5-8 説得
「まったく。じいさんにも困ったもんだ。作りたい物を作って済む立場じゃないのに、すぐに忘れやがる。
迷惑かけるな、ギースト」
ペルさんの表情は、苦笑としか表現できないものだった。老ドワーフとはつきあいが長いらしい。
好きな物には一直線な子供を見る親戚のおじさんの雰囲気だ。
年齢はペルさんの方が2割未満だろうけど。
「いや、別に。
ああいう知り合いはそれなりにいるから」
「そうか。……気を遣わせたな」
小さくつぶやかれた台詞も聞こえてるよ。
っつっても、本当にああいう人はいる。自分の目的しか見えない人だ。祖父の知人の職人にも一人いた。作業に入ると飲食を忘れるタイプではなく、周りが見えなくなるタイプ。作りたい物を作りたいように作るのが大好きな人だった。
利益よりも意義を取るタイプの極端な人。職人って言うよりも趣味人に近かったな。あの人にはフォローする人がいたからいいけど、いないと結構大変な人生を送っただろうって言われてた。
どちらにせよ、自分の利益のために無理難題をいう客に比べれば、可愛いもんだ。クレーマーと違って、精神にダメージがなくて良い。
……それに、これは現実じゃない。現実っぽく感じるけど、あくまでゲームだ。
同じ言葉しか繰り返さない住人ばかりのゲームを好んでしていた俺としては、ちょっとくらい変な住人がいてもそういうもんだとしか思わない。いつも入り口で街の名前を言ってる人や、微妙なヒントを繰り返してる人に比べれば、特徴的な性格くらいはなんてこともない。それに、現実の人間に比べれば行動原理もわかりやすいし、つきあいやすい。
住人のAIがおかしいとか言う人もいるって須佐見は言ってたけど、そんなこと気にしてどうすんだろうな。現実と変わらなければ、それはもう現実だろ?
それよりも、自分に降りかかった事態の方が問題だ。
「そんなことよりも、何を作れば良いのか……」
「なんだ、そんなこと気にしてるのか。
何作ったって、それに決まるさ」
俺の心配は軽く流された。
何言ってるの?
いやいや、その方が困るんだけど。俺の作れる物なんて初心者レベルだぞ。まだ始まってから1週間だ。大半の時間を生産に費やしてレベルは結構あがったけど、中位スキルに進化すらしてないんだ。
……今の俺の状況は他のプレイヤーの数倍先に行ってる気がするな。全プレイヤーが同じ状況になることはないから考えても仕方ないけどさ。
「いやいや。何言ってるのさ。そうはならないでしょ。生産ギルドの象徴だよ」
「いやいや。何言ってる。そうなるんだよ。生産ギルドの象徴だぞ。
良いか?何作ろうが、一つの分野だけで成り立つもんなんてないぞ。そこの机だって、【木工】、【細工】はもちろん、道具作成には【石工】や【鍛冶】は必須だ。ほら、それだけでもうこの街の分野の半分近くを押さえてる。
お前が作る回復薬だって似たようなもんだ。瓶でも道具でも他の分野で作ってる。
どんな物でも複数の分野との連携協力、つまり、生産ギルドの象徴って言い張れるんだ」
瓶が【石工】か【細工】、道具類が【木工】か【鍛冶】か【細工】。ああ、【薬剤】もか。そう考えると、確かに何を作っても、採用しても言い訳が立つ。理屈と軟膏はどこにでもつくって言うし。
でも、理屈は通っても、道理は通らないだろ。
「……象徴にできるほどの物が作れる気がしないから断るかな」
「いい加減諦めろ。レシピを譲ったことに街が家で報いたように、生産ギルドも報いたい。
金がないから名誉で報いる。ただそれだけだ」
「レシピで十分なんだけど」
【錬金】持ちからすると、他の分野のレシピは喉から手が出るほど価値がある。アーク限定とは言え、各分野のトップ層から教えてもらえるなら、それだけで十分だ。【言語】をあげればある程度の情報は手に入るだろうけど、かかる時間は半端じゃない。文字化されてない情報もかなりあるだろうし。……スキルで作るだけなら簡単だったけど、技術で作るには、かなりの試行錯誤が必要だったし。その時間が短縮できるなら、スゴく助かる。
でも、そんな俺の気持ちは、簡単に一蹴された。
「それじゃあ足らん。生産ギルドの設立は、職人連中の悲願だったからな。
それに報いられるほどのレシピか?この街じゃ全然足らねぇ。アークの生産はそこまでランクが高くないからな。
ま、だからこその生産ギルドなんだが。
……そこまで嫌なのか?」
「……まだまだ高品質の物が作れないのに、自分の作った物が象徴として残るのはねぇ」
「なんだ、そんなことか。気にしなくても、物自体は分野代表が協力して作るからお前の手業は残らんぞ。
原案者として名前が残るだけだ。広く名前が知られる訳でもねえ」
職人内だけの名誉ってことか。でもそれならもっと他の真面目な職人にあげてほしい。今の俺じゃあ、貰うに値しないだろ。ただ大量生産してるだけだし。
「他の奴らも納得してる。俺らだけじゃ生産ギルド設立まで持って行けなかった。
今の段階ではな」
ペルさんの声に悔しさが滲む。
でも、無くてもなんとかなってた状況を、そこにいる人間が崩すのは難しい。たまたま提供した俺が外の人間だったからできただけなのに。
やっぱり、あのレシピはそこまでの価値はないと思うんだよな。そりゃ無価値じゃないし、流通影響を考えると利益にはなるだろうけど、家を貰っただけじゃなくて、生産ギルドの象徴原案って名誉を貰うほどは、価値が無いと思う。
悩む俺に、ペルさんは肩をすくめながら言った。
「お前の気持ちもわかる。が、それがどうした。
物の価値ってのは、最終的には作った人間じゃなく、買う人間が決めるんだ。お前の気持ちなんて関係ねぇ。
買う方がそんだけの価値があるって言ってるんだ。それなら、それだけの価値があるんだよ」
そう断言されるとそんな気もするけど。
「安けりゃ買いが殺到して値段か数を増やさないとどうにもならん。高けりゃ誰も買わん。
お前が街に売ったレシピには、広い家を渡しても問題にならない価値があるんだ。ま、元を取るには数節は必要だが、逆を言えば、数節で元が取れるんだ。そっから先は、廃れない限りずっと利益になる。
ま、そこまで行くと周りが慣れちまうから、利益って感覚は減るけどな」
消耗品で数節、数十節規模の利益か。そう考えると、家を貰っても良い気がするな。確か、洗濯機のゴミ取りが数億円の特許料だっけ?
そう考えた俺の顔を見て、ペルさんが口を開く。
「ある程度は納得してくれたか。
それなら後は何を作るかだ。よく考えると良い。
聞きたいことがあるなら聞いてくれ」
そう言うと、ペルさんとさっきまで空気と化していたドンさん(【農業】の人)が座ったまま姿勢を正した。
ん?何だ?