1-5 頑固さん
「おっちゃん。一本おくれ」
「お、またきたのかい」
さっき、お客がいないタイミングで5本買ったからか覚えていてくれたようだ。
味も良いし、贔屓にしよう。
「さっきは色々教えてくれてありがとう」
「良いってことよ。なにせここは始まりの街アーク。聞かれ慣れてるさ」
鼻頭をこすっておっちゃんが笑う。お客が来ないようなら、また色々聞きたいな。
「店の判別はついたかい?」
「軽く覗いてみたから、大体わかったよ。初めて来たから本当に助かったよ」
「何、沢山買ってくれたからサービスさ。そうそう、看板が掛かってなかったら入るんじゃねぇぞ。時々常識外れの奴がいて、衛兵呼ばれてるからな」
古き良きRPGプレイは無理ですか。そうですね。
「看板が出てればやってる。わかりやすくて良いね」
「だろう?これはうちの街が最初さ。英雄トリスタンが旅をしながら広めたんだ」
あ、そういう設定なんだ。
「ほんと、英雄様には足を向けて眠れないね。冒険をこの街から始めてくれたおかげで、今でも多くの冒険者が立ち寄ってくれてる。始まりの街アークと言えば、誰もが知っているさ。何せ英雄物語の導入だからな」
観光名所化してる訳か。だから、初心者向けの安い店とそれなりの店があるんだな。
「じゃあ、商売繁盛だね」
「最近はそうでもねぇんだよ。これだって、いつもなら1本3Gなのに、今日は2Gで売っても数が出ねぇんだ」
おっちゃんの顔が曇る。
「外から来る冒険者がなんか減ってるんだ。
冒険者が護衛をしてくれるおかげでこの街の流通は成り立ってんだけど、ここんとこひよっこばかりでな。
護衛が集まらないから商隊があまり来なくてな。
まだ大丈夫だけど一ヶ月もこれが続けばどうなるかわからんな」
ひよっこって、ゲーム初心者か。うーん。これはクエストの前振りかな。始めたばかりの俺に護衛なんてできないからネタ仕込みレベルなんだろうけど、実際に影響がでる設定だと困るな。
嗜好品にお金を使うプレイヤーが増えればまた変わってくるかな。
「流通が止まれば値段が上がる。商売あがったりになっちまう」
「そりゃ困る」
そうなったら、ゲームも楽しむレベルじゃなくなるし。っても、今の俺じゃ何も出来ないけど、心に留めておこう。
コッコ焼きはあいかわらず旨い。一本焼いてから食べ終わるまではそれなりに時間がかかるが、その間にお客さんが誰も来なかったどころか、ここを通る人もまばらだ。プレーヤーはヒラリ草原に行ってるんだろうけど、街中の賑わいがないのはなぁ。
おっちゃんの言葉に実感が湧く。できることがないか考えてみるか。
「もう4本」
そう言って、20Gを取り出す。本当なら10Gだけど、いつも3Gなら10本で計30Gだからこれで良い。確かにコッコ焼きにはそれだけの価値がある。
「おい、あんちゃん。間違ってるぞ」
おっちゃんは、俺をにらみつけたまま手も出さない。つーか、受け取らないのに金額がわかるってどうなってんだ?
「おっちゃん。俺はね。物には正しい値段と価値があると思うんだ。
10Gの価値なら10G、300Gの価値なら300G払いたい。もちろん、掘り出し物は好きだけど、いつもそれじゃあ面白くないんだよ」
怖い顔をしているおっちゃんから目線をそらさない。
俺はこの世界を楽しみたい。攻略したいのではなく、自分なりに楽しみたいんだ。10Gとはいえ、ここは譲れない。
「おっちゃんのコッコ焼きにはそれだけの価値がある。それじゃあ駄目かい?」
けして短くはない沈黙の後、低い声がする。
「商売に必要なのは信用だ。昨日今日と2Gで売ってるのに、ここでもらったら他の客に顔向けできねぇ」
ああ、そこは考えてなかったな。
動揺を顔に出さないのに全力を注いだ。でもいまさら引っ込められないし。そうだ!
「じゃあ、情報料で」
「何が知りたい」
即答ですか。そうですか。
「冒険者の買い物にお薦めのお店と、さっき言った英雄トリスタンの物語を」
「それじゃあ貰いすぎ」
「先に貰った生活情報分も入ってるよ」
秘技即答返し。
最後まで台詞が言えなかったおっちゃんがちょっと黙る。
「貰った情報の価値は、聞いた俺が決める。間違ってるかい?」
おっちゃんが呆れたように表情を崩す。俺の粘り勝ちかな。
「頑固なあんちゃんだ」
そう言って差しだしたおっちゃんの無骨な手のひらに20Gを渡す。
「ギーストだよ」
「頑固なるギーストに英雄の導きのあらんことを」
皮肉げな言い方だけど、下手な神父に言われるよりも価値があると思わんかね。
お金をしまうと、取り出したコッコ肉の塊を丁寧に切り、串に刺して焼き始める。
流れるような動きに経験を感じた。
作業しながらお薦めの店と店長の名前を教えてくれた。紹介された店はどこも行ってない。南門のそばじゃなくて、冒険者ギルドの近くらしい。そんなところに看板はなかったから、紹介されて初めて行ける店かも。初心者向けから中級者まで対応できる店ばかりで、素材の買い取りもしてくれるって。
「よそだと、小さく切って2Gで出してるが、うちはより旨く感じるこのサイズにしてる。
だから、1つのコッコ肉から5本しかできねぇ。
ギースト。コッコ肉を手に入れたらもってこい。質にも寄るが直接買い取るぞ。7Gでどうだ。ギルドに売るよりだいぶ良いだろ」
「ギルドの買い取りっていくら?」
「販売が10Gで、買い取りは半値だから5G。端数は切り捨てだけどな」
両者が得する訳か。
「6.5の端数切り捨てで良いよ。
その代わり、料理を教えてくれる?」
「ふん。図書館に行けばレシピ本もあるがね。
雨の時にでも声をかけな。宿屋のムクにコッコ焼きのペルって言やぁ大丈夫だ。
屋台を出すんじゃなければいくらでも教えてやるぞ」
食べて旨かったからお願いしたんだけど、まんざらでもないみたいだ。表情はしかめっ面だけど、声にうれしさがにじんでいる。
それにしても、興味深い情報がまた一つ手に入った。
「図書館なんてあるの?」
「領主のお屋敷の向かいにあるだろ。入場料はかかるが、それだけの価値はある。英雄物語も子供向けから第一写本まで置いてあるぞ。ま、第3以上の写本は別料金だがな。
文字くらいは読めるんだろ?」
図書館があるなんて情報にわくわくしていたら、冷や水を浴びせられた。そうだよな。異世界の文字なんてそう簡単に読めないよな。現状だと、メニューすら読めない。
「あちゃー。読めないよ。
どうしようか」
嘆く俺に、ペルさんは呆れた目を向けた。
「なんでぃ。
そういやよそから来たって言ってたな。この街の人間なら読めねぇなんてこたぁねぇんだが。
なにせ、英雄物語を語れて一人前ってことだからな」
「じゃあ、教えてよ」
「馬鹿言え。商売しながら語れるほど短かねぇよ。雨の日にくりゃ語ってやる。
まあでも、文字は覚えて損はねぇから、頑張ってみんのも良いかもな。司書のユーキさんに話せば、練習用の紙束とペンを売ってくれるぞ」
ああ、今日聞いたことも忘れないように書いておきたいし、行ってみるか。
スキルスロットに空きがあれば「言語」を取るんだけどな。冗談抜きで。
「ほら。焼けたぞ」
「う~ん。旨い」
一本食べて、残りはインベントリにしまう。小腹が空いた時用だ。
収納って考えればしまえるんだから、ゲームって楽だよな。
「冷めると味が落ちるから早めに食えよ」
「はいよ~」
料理人の思いは大切にしたいが、おやつも必要だからな。
インベントリの中が時間経過しないなら良いんだけど。
事前情報の収集はあまり好きじゃないけど、基本情報くらいは調べるか。
……いや、ゲーム内で聞いたり調べたりするのが楽しいんだから、そうしよう。
どうせ、目的もないし。
「じゃあ、また来ます」
「おう。いつでも来いや」
それにしても、知り合いはNPCばっかだな。冒険してないから仕方ないけど、明日には冒険者ギルドに行ってみるか。まずは、図書館だけどな。
次話、なんと他のプレイヤーがでます。