5-11 ウルフキラー
早速にボルボラン老のもとへ。すぐに行って良かった。今日の会議が終わったところらしく、鍛治場へと急いでいた彼を捕まえることができた。
鍛冶をする時間が削られることに少し嫌そうな顔をしはしたが、快く説明をしてくれることになった。……しかも、実地で。
「追加効果付きの武器を作るのは手間がかかるんじゃ。儂でもようよう作れん。打ち直しならいつでもできるが、一から打つのは1振りが精々だ。
……あれは異様に疲れる」
筋肉の塊にしか見えないドワーフが、体力の化け物と言われるドワーフが疲れる、か。
老の言葉に、アロが不満を漏らす。
「俺は体力には自信があるっす。でも心根が足らないって教えてくれなかったっす」
「ばかやろう!儂が体力でお前に負けると思うか!」
……み、耳が……。
「……儂が初めてウルフキラーを打ち直したのは、もう100節も前になるか。まだ三桁にならんうちじゃった。
鋼材を足さん簡単な打ち直しじゃったが、途中でフラフラになってもうての。気力で仕上げたが、最後の鎚を打ち下ろした記憶が無い。
お師匠様が言うには、最後の鎚の音に満足した表情で寝入ったらしい。全く記憶にないんだがの。
……次に目が覚めた時には、全て片付けられておった。
それから何度か打ち直しはしたことがあるが、片付けまでできたことは数えるほどじゃ。この儂がじゃ」
「それほどっすか……面白いっす。
やりたいっす。
いや、やるっす」
師匠であるボルボランの言葉は、アロをやる気にさせただけだった。これが若さかの。そう言いながら、老は踵を返す。
「それなら、まずはやってみるがええ。ほら、行くぞ」
「ま、待ってくれっす、親方」
「……どうします?」
勝手に盛り上がり、振り返りもせずに鍛治場へ行こうとする師弟から視線を外して、俺は他のメンツに問いかけた。
追加能力付きの物が作れるなら知りたくはあるが、直接自分の分野に関係ないからどうしようか。みんなそんな雰囲気だった。
「私は遠慮致します。それよりも、お師匠様に糸について伺いたいです。それに、宿題も出ましたからね」
「俺らもそうするッス」
「【皮革】や【細工】には話をしとくぞ。【鍛冶】が成功するにせよ、失敗するにせよ、この案はかわんねぇだろ」
「まあ、そうですね。他には思いつかないので」
「じゃ、そこは除いて、試作しとく。お前はアロに付いてやってくれ」
そうさせてもらえると助かる。【鍛冶】なんて、ネットでしか工程を見たことないし。いや、他のも大抵そうだけどさ。
皆と別れる直前に、手元にマップが具現化する。急な出来事に驚く俺を他所に、いくつかの印が。
それぞれの作業所の場所らしい。これで、いつでも会いに行けるな。助かった。
簡単な挨拶を交わして、急いでアロ達を追いかけた。見失ったら元も子もない。
「これが材料じゃ」
鍛治場の机に並べられた、複数の鉄鉱石と5本の牙を前に、ボルボランが説明を始めた。
「この品質の鉄鉱石だと、長剣を打つには20ほどいる。で、ウルフの牙が5本だな」
「インゴットを使った方が楽っすよ」
「ばかやろう!
説明は最後まで聞きやがれ」
「うっす」
「まずは、この鉄鉱石を精錬するときに、ウルフの牙を3本混ぜる」
ボルボランはそう言いながら、炉を使って瞬く間に鉄鉱石をインゴットへと変える。彼の作業には熟練の技が光る。左手に持った鎚で軽く打つだけで鉄鉱石は砕け、右手を軽く動かせば低純度(たぶん)の石が取り除かれる。まとめるタイミングで次の鉄鉱石が砕かれ、全体の作業に途切れがない。流れる動きは、数十節で身につくもんじゃないだろう。極限まで無駄な動きがなく、機能美に満ちて見える。
インゴットができるまでの時間は、20細刻ほど。その表情には全く疲れなんて見えない。
「さすが親方っす。偉大なる『千「ばかやろう!。くっちゃべってねぇで見とけ!」うっす。」
「……炉にくべる前に牙を混ぜれば良いんっすね。わかったっす」
「混ぜ方やくべ方にもコツがあんだが、こればっかりは慣れなきゃどうにもならん。まともなのができるまで、身体に叩っ込め」
「うっす」
怒鳴られるし、目と身体で覚える、か。体育会系だねぇ。
ちなみに、炉は魔工炉って名前のそこそこ高級品で、鋳造、鍛造はもちろん、精錬も青銅や鉄から、レアメタルの黒鉄や赤白銀などもお手の物らしい。まさに、魔法の炉だな。
でも、ミスリルやらダマスカス鉱なんかの加工には足らないとか。それ用の炉は、この街一つ買えるくらいの金額がかかる……ほんとか?ま、スキルを極める段階までいかなきゃ関係ないな。うちにあるのも、これには劣るけど魔工炉って話だし。
「鍛造なら、牙を粉にして、何回かに分けて鍛えるときに振りかける。
鋳造なら、溶けた段階で入れるな。
どっちが……って聞くまでもねぇか。鍛造するぞ。粉にするのもよく見とけ。質に関わるからな」
「うっす」
そう言われて手元を見ると、瞬く間に牙が粉になっていく。俺ものぞき込んでいることに気づいたボルボラン老は、動かす手の速度を数段階落としてくれた。……相変わらず、詳しい説明はないけど。
粉はそれなりに粗めだな。
「牙先は細かく、牙元は粗めっすね」
「よくわかったな。先に根元の方から入れるんだ。バランスは鉄の品質にも依るからこいつも慣れるしかねぇ。
てめぇで言ったんだ。根性入れて繰り返せ」
良く気づくな、んなこと。でも、そういった細かいところで品質やら成功率が上がるんだろうな、難しい製作は。単純な回復薬作りだって慣れてきたら品質上がったし、もっと工夫すれば効果も上がるのかな。手が空いたらやってみるか。今は薬草がたんまりあるし。
「始めるぞ」
高温の火が踊る炉を見つめ、ひときわ険しい表情になったボルボラン老がつぶやく。荒く塊になっていただけの鉄インゴットが赤く熱せられ、鍛えられていく。力強く振り下ろされる鎚と、鉄塊を支えるやっとこ。こりゃ、鍛冶やれば筋肉質になるわ。見てるだけで疲れるほどの重労働だぞ。
叩いているうちに赤味が色あせると、つまり鉄の温度が下がると、牙粉を振りかけてからまた炉へ。それを数回繰り返すだけで鉄塊は、ちょっと細めの片手剣への姿を変えていく。
最後の粉を一振り。その瞬間、それまで岩のような硬さをしていた老の背中が揺れた。
さっきまで何ともなさそうだったのに、今は、必死な表情で炉をのぞき込んでる。
ピリピリと張り詰めた雰囲気を揺らす、打鎚の音。小さく呟かれる老の言葉は、甲高い金属音に負けていない。
「これがウルフキラーの作り方じゃ。後はいつもの剣と変わらん。
儂にできるのはここまで。……ふふんっ。老いてなぞいられんな。まだまだ儂も成長できる。
仕上げまでは難しそうじゃがな。
後は任せるぞ」
最後の言葉だけは、しっかりと横で見ていたアロの方を向き、大きな声に聞こえた。鎚の音が止んでいる。
冷めていく剣をもう一度炉にくべ、仕上げに液体の中へ。焼き入れだっけ?刀特有の行動かと思ってたけど、剣でもやるんだな。興味が出てきた。スキル覚えるかは別にして、一回、現実での作り方を調べてみようか。
再度、台の上に引き上げられた剣には、刃物としての鋭さは感じられない。
「うむ」
が、ボルボラン老はじっくりと眺めた後、満足げな表情で手を放すと、そのまま後ろへ倒れる。がこんと、どう聞いても頭と床が出したとは思えない音が鳴る。
生きているのかと心配になるが、作業を引き継いだアロは一瞥すらせず、剣へと向かう。
やっとこで持ち上げ、隅から隅までじっくりと観察して、一つ頷くとやすりをかけ始めた。
「……親方は、本当はウルフキラーの類いが嫌いなんす。わざわざ不純物を増やして、質を落とすのが許せないみたいっす」
「素人目じゃ、素晴らしいできに見えるけどな」
やすりで削る度に、光沢の深みが増すウルフキラーを見ると、質が落ちてるとは思えない。
「同じに作った剣と比べると、ちょっと質とか鋭さが落ちるっす。でも、それ以上にウルフには効くっす。だから予備で持つ冒険者がいるんす。でも、剣としてみると、やっぱりちょっと駄目なんす。
わかる人にはわかるっす」
あ、【鑑定】あったね。
鉄の長剣(鍛造:上質) 品質75 攻撃力25 効果(対ウルフ)攻撃力20%増
う~ん。驚きの性能だな。店売りの鉄の長剣は確か攻撃力12。上質だからって、倍以上かよ。さらに、ウルフ限定で2割増し。
これで性能が落ちてんのか。わがままじじいっぽい老ドワーフだけど、結構スゴい技術者だな。
「これだけの剣が打てる親方が……これじゃあ、俺には打てないっす」
床に寝っ転がっている老を情けない表情で見るアロ。自分の腕と親方を比べ、まだまだそこまでの技術が無いと思えるらしい。
「打って欲しいのはこんな大きいのじゃないから、なんとかなるんじゃないかな。使う鉄鉱石も牙も、小さいから少ないし」
「……そういわれればそんな気がするっすね。それと、良い案が浮かんだっすか。
なんかすっきりした表情をしてるっす」
「そんな顔してるかな」
なんとなく、頬から顎を撫でてしまう。にやにやしてたかな。
でも、アロだってさっきの落ち込み表情から少し明るくなってるぞ。
「ウルフの牙で効果があるんだから、薬草とか魔力草でやってみたら、何か効果が付くんじゃないかな。そう思ってな。
どう?」
「う~試す価値はあるかもっす」
「ま、できれば儲けものってことで。
親方が起きたら俺の作業所へ行くか」
「ここでやらないっすか?」
「色々試すのにここの鉄鉱石とか使うのはちょっと悪い気がしてさ。うちなら薬草とかも大量にあるし」
「……正式に決まった後ならここっすけど、試作は確かに……じゃあ、お言葉に甘えるっす」
こうして、試作は俺の作業所でやってもらうことになった。
色々試してもらいながら、空いた時間に鍛冶を教えてもらおうか。