5-6 何言ってんの
「あら、ギーストさん。来てくれたの?
悪いわね。忙しいのに」
「いやぁ~お世話になってますから」
生産ギルド予定地(建物はほぼ完成)に足を向けると、入り口で立ち話をしていたポム店長が俺に気づいた。
実はすでに会議は始まっていて、予定があった店長は遅刻らしい。
でも、特に何も決まらないもの。
そう笑う店長の笑顔が少し暗い。詳しくは聞かないけど、あんまり良い会議じゃないみたいだ。
そりゃそうか。決まらない会議なんだから。
施設の中に入ると、清らかな木の香りが立ちこめていた。新築の匂いだ。化学素材なんてないから、匂ってくるのは木と、せいぜい土の匂いくらいか。
これも使い始めれば素材やら何やらの匂いになっていくんだろうな。
ちょっともったいない。
真新しい階段を上り、重厚な木の扉の前で立ち止まったポム店長は、躊躇なくドアを開けた。ノックは無しですか。
空けた瞬間に聞こえはじめた言い合いは、ドアが開くに従って小さくなっていく。
部屋の中を見れば、12対の目がこちらを見つめていた。
ポム店長を含めて7人で会議をするのか。(俺は除く)
「遅かったのぉ【薬剤】の」
「先にはじめてました。
【皮革】と【細工】はお休みですからこれで全員ですよ」
室内にデンと置かれている丸机の、ドアから見て真正面に座っていた二人が声を掛けてきた。
先に口を開いたのは、たぶん老ドワーフ。座っているので身長はわからないが、筋肉質でみっしりと詰まった上半身に、険しい表情。伸びた髪と髭は白く色褪せている。ファンタジー映画で見るドワーフのイメージそのままだ。
柔らかげな声で二人の欠席を告げてきたのはどう見てもエルフ。男だと思うけど、しなやかさや鋭さではなく、穏やかさを感じさせる。女性って言われてもそれほど違和感がない。なお、特徴的な耳は健在です。
声からして、さっきまで言い合ってたのはこの二人だと思う。
他の人はっと。
あれ?なんで?どっかで見た顔が一つ。
「ほうほう。彼が例の彼か。はじめましてじゃな。
自己紹介は後にするとして、まずは座るとええ。立ってられると話しづらくてかなわんわい」
「そうさせてもらうわ。
議題は?」
ポム店長に促され、椅子に座る。生産ギルドに来てから、ちょっと絡みにくい雰囲気なんだよな。そんなに面倒くさいんだろうか。なんか口調もきついし。
「いつもの通りよ。変わらんわい。
ま、まずは自己紹介といくか。儂はボルボラン。見ての通りドワーフじゃ。【鍛冶】代表として来ておる。
ほれ、次はお前じゃ」
「初めまして。私はエルフのトルルッカ。【木工】代表ですね」
「俺はペル。【料理】だ」
ドワーフとエルフが自己紹介した後、ちょっとだけ皆が顔を見合わせた。そのタイミングでトルルッカ氏の隣に座るペルさん(本人でした)が、さっと言い放った。
その流れのまま、順に簡単な自己紹介が繰り返される。
「おらぁ【農業】のドンっちゅうもんです。森近くのトンタ村で畑さぁしてます」
「じゃあ次は私ね。知ってると思うけど【薬剤】のポムよ。次は飛ばして、ほら」
ドンはたぶん無人族。いかにも農夫スタイルのおっさん。結構訛りがある。
次のポムさんが俺を飛ばして先を促す。
「チルク・テル・ペラーナ。【裁縫】を代表して来てるわ」
「こいつはボンドラ。【石工】の頭をしている。儂の弟じゃ」
チルク・テル・ペラーナさんの種族は一目でわかる。下半身が蜘蛛だからアラクネだよな。あれってモンスターじゃなかったっけ?このゲームじゃ人なのかな。
ボンドラさんはボルボランさんにちょっと似ているドワーフ。ただ、一言もしゃべらないどころか、身動きすらしない。
兄のボルボランさんが紹介した際に、右目を開いて少しだけ頭を動かしたくらいだ。
「これに【皮革】のペントと【細工】のジョルジョオ。この街の生産系はそれくらいじゃな。
ほれ、お主の番じゃ」
「ギーストです。【錬金】がメインです」
「ふむ。やっと会うことができた。これで話が進められるの」
「まあ、まずは今までの話を確認しましょう。ギーストさんは知りませんから」
話を邪魔したトルルッカさんをボルボランさんがジロリと睨む。でも、睨んだだけで、特に何も言わなかった。
「ここにいる8人と欠席の2人で生産ギルドを運営していくことになります。それぞれの分野の代表が集まるわけですね。
代表は2節交代で、前任者と後任者がそれぞれ副代表となります。ほかのメンバーが役員ですね。
本拠地は当然ここですが、運営は主に事務の者を雇って行います。人選は終わりまして、彼らには色々な手配をお願いしてます。
1階、2階の大広間は共同作業スペースとして安く貸し出し、3階の個室は初級者以上でないと使わせません。料金もそれなりにしますからね。
裏手には鍛治場と素材倉庫。こちらは2階以上にはそうそう置けませんからしかたないですね。
個室は分野に偏らないようにしました。ここをほぼ使わない【農業】については、代わりに貴重な資料を集めた部屋を作ります。
主な利用者は、これから始める初心者、成長途中の初級者、独立を目指す中級者までと見込んでいます。
生産を学びたい人は会員になれます。この街の生産レベルは低いですし、何よりもここは始まりの街ですから。初心者大歓迎です。
ギルド会員の証明書発行に必要な入会料、運営費と整備に使われる施設等使用料、商品売買の手数料が主な収益になりますね。会員になると施設等使用料が安くなります。不正行為を行ったり、限度を超えた買い占めなどは後始末後に退会処分。ギルド内共通のルールは簡素にしました。
生産ギルドとしてのルールの中で、今まで通り分野別で動いていく形です。
今決まっていることはこれくらいですか」
「そうね。決まったのはそれくらいよね」
「モノが違わぁ考えも違う。大まかなルールしか決められねぇだろ。
他は今までのルールをそれぞれ使って、課題が出たら変えりゃぁ良い」
「そうしてもらわんと。街のやりかたで畑はできんです」
ペルさんの言葉にドンさんが賛同する。まあ、【農業】だもんね。普通の生産スキルとは違うんだろうな。
今までも、ギルドほどの大きさではないけれど、それぞれの分野で所謂商業組合っぽいのはあったらしく、大まかな生産ギルド共通ルールの中で、分野特化事項については今まで通りに運営していくようだ。
彼らの言葉に皆が頷く中、ボルボランさんが口を開いた。
「でだ。
ギースト殿。貴殿に生産ギルド代表をお願いしたい」