思う。
何故って?
雇用の最大の目的は家管理――せっかくのゲームなのに家の維持に時間を使いたくない――で、次はお店――販売と素材買取を自動でやってくれるなら助かる――だけど、現在俺がため込んでしまっているお金を、給料って形で流通させることも目的の一つだから。
そういえば、商人組合にメイド募集の案内を出してたな。護衛はトルークさんに衛兵を辞める人を紹介してもらうはずだったっけ。そのことを伝え、セバンスに代わりに面接をしてもらうことにした。
雇用条件は、護衛兼施設警護が4組三交代一休制で連銀貨10枚。1組2人計算で、まずは8名+ガーディの全9名。
メイドが連銀貨5枚で、こっちには空き時間に生産や販売もしてもらうつもり。セバンスや料理人2名と併せて全15名。メイド長はふさわしい人がいなければメイにやってもらう。こっちは巡休1灯制で、最初は掃除炊事洗濯+生産、販売をローテーション。売れる物ができたら、販売実績に応じてボーナス支給予定。当面は、俺の作ったやつを売ってもらおう。
最初はこの屋敷に住み込みで、人数が増えてきたら近くの寮兼店舗で集団生活。販売はその店舗部分だ。教育もあるから、一足飛びに全員雇用するってわけにもいかんので、店舗での販売開始にはちょっと時間がかかりそうだ。
食事は、仕入れの関係もあるので、こちらでまとめて購入し提供。
こう条件を列挙すると、相場よりかなり好条件。その分、セバンスとトルークさんが人員を厳選してくれるってことだし、生産や夜間警備をきっちりやってもらいつつ、学んだことを俺にフィードバックしてもらう予定なので俺としては特にマイナスはない。
レシピや戦闘技術、生産技術なんかを独学することを考えれば、金で時間と快適さを購入するようなもんだ。
「……じゃあ、そういうことで」
「畏まりました」
セバンスは今から住み込みで、メイとガーディ、サンは落ち着いたら借りている家から出てこっちか寮に生活の場を移すとのこと。あ、生活用品も買ってもらわないと。
インベントリから金の入った袋を二つ取り出して渡す。小さな方を指してセバンスに言っておく。
「生活に必要な雑貨類や食料をこっちで買い揃えてくれ。あ、他からお客さんが来ることは予定してないから、そっちは考えなくていいや。あ、食料は、野菜とか肉とか残ってたやつを食料庫に入れてあったかも。
で、こっちは店舗兼寮を購入するための手付金。足らなかったら言って」
「畏まりました。
食材については、灯持ち(ひもち)する物が食料庫に十分ございました。旦那様が提供いただいた物はあまり持ちませんので、積極的に使わせていただきます。
店舗については早急に」
足らないかもしれないから、ログアウトまでの時間で売りごろのアイテムを大量生産しますか。そろそろ定期収入もなくなる予定だし。
念のため、資金に不足が出たら、トルークさんと一緒にポム薬剤店に行って、俺の取り分から出してもらうように伝えておく。どんどんそっちのお金は使わないと。
みんなの給料は、一連基本給で計銀貨165枚、セバンスなどの指導的立場の増額を考えると銀貨200枚、つまり金貨2枚と考えておけばよさげ。これは、自分の生産で稼ぎたいな。
2万Gか。初心者回復薬(中)ならギルドに25Gで売れるから、経費も考えると1000個も作れば良いのか。……って軽く納得しちゃったけど、大変だよな。一週間ちょっとしか時間がない。“少量生産”とまとめ作り、スキルやステータスの恩恵があるからなんとかなるけど。
生産職って思ったよりも稼げるけど、なんだかんだと思ったよりも使うな。ま、どの仕事でも同じか。
「じゃあ、俺は作業所で少し作ってからログアウトするから」
「畏まりました。こちらにいらっしゃる間に作られた物はいかがしましょう」
「うーん。駄目になりそうなのから使うつもりだから、売れないと思う。
好きにしてくれて良いよ」
「はっ。ではそのように。
メイ、サン。旦那様があちらに移られるまではお手伝いを」
おおーセバンスがすごく執事っぽい。
そんな変なことに感心している場合じゃないな。さっそく時間いっぱい作ろうか。
ちなみに、こっちの住人はログアウトを『あちらに移る』って表現するみたいだ。細かい所も考えられてるな。まあ、雰囲気づくりかもしれないけど。
作業所で準備をしていたアロに、鍛冶を手伝えない旨とここで違う作業をすることを伝える。ついでに、ついてきたメイとサンを紹介しておく。ここにいないセバンスとガーディについては、説明だけ。ま、すぐに会うだろう。
まずは、品質が落ちた、つまりは駄目になりそうな薬草と魔力草に“乾燥”をかける。乾燥させるのは、少しでも持ちをよくするためだ。
ある程度MPを消費したら、回復待ち。その時間を使って、初心者魔力薬を作成しておく。これは、今消費する分。売り物にならないくらいに消費期限が短いが、無問題。面倒なんで作るのは(中)だけだけど、そのうち他のも作らないと。目指せ作成数カンスト。
できた初心者魔力薬を飲みつつ、初心者回復薬を。これは万遍なく作りまくる。せっかくなので、スライムゼリーも使って保存薬に。ま、それでも数灯がせいぜいだから売り物にはならんけど。
自宅の敷地内だからか、水魔法を使って作業をしていてもMPが結構速く回復してくれる。ある程度貯まったら“乾燥”で消費。これを繰り返すことで駄目になりやすい薬草と魔力草を大量消費だ。
「あちらに移られる前にこれを」
「……ああ、すまない」
時間がないので夢中で作業をしていた俺に、メイが食事を用意してくれた。街中だから大丈夫だと思うけど、ログアウト時に食事を持ってなかったり、全然食べてないと、インした時に空腹のバッドステータスが付くんだっけ。あれ?それは外だけだっけ?
ま、どっちにせよ、他人が自分のために作ってくれた料理はありがたい。心から感謝していただきましょうか。
アロの分もあるので、手空きの時に食べるよう声をかけておく。
机に並んだのは、サンドイッチと野菜と茸炒め。作ったばかりなので美味しそうな湯気が揺らいでいる。
サンドイッチのパン部分は、よくある全粒粉丸パンを切ったもの。食べやすいように、4枚スライスした物の、大きめ二つで肉と葉物野菜を挟んである。ちょっとハンバーガー寄りかな。一口齧ると、薄切り肉がそこそこの歯ごたえを残して存在を主張する。海外のハムサンドじゃないけど、複数枚入っているのでボリューミー。新鮮な野菜と、ちょとだけ炙ったパンが良いアクセント。調味料がないから味付けはないけど、素材が良いのかそのままでも旨い。
でも、調味料は必ず買おう。
「調味料って何があるの?」
「そうですね。塩が一般的です。香辛料も使われますが値段が張りますので。後は、乳や香草でしょうか」
「黒っぽいのは聞いたことある?」
醤油!醤油!
俺の言葉に、メイが目を見開いた。
こっこれは!
「……よくご存じで!あまり使われませんが、海沿いの一部では魚を使った調味料があるそうですよ。テツエンでもいくつか取り扱っている店がありました」
魚醤ですか。そうですか。ま、そのうちプレイヤーが作るだろ。味噌醤油は。なにせ、食にこだわる日本人だからな。
気を取り直して、野菜と茸炒めはっと。
スライス丸パンの小さい部分に乗っけて食べるんだな。バケットだっけ。
ん?肉の味がするぞ?ちょっと焼いたパンがカリッとしていて、歯触りが楽しい野菜としんなりしつつも歯ごたえのある茸のコントラストを強調する。うん。旨い。
でも、野菜と茸が滋味深いためほんの少しの隠し味になってるけど、確かに肉の味がする。肉は入ってなさそうだけど……。
「肉を焼いた時の油を少し使って炒めました」
「ああ、そういうことか。それにしても、料理がうまいな」
「ありがとうございます」
不思議そうに食べていたからか、メイが種明かしをしてくれた。
調味料がなくてもここまで美味しい物が作れるんだな。雇って正解だった。
満足。満足。ごちそうさま。
メイはきちんとアロの分と、俺のインベントリに入れる分を用意してくれていました。ありがとう。
「ごちそうさまでした。
そうだ、アロ。今回の件で、他の人がここを使いたいならOKだから」
「……んっぐっ。ん。
それは助かるっす。店とかだとお客さんも来るんで、時間の確保が大変なんす」
声をかけたときに、ちょうど噛みちぎったところだったらしく、無理矢理飲み込んでた。悪いことしたな。
まあ、今回手伝ってくれてる人は、この街の生産トップの一番弟子。小さい街とは言え、作ってもらいたい客はそれなりに多いんだろう。
今週末には新規参加者も来る。その前には生産ギルド立ち上げになると良いな。
よし!MPもある程度回復したから、一通り作ってから寝ますかね。