5-10 複数の一番弟子
開いたドアの向こうには同じ顔が三つ並んでいた。
筋骨隆々だけど背はそれほど高くなく、顔つきは穏やか。髪は後ろで縛っているのか、正面から見るとオールバックっぽい。なんとなく、モグラちっく。
弟子を迎えに行ったのが4人だから、これじゃ数が足らないな。
でもなんで同じ顔?
「初めましてっす。【鍛冶】のアロっす。こっちがサロ、そっちカロっす」
「初めましてッフ。【木工】のサロッフ。三つ子ッフ」
「初めましてッス。【石工】のカロッス。ノームッス」
「私らは三つ子っす。よろしくお願いするっす」
そういう結論ですか。キャラ作りが面倒だったんかね。名前も適当だし。種族は妖人族のノーム。え?ドワーフは亜人族なのに、ノームは違うんだ。ま、理由を考えても仕方ないか。
あれ?【裁縫】の弟子は兄弟じゃないか?
一礼してから室内に入ってくる3弟子の奥から、声が聞こえた。
「初めまして。【裁縫】のシュラナ・サラーニナです。私たちがそれぞれの代表の1番弟子になります」
「こちらこそ、初めまして。よろしくお願いします。
何もわからない初心者ですから、ご迷惑をかけますがよろしくお願いします」
「作る物は決まりましたか?
聞きたいことがあれば、どんどん聞いてください」
早速にシュラナ・サラーニナが話に入る。嬉しいことを言ってくれるけど、正直、頭に入ってこない。なぜなら、彼女は下半身が蛇のラミアだったから。こちらも妖人族の一種かな。
素肌だから、じっと見たら失礼かもしれない。目線が下に行かないようにと気をつけてると、耳から聞こえていても内容まで覚えてられない。上半身も美人だし、ちょっとドキドキ。
チルク・テル・ペラーナもアラクネだったし、アークの【裁縫】は妖人系が多いのかな。力仕事の【鍛冶】なんかは亜人系が多いらしいし、分野で違うのかね。
閑話休題
気を取り直して、俺の構想について意見を聞いてみた。
ふむふむ。これなら、【薬剤】以外の分野は大丈夫そうだ。俺の考えた物であれば、大体の分野で協力される。頭の中で構想を膨らませていると、皆がてんでバラバラに話し始めた。初心者って言った俺のことを考えてくれたのか、話題は基本的なこと……なんだろうな、彼らにとっては。その中で有益そうな情報はメモして、使えそうな案をそれぞれ出して、と、ブレインストーミング。ま、要はネタ出しだ。
インゴットにするには【鍛冶】よりも【石工】の方が不純物が少なく品質が上がるがインゴットの質としては【鍛冶】が上とか、形を掘ったりして模様をつけるのは素材に合った分野――木なら【木工】――が品質が良いが、細工の細かさでは【細工】に軍配が上がるとか、革に刺繍をするなら【皮革】が耐久性が良いが【裁縫】に品質ではかなわないとか。
得られた情報は言われてみればそうかとも思うけど、俺は思いつかなかったものだった。この情報も生産ギルドで教えてもらえるように頼んでみよう。いずれわかるだろうけど、スタートダッシュに関わってくるだろ。
でもそうなると、個人で良い物を作るなら、それぞれのスキルレベルを上げる必要があるんだな。それか、できるプレイヤーと取引か。
素材の質も重要だけど、それよりも道具と技術が重要で、ある程度成長したら道具は新しくした方が良い物ができるのか。弘法も筆を選ぶ訳か。
それにしても困ったな。このままじゃ本格的に【薬剤】の出番がないぞ。作るときに飲んで体力や魔力を回復したってのは、さすがに協力には入らないよな。
何か……そうだ!こういうゲームにはよくある、特殊効果付きを作るときなら使うかもしれないぞ。筋力+1とかはあるんだから、魔剣なんて腐るほどあるだろ。例えば……ほら、麻痺する魔剣とか。麻痺草とか、麻痺薬とか使うんじゃないかな。
「えーっと。例えば、例えばなんだけど。
魔力の籠もった糸とか、火属性の剣とか、魔術が使える宝石とかそんなのあります?後は、麻痺する剣とか」
部屋の皆が顔を見合わせる。あ、こりゃ駄目だ。
「通常ではありえない物については、話には聞いたことがありますが」
「見たことはあるけどどうやって作るかはわからないッス。ちなみに、見たのは水中で腐らない木組み細工ッス」
「力強くなる物なんかはあるッフ。でも作り方は知らないッフ」
「ああ、動きが速くなったり、特定の作業がやりやすくなったりする物は、値段が高いけど売ってましたね。魔力の籠もった糸は遙かに高額と聞いていますが」
「王都か鉱山都市、噂に名高いガルゲラなら作れる人もいると思うッス。
この辺りじゃ作り方どころか、作れるって職人も聞いたことないッス」
「昔、祝福の冒険者が作ってたって聞いたッフ」
それぞれが知っていることをまとめても、たいしたことはわからなかった。追加効果付きも、魔剣扱いか。そりゃそうか。普通、装備しただけで素早くなる短剣なんて、魔剣だよな。
うーん。王都も鉱山都市のガルゲラも聞いたこともないから、行けるようになるのは当分先。後は、プレイヤーなら、スキルレベルが上がれば作れそうだってことか。作り方は不明なんで、どっかでヒントでもないと、成功するにはレベル上げした上での総当たりになりそうだな。このゲーム、生産職に厳しいな。
後は、ここの住人じゃあ、作るのは難しそうだ。でも、できれば【薬剤】を仲間はずれにはしたくない。
何せ、俺がここにいる原因だから。今のところ一番思い入れがある。
「……親方から聞いたことがあるっす」
一人、天井を見つめながら考え込んでいたアロ……だっけ?【鍛冶】の職人がポツポツと口を開く。
「……ウルフの牙を使って作るウルフキラーも昔見たことがあるっす。
親方が作ってるところを見たことはないっすが、確か、あのときに色々言ってたっす」
「聞いたこともないッス。いつのことッスか?
うちの大将がそんな面白そうな話を聞き逃すとは思えないッス」
「ほら、テツエンで活動している『森の狼』がこの街に来たときっす。手入れを怠ってたみたいで、親方の所へ修理依頼が来たっす。まだおいらには早いって見せてもらえなかったっすが、打ち直ししてたはずっす」
だから、作り方を知ってるはずだと言う。それなら、本人に聞いてみよう。
ボルボランがどこにいるか聞こうと思ったけど、アロはまだ何か思い出そうとしている。
「技術じゃなく、心根が足らないって言われたっす。思えば、あれが切っ掛けっすね、【鍛冶】に本腰入れたのは」
なんか、思い出話が始まった。
アルの思い出は聞き流して良いと思うけど、ちょっとだけ気になった。技術以外、つまり、スキルレベル以外にも必要な要素があるのか?
まあ、まじめさが足らないから教えなかったってこともあるだろうけど、今になっても教えてもらっていないってのもちょっとな。一番弟子って事は、アークで2番ってことだろ?自分の技術を残すことも考えてるだろうから、忘れてるって線も薄そうだし。
「それなら直接聞いてみようか。そして、手伝ってもらおう。
なんでも教えてくれるって言ってたし」
それくらいの融通はきかせてくれるでしょ。