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生産だって冒険だよね  作者: ネルシュ
ひとりでできるもん
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4-13 『廃神様』ジーン

 私は設楽美咲。ぴっちぴちの高校一年生。いわゆるJKをしている。

 いや、していたと言うべきかもしれない。

 つい先月までは、私は夢に満ちた女子高生として人生を満喫していた。


 今でも覚えている。

 小学校5年の夏、たまたま見ていたテレビに魅了された。

 世界陸上100M走。

 200でも400でも800でもなく、100M走だけ、何故かキラキラと輝いて見えた。

 小学校の授業以外ではたいして走ったこともなかったのに、彼女らの見ている世界を私も見たいと思ってしまった。


 そこから陸上をはじめた。

 最初はただ走るだけ。どんどん塗り替えられる自己ベストに、ますますハマってしまった。

 実力の壁を感じる度に、力任せにぶち破ってきた。

 足の上げ方。手の振り方。体格に筋肉のバランス。日々感じる物があった。

 風を切る爽快感と筋肉を使い切った疲労感。刻まれるタイムに喜びを見いだしてきた。

 これこそが私の青春。そう言い切れた。


 中学二年までは鳴かず飛ばず。塗り替えた自己ベストよりも県は遠かった。

 一皮剥けたのは三年の春。手足が伸びたおかげで驚くほど記録が伸びた。最後の夏大会では県上位に食い込むことができ、高校ではいずれは表彰台。いや、全国の晴れ舞台を目標にできるかもしれない。

 受験に染まる秋とテストに埋もれる冬にも、気分転換を兼ねた基礎練習は欠かさなかった。

 そして春。強豪校ではないけれど希望の高校に受かり、再開した練習ではそこそこの記録が出た。やはりまだ成長期は続いていたみたい。

 春大会に向けて、懸命に練習を重ねた。


 そして迎えた春大会。表彰台にこそ上れはしなかったが、三年の夏大会よりも成績が良く、自己ベストを更新できた。

 回りは年上ばかりだったのに、この成績。

 私はやれる。そう実感できた。


 楽しかった。本当に楽しかった。



 暗転したのは、思い出したくもない。

 ……それじゃあ話が始まらない、か。そうよね。でも、あまり覚えてないわ。

 あれは、5月半ばの大会が終わってすぐの土曜日。5月28日の夕方。それまでの練習は順調だったのに、突然、右足首が痛んだの。

 走るどころじゃなかったわ。歩けやしないんだもの。コールドスプレーや湿布でも駄目。傷みがおさまらなかった。

 そこからの記憶は曖昧。今わかっているのは、軽度の粉砕骨折で、全治5ヶ月。日常生活には支障がないように治っても、前のように走れるかはわからない。

 まずは足以外の筋肉が落ちすぎないようにリハビリ。ギブスが取れたら、衰えた筋肉を動かすためにまたリハビリ。陸上はさらにその後だ。


 今回の件で、泣くのに体力が必要とわかった。涙が涸れ果てるとのどが渇くこともわかった。人間、明日が今日と変わらずにやってくるわけじゃないとわかった。

 荒れようにも、身体が動かせないのだからどうしようもない。と言うよりも、暴れる気力も湧かなかった。ただ、惰性でリハビリをしていた。

 気力こそ生命力。

 そう考えているお医者さんが主治医だったのが転換点。私の目標が失われないように、いや、失った物の代償としてか、新しくでたVRを勧めてくれた。元々医療用を目指しての開発だったので先生も詳しかったみたい。

 その話を聞いて、早速に両親が用意してくれた。たぶん、かなり大変だったと思う。本当に感謝しかない。


 ゲームの中とはいえ、思う存分身体が動かせる。

 わくわくと不安が私を満たし、手に入ったときには声も出せずに悶えた。アスレチックゲームはまさにゲームっぽく感じる作りではあったけれど、思った以上に激しい動きも問題なくこなせた。

 ……ゲームを終わらせると虚しさが募り、1時間も動くことができなかったけど。


 それでも走れるってことは、動けるってことは私を魅了した。正式サービスが始まるまでのわずかな時間であったけど、暇さえ有ればアスレチック内を跳び回っていた。

 『冒険者達』

 顔なんてどうでもよかったので、用意されているデフォルト男性を使った。紹介PVに出てたキャラだ。スキルは、誘惑に抗えずに【ダッシュ】。後は適当に【長剣】と【格闘】を取った。

 サービスで手に入れたのは『ぼろい靴』、『ぼろい長剣』に『ぼろい籠手』。それを確認するよりも早く私は駆けだした。

 一気に南門を抜け、草原へ。走ることが心地よく、風を切る爽快感はアスレチックゲームでは感じされなかった物だった。


渇望


 走ること。それは自覚していたよりも私の魂に刻み込まれていた。大地を蹴る足への反動。身体を押し戻す柔らかい空気。全身で感じる疾走感。走るということ。


 それが。ここまで。

 ……悲しみと悔しさで私を満たす!!!


 目に付いたウサギに、ぼろい長剣を叩きつける。構えも何もなく。ただ力任せに。

 インベントリから剣を取り出したことすら、自分では認識していなかった。沸き上がる衝動のままに蹂躙する。対象がウサギ、コッコ、ウルフとめまぐるしく変わっていったのも、後で聞いた話。私はただひたすら殴り、蹴り、敵を倒していく。無意識のうちに身体を動かす理由を探しては破壊衝動に身を任せていた。


 気がつけば全身がだるく、腕を上げることすら面倒な気分で、街道に座り込んでいた。いくぶんすっきりした気分で周りを見ると、こちらを凝視していたらしい人々がさっと目をそらす。

 見知らぬ他人と会話をしなくて済むから丁度良い。この先もあまり話しかけてこないで欲しいな。わずらわしいし。


 気分が落ち着いたら色々と気になって、初めてインベントリとやらを確認すると、使わなかった靴と籠手、それとウルフやウサギ、コッコと名前が付いたアイテムで一杯だった。

 事前に調べていたゲームの基本情報を思い出して、早速に靴と籠手を装備する。時計を見るとお昼が近くなっていたので、街に戻ってログアウト。食事をしないと怒られる。

 ログアウトしたとき、動けない現実が襲いかかってきて、枯れていたはずの涙が一条流れた。

 ここにある現実。体験できる夢。遙かなる道のり。今は手が届かないストレス。

 夢中になってモンスターで発散しても、理不尽にストレスをぶつけたその事実が現実の自分を苛む。

 ……それでも、すでに私はこれを手放せない。

 とことんまで魅了されてしまった。



 それからは、リハビリとゲームの日々だった。ログインして草原まで走って敵を倒す。

 最初に長剣が壊れたときは、ウルフの群れにかみ殺された。まだ私にはウルフ二匹は同時にあしらえないみたい。死んだこともあり、冒険者ギルドに初めて行ったのは火曜になってから。長剣を確実に扱っているだろう場所がギルドぐらいしか知らなかったのだ。

 それまでドロップ品は南門近くの露店で処分していたし、冒険にお金が必要にならなかったのでクエストも別にどうでも良かったから。

 そこで安めの武器と防具を扱っている店を教えてもらい、初心者回復薬を残りで揃えた。クエストも入手してある程度のお金を確保できるようにすることも覚えた。おかげで、今までよりもずっと長く戦い続けられるようになった。そのうち、ウルフなら4~5匹の群れでも叩きのめせるようになった。

 気づけば誰かと話すこともほとんどなく、無口キャラで通っていた。話すと女の子とバレるんじゃないかと思ったし、ストレス発散メインの私には丁度良かった。

 システムメッセージで知った二つ名『廃神様』は、神とやらに絶望した私にはふさわしいと感じ承諾した。

 ……後で、意味を知ったときには止めようかと思ったけど、それも面倒なのでそのままほっといてある。


 いくつもの武器を壊すうちに武器の使用限界がわかるようになったし、レベルもスキルもあがって死ににくくなった。取得スキルは、病室で暇な時間に調べて決めた。

 転機はウルフリーダーが率いる大きな群れを連続で撃破したとき。いつまでも胸の奥でくすぶっていたモノがスッと晴れた。ログアウトしても、もやもやもイライラも感じなかった。とても嬉しかった。

 何度かそんなことがあって、私のストレスはウルフ25匹+αを虐殺するくらいで晴れることがわかった。……そう考えると私ってスゴいわ。よく日常生活送れてるわね。

 このゲームがなければ、私は必ず両親や友人達にいつまでもつらく当たってしまっていたと思う。紹介してくれた医者の先生には感謝しかない。


 心に余裕ができたので、オープニングイベントの時には、もう少しゲームを楽しもうと素直に思えた。でも、いまさらパーティーを組むような人もいないし、そもそもパーティープレイなんてわからないわ。

 ま、どうでもいいか。でも、せっかくのオープニングイベントだからと陽炎迷宮とやらに行ってみたら結構な人が並んでいる。私も並ぶとしよう。


 並んだとたん、前の人達から声を掛けられ、なんとはなく一緒に迷宮に潜ることになった。初めてパーティーを組んでみたけど、思いの外楽しく、個性的なのに合うプレイングで急造とは思えない。初見でボス(ゴブリンリーダー?)まで倒したし。

 しゃべらないのはロールプレイと思ってくれてるみたいだし、居心地も良い。『戦乙女』には何故か懐かれるし、他のメンバーも私を立ててくれる。集団戦の作法もわからない私なのに。

 おかげで楽しく遊べてる。本当にありがたい。


 ……ってクロ!

 私にしゃべれって言わないでよ!女の子ってバレるじゃない!

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