6-4 ほったらかし
「なんだトルークさんでしたか。
中で待っていてくださって良かったのに」
「……流石に、それはな」
別に取られるような物は無い。作業小屋はきっちりカギを閉めてるからね。本邸の方も、使わないからカギをしたままのはず……だよな?
あっ。そうなると、中でって言っても庭で待つことになるからあれか。それに、俺が帰ってくるかもわからなかったろうし。
門扉を開け、中に誘導しながら話を聞くと、前からほったらかしにしていた、あの件だった。
「ご無沙汰してますね。ダンジョン前ではお世話になりました。
それで、どうされました?」
「こちらこそ、世話になった。おかげで、参加した部下達は喜んでたぞ。飯もうまかったしな。
で、今灯来たのはな、この家の事だ」
「おかげさまで快適に過ごしてます」
胡散臭げに、トルークさんが俺を見る。
「お主のことだ、作業小屋しか使ってないんじゃないか?」
ばれてーら。
確かに、せっかく作った風呂すら満足に使用してない。建物内に入ったのすら、最初だけだ。流石に、こっちで生活できないし。つーか、ゲーム内で生活してたら完全に廃人だろ。そもそも時間制限もあるし、こっちで生活は無理だ。
「やはりそうか。もちろん、まだ商人ギルドを通じて雇用もしておらんだろ?
お主らしいとは言え、いざというときに困るのはお主自身だ。
そう思って以前話した家の管理をしてくれる執事やメイド、護衛の目星をつけてきたぞ。余計なおせっかいかとも思ったんじゃが」
「いえいえ。それは助かります。なんだかんだで後回しにしてましたから」
「相変わらず忙しいのだな。
まあ、それはわかるが、自分を守ることに手を抜くようじゃ冒険者失格だぞ。無事に帰ってきてこその冒険だろうに」
現実的に?考えるとそうだよな。ゲーム内だって、デスペナ考えれば、基本は無事に戻ってナンボってやつだ。
生活って面で考えると、家をきちんと守ることが重要ってか。うーん。アパート独り暮らしで、家に寝に帰る生活を結構してたから、あまり実感が湧かないなぁ。
でもまあ、いくらあぶく銭だったからといって、せっかくの家を粗末に扱って良い訳じゃない。忙しいのを理由に手をつけなかっただけだから、この機会に誰かにお願いして手入れくらいはしてもらおうか。
トルークさんの紹介ならまず間違いないだろう。
「それで、どういった方ですか?
穏やかな性格だと助かりますが」
「ふむ。時間は大丈夫か?
できることなら、直接会った方が良いだろう」
「あまり時間は取れませんが、暗くなる前なら」
「近くの宿に住んでる。今なら、暗くなる前には顔合わせも終わるだろう。
ちょっと呼んでこよう」
「じゃあ、中の応接でお待ちしてますね」
トルークさんと話をしている間に、アロは作業小屋で打つ準備を終えていた。念のため一言告げておいて、家内へ。できてからそこまで時間が経ってないから別に埃っぽくは感じない。
でも、使われていない家独特の、寒々しさを感じる。
あー、無性に実家に帰りたくなったわ。結婚?縁が遠いんだよな。
トルークさんが戻ってくるまでにお茶の用意をと思ったけど、そもそも、お茶っ葉の用意もないし、道具があるかどうかも不明だ。諦めて部屋の中をチェックしようか。
……うん。最低限の物しかないな。座るためのソファーに挟まれたテーブル。壁際にはチェストや作り付けの飾り棚。どれも“ある”だけで、何も飾られていない分、余計に寒々としている。残念ながら、インベントリには飾れるような物は何も入れてない。今度、何か持ってくるか。
やることがないので、座ったまま考えを巡らす。
ここはたしか、応接室として作った部屋だった。他人に見せるための応接室がこれなら、他はいわずもがなだろう。自分でも何かした記憶がない。ベッドとか収納とかは気にしたけど、日用雑貨は考えもしなかったな。唯一は、塵壺くらいか。
ゲームとして考えれば別にかまわないけど、“住人”はここで生きている。少なくとも、ポムさんやトルークさんはそうとしか言えないレベルで“人”だ。スタートからここまで、そういった人に助けられて、一緒にやってきた俺には、彼らはNPCじゃなくごく普通の人と変わらない。今日会った一番弟子達も同じだ。そういった“住人”がここで生活をするのなら、それなりの準備が必要なのは間違いない。ポムさんのところには普通にそろってたし。
そもそもNPCなのか、その向こうに実在しているかなんて、俺にはわからないし。つーか、そんな使い分けなんてできるほど器用じゃない。だから、俺は誰にでも“人”として接するし、必要なら家や道具も買って、生活できるようにしようと思う。
彼らをNPCとしてしか認識してない人達は、ゲームの面白さを半分以上損していると思うんだ。
「……楽しいからなぁ」
ここの雰囲気も生活も、ほどんどしていないが冒険も、面白い。現実にある不快感――例えば疲労やら汗のべたつきやら――は大幅に軽減されているし、結構都合のいいようにプレイヤーに配慮しているんだろうと感じることもある。
それだけじゃなく、スキルとステータスで底上げされているから、現実ではできないくらいに器用に物が作れる。低レベルな今ですらだ。この先、どこまで行けるだろう。どんなことができるだろう。
オリハルコンや緋緋色金などの魔法金属やドラゴンなどの魔物系素材なんてのも出てくるに決まってる。つーか、無かったら暴動があってもおかしいかない。ゲームでは必須の素材だ。
そんな所まで自分の手で作れるようになるなんて考えたら、楽しくてしょうがない。このゲームは、時間制限と仕事が無ければ、全国で引きこもりを量産しているに違いない。今ですら問題になるんじゃないかな。
ま、少なくとも俺は当分止めるつもりはない。
「次は何を作ろうか」
素材の使用期限があるから今は初心者回復薬や初心者魔力薬を各種作りまくっている。協力して作るってことになってる生産ギルドの象徴とやらは、アイディアを出しただけで、たいして手伝えもできてない。
早く落ち着けて、まともに生産をしたい。現実では途中で逃げ出した俺だから、素のままでは大したものは作れないのは理解している。当たり前だ。
でも、ここでは違う。スキルもあるし、ステータスもある。実際、やったことのない薬作りも数回で成功している。この力を使えば、ある程度まともな物ができるはず。現実では無理だとわかっているからか、余計に何か作りたくてしょうがない。だから、今、とても楽しい。
「やっぱ、目標は今作ってるも」
「ここにいたのか。入るぞ」
つらつらと考え事をしていたら、いつの間にか時間が経っていたのか、トルークさんが戻ってきてた。ノックとともに部屋に入ってくる。
その後ろには、いかにも執事っぽい、パリッとした服を着こなすロマンスグレー。ただ、目と肌のハリからそこまで年がいってないようにも思える。
「そちらの方がそうですか。ご足労いただいて、ありがとうございます。
ああ、そういえば、ここはすぐにわかりましたか?」
「人の気配には敏感なのでな。特に、ここにはお主以外おらんし」
トルークさんがこともなげに答えた。
そりゃそうか。トルークさんは衛兵でもそこそこの実力者っぽいし、【気配察知】系のスキル、いや技能か、は持ってるんだろう。
あ、後で他人に対して“鑑定”することが常識としてOKかどうか確認しないと。プレイヤー間なら問題ないだろうけど、住民からの感情はまた別だし。
ロマンスグレーの後ろにまだ何人かが入ってきた。
さて。じゃあ、面接を始めようか。
すっかりほったらかされていた、本宅の登場です。