5-7 どうしたもんか
「へっ?」
聞き間違いかと思ったら、本気でそう言っているみたい。
他の人に視線を向けると、誰もが目を逸らしていく。あ、ペルさんとポムさんは、ボルボランだっけ?ひげの老ドワーフを見ていてこっちに気付かない。
「貴殿は生産ギルド設立に深く関わり、多大なる寄付もしておる。この街で貴殿のみが修めている【錬金】は様々な生産技術に通じる技術でもある。複数の技術者を纏める生産ギルドらしい技術と言えよう。
貴殿こそが生産ギルド初代代表にふさわしい。いや、貴殿以外にふさわしい者などおらんのだ」
何馬鹿なことを言っているのか。
「ボルボラン。その話は終わったでしょう?ギルド長も副も私たちの中から出すと」
「そうは言うがな、ポム殿。彼をそれなりの待遇でもてなさぬわけにはいくまいて」
「……それはそうですが。でもそれでしたら」
白熱した言い合いになる。周りのうんざりとした表情から、この話は何度も繰り返されたのが理解できる。俺のことなんだけど、なんで俺に聞かないかな。
そう思っているとのんびりとしたエルフのトルルッカが二人の議論を遮った。
「まあまあ。せっかく当人が来てくれたんだし、聞いてみようよ」
「ふむ……お主の言うとおりにするのはシャクだが……改めてギースト殿。どうだろう、ギルド長になってはもらえんだろうか」
「嫌です。それにほら、俺は祝福の冒険者ですから」
「……」
即答した。そりゃそうですよ。ギルド長なんて遊びようがないでしょ。正直俺には大規模クランの代表とかになる人の気持ちがわからん。組織の運営なんてしていたら自分のやりたいことなんてできない。それを楽しいとは思えないからね。
つーか、ほとんどいないギルド長なんて意味ないだろ。
「だから言ったでしょう。私たちの中から選ばなくては。
そもそも、祝福を持つ方々は常駐には向かないと昔から言われているではないですか。ときどき長く不在にするからこそ、どれだけの実力があろうと、文官や武官ではなく冒険者となっているのです」
「そうは言うがな、ポム殿。彼の功績を考えれば、それなりの待遇でもてなさぬわけにはいくまいて」
「本音は?」
「儂はやりとうない」
堂々巡りになりそうなところを止めたのもトルルッカだった。エルフに口を挟まれた瞬間、素の表情で即答する老ドワーフ。答えは褒められたもんじゃないけど、よくまあ本音をぶっちゃけたな、鍛冶の大将。ボルボランだっけ?
取り繕った言い方をされるよりはよっぽど良いや。
「そんな言い方は」
「ならお主がやるか?儂はやりとうない。
もう儂は200を超えた。後どれだけ槌を振れるかもわからん。それなのに、ギルド長などやってられるか。儂は死ぬその時まで炉の前にいるんじゃ。
お主らもそうじゃろう?好きだから、やりたいからやってるんじゃろ。そうでなくては、このアークで生産なんぞやっとらん。セックかテツエンにでも行っとるわ」
「200を超えた、か。……君も老けたねぇ。すっかりおじいちゃんだ。
そろそろ後進に道を譲っても良い頃じゃないの?」
「「「「お前が言うな」」」」
皆が一斉に突っ込んだ。ボルボラン老が呆れた表情で言う。
「トルルッカよ。お主は儂がまだ短剣すら打てん頃からこの街で木工職人をまとめていたくせに何を言うか。お主こそ後進に道を譲る時期じゃろう。良い迷惑じゃ。
木工職人でこの街に残ってるのはお主に似てのんびりしすぎじゃ。弓を一張り頼めば1連かかるなんて言われたら注文する気もおきんわ」
「そうだねぇ。たった1連じゃまともなのができないよね」
話が通じているようで通じていないトルルッカに、ボルボラン老は深いため息を吐く。
エルフの時間感覚があれだね。200節以上生きるドワーフと比べても長寿過ぎるのかな。弓一張りに30灯じゃ足らないお店なんて、必要な物を注文できやしない。
「……トルルッカ。経験から言ってもお主がギルド長になるのが順当なんだがな」
「無理だねぇ。今、弓の注文が入っててね。木の世話で忙しいんだ」
後でポム店長に聞いたら、トルルッカさんは依頼のために灯頃から森を育てているとのこと。注文を受けた際に丁度良い木が無ければ、苗から育てることもあるとか。
本当に、気が長いことで。
「この街には大店がない。自分の店を放りだしてギルド長ができる者はおらんだろ。ペル、お主はどうだ」
「屋台の人間に余裕があるわけがねぇ。……同じ話を何度もする必要はないだろ。時間の無駄だ」
「とまあ、やりたい者もやれる者もおらんのが今の状況じゃ。だからこそ、ギースト殿にしてもらいたいんだが……。
ただやって欲しいと言っても、あれじゃろ。なってもらえるなら、どの分野でも好きに学べるように手配するぞ。【錬金】持ちには良い条件じゃろ。どうじゃ?」
どうじゃって言われてもなぁ。別に魅力的な条件じゃないぞ。
「……ボルボラン。話を蒸し返さないでくれますか?」
俺が返答する前に、ポム店長が低い声で釘を刺した。
「じゃ、じゃが、何もしないわけにもいかんじゃろ」
「それは……そうですが……」
「そうだ!名誉じゃどうだ!」
それもいらないけど。
「名誉……ですか」
俺の心の声が聞こえないのか、ポム店長は少し乗り気だ。
良いアイディアを思いついた表情で、ボルボラン老がおもむろに俺に向かって問いかけてきた。
「ギースト殿。お主に作って貰いたい物がある。
ギルドの象徴とも言うべき物だ」
「……どんな物ですか?」
「……ギルドの象徴とも言うべき物だ」
「だから、どういう物ですか?」
「だから、ギルドの象徴とも言うべき物だ」
「「……」」
お互いに、お前は何を言っているんだ状態である。
お見合い状態の俺らに、トルルッカが口を挟んだ。
「何を作るって指定はないのさ。君が思う、【生産ギルドの象徴になり得る物】を作ってくれれば良い」
「なんじゃ、それがわからんかったのか。それならそう言うがええ。
ギースト殿の考える【生産ギルドの象徴になり得る物】を作ってくれればええ。もちろん、他のもんも作る。その中でこれはって物が採用されるんじゃ」
作成依頼が来るだけで、生産者としては名誉なことらしい。それだけ、生産者として、生産者に認められているって証拠なわけだ。
問答無用で採用するわけじゃないんだな。それならまだ良いや。
「もちろん、儂らの知識はいくらでも使うとええ。必要なら手解きもしよう。儂らは会議でそう手が空かんが、なんなら弟子を連れてくるから、まずはそれらに聞くとええ。それぞれ、独立できるだけの技術は持ってるぞ。
じゃから、この話を受け手はくれんかね?」
「それくらいなら」
「ヨシ!弟子を連れてくるから待っとれ」
そう俺が言うが早いか、ボルボランは立ち上がって弟子を呼びに行った。
他の面々も立ち上がり、気がつけば部屋にいるのは半数になった。
「ごめんなさいね、私たちの都合で迷惑をかけて」
「いや、ある意味原因は俺ですから」
疲れたようなポム店長に軽くフォロー。イベント上の流れでこんな状態になってるんだろうから、ポム店長に含むところは何もない。しいて言うなら、運営なんとかしろかね。
乾いた笑顔でお礼を言いながらポム店長も部屋から出て行った。俺にはすでに技術を教えたし、必要なら店にいるからいつでも来ていいから、今は他の技術を学びなさいとのこと。
結果として、部屋に残ったのは屋台のオッチャンこと【料理】のペルと【農業】のドン。他は弟子と連絡を取りに行った。ペルは直接俺に教えてくれるっていうし、ドンさんは弟子も何もいない上に知り合いは別の村にいるから今できるだけ教えてくれるとのこと。つっても、教えてほしいことってないんだよな。【農業】に対するイメージがあまりに漠然としてて。
他の人が弟子連れて戻ってくるまでに、聞きたいことを聞いてしまおうか。ドンさんにも仕事があるだろうし、早く解放してあげたい。
ま、何を作るかまったく思いついてないから、何を聞いていいのかわからないんだけどね。