6-3 これで全部
「なんでこんなとこにいるっすか?」
「なんでもなにも、納品ッスよ、納品」
急にあげたアロの声に振り向くと、カロは肩をすくめて答えた。
足元をよく見ると、なんかの鉱石が入れられた籠がある。細工で使うんだろう。【裁縫】のシュラナ・サラーニナのところも、【皮革】のペトロから切れ端や毛皮を買ってたみたいだし、生産ギルドが無くてもそういったつながりはあるんだな。当然か。
それにしても、よく誰だかわかるな。俺じゃあ、ぱっと見、カロだかサロだか区別が付かん。アロだって、隣にいるから違うのがわかるだけだし。わかるのは兄弟だからかね。
そんなことを考えている俺をよそに、一頻りアロと会話をしてからおもむろに作業所のドアをノックするカロ。
おいおい。そんなに強く叩いて大丈夫か?
「ほいよ~。ちいと待ちない。
っと、お待たせ。おっ、原石かい。そろそろ減ってきたから助かった」
「遅くなったッス」
「料金はいつもの通り?」
「そうッスね。200の玉石原石が30個ッス。で、500の宝石原石が5つと、それと」
「おおぅ。これは大きめだね。
宝玉原石かい?流石にこれはねぇ。
ここまで良さそうだと、5万Gはするだろ?低質でも2万はする代物に、理由もなく手は出せないねぇ」
「みんなそう言うッス。確かに目的もなく買うもんじゃないッス」
「また人助けかい?相変わらず人が良いねぇ。
ん?」
たぶん、彼女が【細工】のジョルジョオの一番弟子なんだろう。
さっぱりとした性格っぽい、まだ若い無人族の女の子。カロの持ってきた籠や、彼が懐から出した石を見ては会話を交わしている。
玉石?宝石?宝玉?
……私の記憶が確かならば……1個だけ倉庫に水玉石ってのがあったな。200よりは高かった気がするけど、原石との違いか。で、宝石、宝玉ってランクが上がっていくと。
カロは人が良くて、人助けを時々してると。んじゃ、あれは委託されてるのかな?
そんなことをつらつらと考えていると、仕事の邪魔だろうと脇に避けていた俺らに、彼女が気づいた。
「アロかい?サロかい?
そっちはあれだね、噂のギーストさん。じゃ、アロか。久々だね」
「ご無沙汰っす」
「最近は高級品の発注がないのかね」
「バタバタしてるんで注文は後回しっす。その分、他のやつから話がいってないっすか?」
「そういや、いくつか来てたね。そうかそうか。
んで、ギーストさんだね?私は【細工】のポリーナ。見ての通り無人族さ」
「俺はギースト。同じく無人族の【錬金】……って言いたいところだけど、今は【薬剤】とかが主になってるかな」
「今回の話は面白いね。できることは少ないけど、協力させてもらうよ」
「よろしく」
……よく考えたら、俺が積極的にやる理由もたいしてないんだけど、ま、良いか。これも流れだし、何よりも面白いから。
工房の中は、すっきりとしていた。部屋の隅には、大きさで分類されているらしい鉱石が棚に並んでいる。ん?似たような棚がいくつか……そうか。種類も分けてるんだな。
そのほかは細かい作業をする用の机と、大きな作業用のスペース。
聞くと、宝石系だけでなく、刺繍や彫刻、金属や木などを使った小物作りまで幅広くしているとのこと。【錬金】は別にして、一番広い分野の技術が必要なのは【細工】のようだ。
「ある程度選別した物を仕入れてるから大丈夫だけど、素材入手からしてたらいくら時間があっても足らない分野よね。
我ながら良くやるわ。好きだからこそよね」
「いやいややってたら良いのはできないっす」
そう言って、お互い笑う。まあ、仕事だ。嫌なことがあろうと、なんだろうとやらなきゃならない。それでも、好きならそれを力にして前に進めるってことかね。
色々と、作った小物や飾りの類いを見せてくれた。ほうほう。なかなかなもんだ。路上で売ってるシルバーアクセくらいにはよくできてる。この文明度合いを考えると、一番弟子って言われるにふさわしいでき……なんだろうな。たぶん。
「飾り付ける鞘とかができたら送ってね。デザインまで任せてくれれば、良い物作るわよ」
「了解っす。次にサロんこと行くから、試作を送るように言っとくっす」
んーなんかあれだな。今の話の流れには特に変なところはない。が、なんかわからんけど、もやもやするな。
でも、あれだ。このもやもや感は、なんとなく気になることがあるけど、それがなんだかわからないもやもや感だ。自分でも言語化できない気になることがある時の感覚。
こういうときは。そう。俺お得意のあの方法しかない。
はい。後回し。
悩んでも仕方ないことは悩まない。もう少し落ち着いてから、違う角度などから見ると、ぱっとわかったりする。それまでは、この問題は後回しにしよう。ただ気になったってことだけは覚えておかないとな。
「それじゃ次が最後っす」
「木工のサロのとこだよな」
「こっからだと屋敷の方向にちょっと行ったところっす」
「サロー?いるっすか-?」
「いるッフ。後ろッフ」
後ろを振り返ると、羊皮紙を抱えたサロが疲れた顔で立ってた。
「なんか、疲れてるっすねぇ」
「あーうちは師匠が師匠ッフから。金額も内容もでかいやつだと師匠がやるッフ。でも、それ以外のは全部こっちに回ってくるッフ。ここんとこ好景気だから余計多いッフ」
「あーうちも依頼が増えてるっす。みんな忙しそうっす」
「日用品から家財道具、家にも木は大量に使われるッフ。その割にはこの街には【木工】持ちが少なくて大変ッフ。
もうちょっと師匠が弟子を取ってくれてればと思うッフ。んだから、生産ギルドには期待してるッフ」
「うーん。俺はどこも最初は忙しくなると思うっす」
「まあ、生産ギルドのやり方に戸惑うだろうし、習いに来る人の対応も必要だからね。
でも、ここアークはまだまだ発展するだろうし、依頼も増えるだろうから、最初の内にきちんと育成体制を作らないと大変だぞ」
「わかってるッフ。でもきついッフ」
そうだよなぁ。わかっちゃいるけど、やらなきゃいけないけど、大変な物は大変だよな。後回しにしたらもっと大変と理解できる奴が貧乏くじ引いてやるはめになるのはよく見る風景。
でも、ほっとけないんだよな。
「そういうことで、必要な柄や鞘については早めに連絡して欲しいッフ」
「……形ができないと作りようがないっすね。頑張るっす」
「もうすぐできるから」
ちょっと気落ちしてから自分に気合いを入れたアロに、大丈夫だと声をかける。
刃などの金物部分ができないと、それに合わせた鞘や柄は難しいとのこと。まあ、そうだよな。既製品・工業製品なんてないだろうから、どれも一点物になってしまう。そうなると、鞘も柄も基本は一点物になるわけだ。そりゃ手間がかかるわ。
周りを見ると、山になっている木片と木材。できあがった作品は一箇所にまとめられ、それぞれ注文の羊皮紙とセットになっている。商売繁盛だけど、大変そうだ。あまり邪魔をしないうちに帰ろうか。
うーん。自分でも暇見つけて【木工】を育てようかな。他の生産スキルも面白そうだけど。生産ギルドが落ち着いたら、やりたいこと一杯だ。
「邪魔になるからそろそろ帰ろうか」
「了解っす。だいぶ疲れも取れたから、また作るっす。
じゃ、サロ。また来るっす」
「またッフ」
これで全部回ったな。思ったよりも色々と勉強になった。その分、時間を使っちゃったけど。そろそろ落ちないと睡眠時間が困りそうだ。
それにしても、協力体制って話だったけど、完全に分業だ。それぞれにこだわりと技術を持った生産者達だった。最初の街だし、生産ギルドもないからもっとレベルが低いのかと思ったんだけど、そうでもなかった。それがわかっただけでも大収穫だ。まだまだ急いで他の街に行こうとしなくてもやることは沢山ありそうだ。
まだこっちでは夕方前だけど、現実ではそろそろ11時。錬金祭でMPを消費したら寝ようかな。
家の近くまで帰ってくると、門扉の所に人影が。あれ?一応、家が完成したときに衛兵さんの見張りはいなくなったはずなんだけど。
「おう。やっと戻って来たか。久しぶりだな」