閑話 あるイベントの一幕
日間1位になった記念の閑話。
書いた感想「難しい」の一言です。
「いやぁ疲れた」
「おつかれー」
「オツー」
「即落ち?」
「……もう少ししたら警告がなりそうだ。アイテムの分配しちまおう」
「了解」
「うぃうぃ」
無事に迷宮から帰還した俺らは、入り待ちや休憩してるプレーヤーの邪魔にならない位置に移動しながら、ダンジョンアタックの後処理をする。ありがたいことにドロップアイテムはそれなりにある。イベント様々だ。
ギルドで売ればそれなりの収入になるけど、ここで薬に交換してしまおう。金を捨ててもスキルとレベルが稼げるダンジョンアタックの方が価値が高い。運が良ければ、追加効果付きの装備だって手に入るし。
「ロンはこれで落ちだよね。テルさんは?」
「あー俺も落ちだな。リアルで用事がある。そう言うヨックはどうすんだ」
「私もー。明日を十二分に楽しむために、今日のところはここまで。どっちみち、後30分位だから再アタックも、ね。
MP切れまで使ってログアウトかな。トッシーは?」
「俺もあまり変わらないけど、勿体ないからちょっと実地訓練でもするかな」
ヨックよりもちょっと時間がある。つっても、40分位か。こっち時間で2刻ちょっと。ダンジョンアタックは無理でもそれなりに戦える。なにせ、周りは草原だ。安全地帯を抜ければ、魔物には事欠かない。
魔法職のヨックにゃこの辺りでのソロは難しくても、盾職の俺には良いスキル訓練になる。
「相変わらず努力家よね」
「盾職はプレーヤースキルに依るからね」
これは俺の持論。馬鹿正直に敵の攻撃を正面から受けてたら盾の消耗が激しくてどうにもならない。かと言って、避けてばかりじゃダメ。だから、盾を使っていなし、時には反撃を加える。それこそが盾職のあるべき姿だと思う。
回復魔法を持ち、聖騎士を目指すテルさんに、罠や索敵を伸ばして迷宮盗賊を自称するロン。紅一点で火、風、水を使いこなすヨックに盾職のトッシーこと俺。それなりにバランスのとれたパーティーだと思う。後2人いると良いんだけど。
何度か臨時で組んだ中から、気が付けば集まるようになった。今回のイベントが終わったらテルさんをリーダーとしてチーム登録しようともくろんでいる。ゆくゆくはクラン設立だな。
「ほいじゃねー。インしたらメッセするわ」
「また明日」
「どんだけ上がるか楽しみだよな」
「このイベントが終わったらボス討伐組がでるんじゃないかな?あー早く先に行きたい!」
「そのためにも、訓練と行きますか」
「もう、真面目なんだから。じゃ、私は皆の邪魔にならないところで練習してから落ちるから。またねー」
「また明日」
さて。もう少し盾の使い方がうまくならないと。ボスは取り巻きがうざいからな。ウルフの群れと練習しますか。できれば、スキルレベルを上げたい。
そう思って、ヨックとも別れて草原の奥の方へと足を踏み出した。できれば、3匹固まっててくれると練習には良いんだけどな。
ガサガサと不規則に揺れる草。そこそこ丈のある草のせいでこちらからは捕捉できなくとも、襲い来るウルフにはこちらのことは手に取るようにわかるらしい。つたないながらも連携して狙ってくる。それでも俺は不安には思わない。それだけの経験を積んできた。
イベント初日。夜休憩のログアウトのおかげで、今の俺のレベルは11。さっきまでしてたダンジョンアタックループで、明日のインには1、2は上がってるだろう。それだけきつかった。
ウルフ1匹ならレベル5の時からソロで倒せた。ま、平均的なプレーヤースキルだ。取り立てて驚くもんじゃない。今は5匹組だったとしても、防御に専念するならそうそう負けやしない。連ちゃんはきついがね。
ガウゥ。ギャン。
正面から来ると見せかけて、左から飛び掛かってきたウルフを上へといなし、見えた腹を槍で突く。ここで深く刺すのはご法度。抜いてる間に他から咬まれちまう。ま、思いのほか深かったら振り回して巻き込むんだけど。
いなされ突かれたウルフが跳んだ先で崩れ落ちる。力なく横たわるウルフには、もう脅威は感じない。
結構な深手を負わせた。死なないまでも、飛び掛かるどころか逃げ回るだけの余裕もなさそうだ。これで他は2匹。どちらも小傷でまだまだ元気だけど、俺には負ける要素は無し。今回の練習でスキルレベルがあがると良いんだけど。
それが油断だった。
急に視界が横へとぶれる。
そして感じる衝撃。
ガウッッガッ!
無我夢中で振った短槍が重くなり、黒っぽい何かを弾き飛ばした。
慌てて起き上がると、草中へ消えるウルフの尾が見えた。
「新手かっ」
一気に揺れが増えた草を見据えながら、初心者回復薬を飲む。一旦引いてくれたおかげで飲む時間が取れたけど、悪手だったか?遅々として回復しないHPをちらりと見て、いや、守り重視の盾職だ。行ける。
そこからはただひたすら耐えるしかなかった。前後左右から飛び掛かってくるウルフと右へ左へと避け、いなし、時には軽く突く。困るのが低く足や槍盾を持つ手を狙う狡賢い個体。そいつは優先的に迎撃。
鎧ではなく、盾、靴、籠手に金をかけといた自分をほめてやりたい。
左から首元を狙うやつを今回ばかりは正面から“シールドバッシュ”で跳ね返す。そいつに隠れてたウルフ達を巻き込み、3匹が奥へと飛んでいく。
硬直時間を狙った咬みつきをしゃがむことで躱す。同時に足を狙ってきたやつは、槍を持つ手で正面から殴りつける。
ギャウン!
満身創痍。それが一番似合う言葉。飲む余裕がなく、手持ちの薬は全部かけた。回復量を考えるともったいないが、命には代えられない。
それでも、回復量自体は気休め程度。ただでさえ初心者薬は回復量が少ないし、レベル10を超える俺には半分しか効果がない。
必死になって戦闘中なのに、体は動いているのに、頭だけは余計なことをフル回転。ゾーンと言うべきか、走馬灯と言うべきか。後者じゃないことを祈ろう。
「後5匹っ」
さっき後ろから襲いかかってきたウルフの群れは5匹もいたらしく、一時は7匹にまで膨れ上がったが、なんとか2匹は倒した。その間は結構時間がたっていたらしく、傷つき倒れていたヤツも、すでに光と化している。いると邪魔だから助かった。
そろそろ反撃して倒しちまわないとHPが危ない。ここからは慎重にいかな「マジかよ」
急激に揺れる草が増えた。倍増している。
さっきみたいに急襲されたわけじゃないが、そこそこ遠くにいた他の群れが合流したようだ。最悪だ。
いや、チャンスか?
群れが合流した際に、ちょっとだけ主導権争いで時間が空く。通常ならここで回復だけど、逃げることも不可能じゃない。
……駄目だ。トレインになっちまう。フィールド上の安全地帯は、トレイン状態や中からの攻撃で解消される設定だった。山ほどのプレーヤーがいるところでそんなことをしたら、明日からゲームなんてできなくなっちまう。
しゃあない。覚悟を決める「マァッソー。ンボンバァーァァ「ギャゥウゥン」」
「へっ?」
「説明しよう。マッスルボンバーとは、鍛え上げた上腕二頭筋を使い、敵をなぎ倒すマッスル技である。
ンーッマッソォォーー!!」
茶色い大きな塊が目の前を右から左へと通り過ぎた。残されたのは、大きく揺れる草と、硬直した俺。何やらポージングする茶色い塊。
空中へと吹き飛ばされたウルフが大地に叩きつけられる音で我に返った。
目の前のは現実か?……そりゃVRだけどさ。
俺との戦いでスタミナを減らし、傷を負っていたウルフの群れ。そこに合流したばかりの新規の群れ。意識の外から急襲されたことで、大ダメージを受けている。
筋肉質の茶色い塊――たぶん、プレーヤーだとは思うけど――が縦横無尽に動き、叩き潰していく。
「助かった……のか?」
「早く逃げるがいい!」
思わず漏れた声にかぶせて助っ人からの指摘があった。が、この状況で逃げられんだろ。
俺は無言でそいつに意識を取られていたウルフを2匹立て続けに屠る。
これで残り4匹だ。
「すまない!助かった!
残り4。ここは一気に片をつけたほうが良い!」
「ならそちらは任せる。フンヌ!」
俺の言葉に、笑いながら3匹のウルフをこちらへと次々蹴り飛ばしてくる。無様に鳴きながら吹き飛ばされてくるやつらを盾で、槍で始末していく。
「ゥサイードチュェストォー」
白い歯がキラッと光るポージング。力瘤の目立つ左手と身体との間に挟まれたウルフは、ほんの少しもがいたかと思うとすぐにぐったりとした。俺が3匹を始末したころには、徐々に光の粒へと変換されていった。
周囲に獣の気配はない。
それを確認した後に、助けてくれた彼に改めて声をかけた。
「すまない助かった。俺はトッシー。無人族の盾職だ」
「気にするな。冒険者ならお互い様だ。私はマッソー。見ての通り、無人族のボディービルダーだ」
……いや、見てわかるけどさ。でも、この世界観でそれはなかろうに。
突っ込まない。俺は突っ込まないぞ。
「無手かい?」
「筋肉は最高の武器であり!防具である!」
ポージングしながら叫ばんといて。
それはそうと、助けてもらったからにはお礼をしないと。
「……悪い。さっき色々交換したところだから、お礼にあげられそうなのはウルフドロップと金ぐらいだ」
「別に不要である。人助けは趣味なのでな」
「そうもいかんよ。こっちとしては助けてもらったからにはお礼がしたい」
「……なら、オイルか糸系素材に心当たりはないかね?」
「さっきのダンジョンドロップにオイルはあったな。糸は……あってもまだ作れるプレーヤーがいないか。ちょっと待ってて……」
ふむ。糸には光沢があれば最高だと。 何に使うのかは聞かなくてもわかるか。
パーティーメンバーは皆すでにログアウト済み。メールしておくか。
「良ければ、フレンド登録してくれないか?
オイルならパーティーメンバーで持ってる奴がいる。今は無理だけど、明日には渡せる」
「良いのか?わざわざ」
「死に戻りよりはよっぽどありがたい。
お礼だから気にせず受け取ってくれ」
「ふむ。ではありがたくいただこう」
「よし。じゃあ、明日また連絡させてもらう。
本当に助かった。改めてありがとうと言わせてくれ」
「気にするな。
じゃあ、またな」
「ああ、またな」
ちょっと、いや、かなり変な奴だけど、良い奴だ。
ボディービルになんのこだわりがあるのかは聞きたいとは思わないが、この世界を思いっきり楽しんでるのがわかる。
「ネタプレイも良いもんだな」
よく考えれば、騎士や戦士のロールプレイと方向性が違うだけで同じようなもんかもしれない。何かになりきってる。
でも、俺だって負けた気はしない。盾職として攻略最前線を目指すのは本当に楽しい目標だ。
「せっかくの異世界VRだ。楽しんだもの勝ちだろう」
そんな言葉を残してマッソーは颯爽と去っていった。
俺に「紙防御じゃね?」との疑問を残して……
盾職を目指す須佐見とネタプレイヤーの一幕でした。
今後も閑話を増やすのであれば、別立ても考えます。
次は6章。今月中にはなんとかしたいなぁ。