5-14 夕食前
上司にも予定として話をしておいたからか、今日は特に残業もなくスムーズに退社できた。ここのところ、集中できているのか予定よりも作業が捗り、残業ペースは例年の半分以下だ。
十分な余裕を持って高里さんの家にたどり着いた。
本当ならVRを渡して、振込先を教えたら帰りたいんだけどなぁ……まあ、そうは行かない。お礼代わりに夕食に誘われてる。断りづらい。仕事の関係もあるし、希望小売額以外は受け取らないって理解してもらってるし。
オークション系を見ると、金額は最低10倍以上。勝手に転売された機械は使えないってアナウンスがされているから長期海外出張などの事情有りの出品しかないので売り出されるのは少数。10倍でも安いみたいで、見ているうちにどんどんつり上がる。半年くらいは落ち着かないかな。
そう考えるとお礼をしたいって気持ちもよくわかる。わかりはするが、所謂転売はやりたくないしな。ある意味、俺のわがままなので、夕食はありがたく頂戴しよう。
「おお、これが実物か」
「想像よりも小さいですよね。モデリングは、こちらの説明書にありますが、タイマー撮影みたいな方法で取り込むんです」
「ほほう。だが、それだと造形的にどうかな」
「取り込み中にその場でゆっくりと回ることで、3Dモデリングになります。全身スキャン型と違って設備が小さいのが利点ですが、自分とまったく同じに作るには細かい修正が必要ですね」
「少し違う方が、個人情報的には良いかもしれんな」
「そうですね。そして……」
使い方を教えたり、昔のゲームの話をしたり。夕食までの時間を和やかに過ごす。
ちなみに、夕食は某有名店からシェフが出張料理。同席するのはプレイヤーでもある娘さんと高里さん。奥様は海外出張中とのこと。夫婦で忙しいらしい。
いやぁ、ディナー――流石に夕飯とは言いづらい――のことを考えると、少し緊張する。マナーなんてよくわからんぞ。あの店は、確か……創作系イタリアンだっけ?
控えめなノックの音の後、娘さんが入ってきた。そろそろ夕食かな。
「失礼します」
「おお、百合香。そろそろ夕食かい?
それはそうと、こちらは宗谷君。日頃は仕事でお世話になってるんだ。
今回は、ほら、話をしたろ、あのゲーム機を譲ってくれてね」
「ああ。もしかして、ゲーム開始時にご迷惑をおかけした宗谷様ですか?
百合香と申します。その節は、父共々ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
「いえいえ、お気になさらず」
「でも、そのせいでスタートダッシュが」
「ああ、あまり気になさらず。攻略よりも楽しむタイプですから」
「そう言っていただけますと」
ずいぶん、丁寧なしゃべり方をする娘だな。お嬢様なのか……そうだな。良いとこの娘さんだよな。
純和風美人のご令嬢って言うほどではないけれど、雰囲気はそんな感じ。
こういう人でもゲームするんだなって思うけど、そもそも忙しく世界を飛び回るような高里さんがゲーム好きなんだから、娘さんがそうなっても可笑しかないか。
「お父様。私を優先してくださるのは嬉しいですが、周りの方にご迷惑をおかけしないでくださいね」
「わかってるよ。宗谷君にも悪かったと思ってるし、百恵にもさんざん怒られたんだ。今後は自重するよ」
「はあ。いつまで続きますことやら」
やり手社長としか思ってなかった高里さんも、娘さんには弱いごく普通の父親らしい。
それはそうと、実際そこまで迷惑をかけられたとも思ってないし、開始直後の混雑ぶりを須佐見から聞いたときには、逆に感謝したくらい何だけどな。実際、最初からダイブできてたら、今のような状態にはならなかっただろうし。
「まあ、お気になさらず。こうやって高里さんとの縁がつながりましたし、結果オーライで」
「……宗谷様がそう仰るのでしたら」
「そろそろ夕食の準備ができる頃かな?」
あからさまに高里さんが話を逸らした。
娘さん――百合香さんだっけ――は、軽くため息を吐いて小さく首を左右に振ってから口を開いた。
「今日のリクエストは手が込んでましたし、余裕を見て7時とお願いしていたではないですか。まだ少し時間がありますよ。
それはそうとお父様。まだ『冒険者達』を始めないのですか?」
「いやいや。
いくらなんでも、招待した宗谷君を放り出して始める訳にはいかないだろ。昔みたいに横から見てもただ寝転がっているだけでつまらないし。
……ん?もしや……」
百合香さんの言葉に呆れたように返した高里さんだったが、途中で探る目線を娘に投げた。それを受けた百合香さんは、薄赤く染まった頬に手を添えながら軽くいやいやと身体を動かす。
ま、まさか……!!
「ええ。『冒険者達』の話がしたくて待ちきれないんですの」
ですよね~!わかってましたよ。そんな落ちだと思った。
「お父様は、始める前にゲームの話を聞くと不機嫌になるでしょう?だから、お父様がいらっしゃる所では、話がしづらくて」
「ああ。楽しみが激減するからね」
「……私の周りの方は、それほど熱心に遊んでらっしゃらないみたいで、話が合う方がここのところ」
「学友の何人かが持っていると言っていたじゃないか」
「……あまりに現実感があるので、争いごとをゲームと割り切れる方は少ないみたいで。
大半の方は足が遠のいたと仰いますし、残った方も趣味に活用できないかとか動物との戯れがどうとかと、冒険とは縁の無い活動を」
えー。戦うだけが冒険じゃないと思うけどな。でもまあ、箱入りのお嬢様が敬遠する気持ちもわかる。売りであるリアルさに困るんだろう。
それはそうと、勿体ない。高価な機械が埃を被ってる状態じゃかわいそうだ。なんとかなると良いんだけど。
「ええ。ですから、せっかくの機会ですので、宗谷様と冒険について話をと」
「うーん。そう言われると、確かに百合香にとってはせっかくの機会ではあるんだが……」
「夕食の時間になりましたら連絡しますから、キャラクター作成だけでもしたらいかがですか?ここで。
それでしたら、心配しなくて済みますでしょう?」
できた娘さんは、父親の心配事も理解していたらしい。まあ、大事な娘を自宅で男と二人にはしたくないって気持ちは理解できる。自分もそうされるとちょっと居心地が悪い。
でも、ゲームについて語りたいって娘さんの気持ちもわかるんだよなぁ。
……そんな俺は、語り合うのは好きだけど、ネタバレは嫌なワガママ派。1から10まで話されるのは嫌だけど、ちょっとだけなら導入として楽しめる気がする。
なんてことを考えている間に、親子の会話は決着を見た。
「そうだな。そこまで言うなら夕食までの時間でキャラメイクだけはさせてもらうか。
すまないね、宗谷君。私が呼んだのに。
申し訳ないけど、娘のわがままに少しばかり付き合ってはもらえないか?」
「ああ、いえいえ。お気になさらず。手に入れたゲームをさっそくって気持ちはよくわかりますし、私もあまり他のプレイヤーと話をすることがないものですから、良い機会です」
「ありがとう、お父様。ありがとうございます、宗谷様」
輝く笑顔で言われるほどのことじゃない。
話ができる人がいなくて、そうとう詰まらなかったんだな。ま、そうじゃなければ、親の客とそこまで対応したいとは思わないか。
はてさて。夕食まで後十分少々。どうなることやら。