6-2 他はどうかな
【裁縫】を職業としている方々――ギルドって言うと紛らわしいから、なんか良い言葉がないかな――は妖艶な妖人族が多いようだ。代表と同じアラクネから二股人魚やナーガ、鬼系までいる女の園に、入るのを躊躇してしまう。
アロもあまりこちらに来たことがないようで、二人して入り口付近で不審な行動――うろうろと中を覗くなど――を思わずしてしまう。
早々にこちらに気づいてくれたシュラナ・サラーニナが、少しばかり呆れた表情で声をかけてきた。
「あら、どうしました?」
「あーちょっと、進捗状況を伺いに」
「それとお届け物っす」
「あらあら……それはそれは。ペトロの革ですか。わざわざどうも。
まあ、そんな所じゃなんですから、こちらへどうぞ」
入り口横の小部屋に案内される。どこの作業所にも、打合せ用として入り口近くに小部屋があるらしい。機能的な作りだな。
革の切れ端が入った籠を渡しながら世間話が続く。やっぱり、他人の耳がある所では話をしない。こういうのが自然とできるのはすごいなぁ。
椅子に座って落ち着いたら、シュラナ・サラーニナに小さめの声で聞く。
「ドアを開けておくのは」
「ええ。盗聴対策です。
仲間内ですし、今日は人数がいますから必要ないとは思いますが、職人としては当然の嗜みですから」
「見られたくない時はドアを閉めるっす。開けとくのは聞かれたくないか、別に気にしない時っす」
「区別がつかんだろ」
「話し声の大きさで区別するっす」
俺の突っ込みをアロは簡単に躱す。まあ、それで問題がないなら良いか。俺がつべこべ言うようなことでもなし。
とぐろを巻きつつ、器用に椅子に座ったシュラナ・サラーニナが、懐から刺繍された革の端切れをいくつか取り出して見せてくれた。
上手なもんだ。
「それで、革にする刺繍はこれで良いんですか?」
「【鍛冶】【石工】【木工】【皮革】【裁縫】【細工】【農業】【料理】【薬剤】。
一目でわかるな」
「昔からある図案ですから。ただ、数が多いのでどうしても小さくなりますよ」
「半分半分にしようと思うんだ。それならそれなりの大きさになるでしょ」
「……片方が見えないのは」
「数が違うのでバランスも悪いっす」
「違う違う。刃にも図案を刻む予定だ。鞘と刃で半分半分。左右で図案を革と入れ替えれば、全部が本体に刻まれる。
柄にも革を巻く。そこの両面に【料理】だな。
見える側の革に【皮革】【裁縫】【細工】【木工】、刃に【鍛冶】【石工】【薬剤】【農業】」
「……良いまとまりですね」
「スゴいっす。完璧っす」
「そう褒め「これで【薬剤】がうまくいけばっすね」……そこなんだよなぁ」
アロの台詞で一気に落ち込んだ俺だったが、すぐに思い直した。【薬剤】の効果を入れるためにアロに色々と作って貰ってる。アロ自身はできるかどうかって不安なはずだ。さっきの言葉にもそれがでている。
だからこそ、俺は堂々と自信に満ちてないと。実際、“鑑定”結果を見ると少しずつ説明文が変わっていくから、できると思う。
「そっちも、要はバランスだろ。鉱石とのバランスを見つければできると確信してるよ」
「楽観的っすね。作ってる立場からするとそこまで確信できないっす」
「そうか?俺が“鑑定”た限りではアロが作ったダガーはもう少しで完成すると思うんだけど」
「自分としては品質が落ちてるのがわかるっす。でも、ウルフキラーのような輝きが感じられないんすよ」
「まあ、それは完成してないからな」
【鑑定】を持っていないアロには、手応えくらいしか違いがわからないのかもしれない。数をこなさないと自分の生産物でも効果が見れないし。でも、俺が見た限りでは、着実に完成に近づいている。
なにせ、説明文が『不純物が混じって品質が低下』(2枚)から『薬草を混ぜているが効果が無い』(6枚)って変化してるし。
これは、なんらかの効果付きが作れるってことだろ。
そう伝えると、少しだけアロの表情に気力が入った。
「それなら嬉しいっす。後は、俺の腕次第っすね」
「頼りにしてるよ」
「後は大きさですね。まあ、普通の大きさで良いんでしょう?」
「奇をてらってもしょうが無いし。ところで、あっちの人はなにしてるの?」
さっきから、向こうの作業所でしてる作業が気になって仕方ない。ほとんどの人は布を織ったり、革や布に刺繍をしたりしているのに、一人だけ、毛皮をいじくっている。なんだか、毛を抜いているようにも見えるけど。
そこを一目見て、首を傾げていたシュラナ・サラーニナだったが、納得したように一つ頷いた。
「ああ、他所の方にはあまりなじみが無いですかね。あれは、比較的長毛の毛皮から糸を紡いでいるんです」
「へーそういうこともやるんだ」
「ええ。【皮革】の工房から仕入れても良いんですが、今は手も空いてますから」
それに、彼らは毛抜きは上手でも糸にするのは私達の方が優れてますから。と笑顔で言われても。へぇ~紡がれた糸で比較すると【裁縫】が【皮革】に勝つと。そうじゃないと困るよな。
まあ、それぞれに得意な技術があるってことかな。他のもありそうだ。
「じゃあ順調ですね」
「ええ。デザインもある程度固まりましたし、あとは習熟するだけですね」
「そうか。じゃあ、目星がついたら連絡します」
「お待ちしてます」
簡単に話が終わってしまった。裁縫なんて縁がなかったから何を言うべきかもわからないから。ま、作業が順調ならそれでいいか。
ボトルネックは本体だし。
「後は【細工】と【木工】っすね。【農業】【料理】と【薬剤】は」
「そこは別にいいかな」
「そうっすよね。じゃ、次は【細工】の工房が近いっすね」