4-7 えぅ?
気になる情報満載の雑談を止めたのは、黙って座っていたジーンだった。
『廃神様』が音もなく立ち上がる。
ただそれだけで、パーティーメンバーが全員そちらを向いた。
「……作業の邪魔」
その言葉に、みんながグルンと首を回す。
そこまで見つめられると怖いんですが。
「申し訳ない」
代表してブレッドが謝ってくれた言葉に合わせて、全員が頭を下げる。
……どっかで練習しましたか?
「まあ、気にしないでください。結構情報もいただきましたし」
そうは言っても迷惑かけたからなぁと皆でちょっとだけ話し合いが始まった。
とはいっても、出てくるアイディアなんて決まりきっている。お金か素材だ。でも、どっちも今はそこまで必要としていない。
そうだ!
「もしいらない追加効果付きの装備があったら売ってもらえませんか?」
みんなが顔を見合わせる。
「……ギーストがそれでよければ構わないけど、大概スキル物よ?」
「それでは本人がスキルを持ってないと意味ないである」
「それに、基準額でも結構良い金額しますよ?」
口々に助言してくれるチーム『名無し』の面々。
「ああ、それでいいんです。
まあ今更であれだけど、俺って生産職なんだよね。これからも手を広げていきたいと思うし。
丁度いいから、今のうちに揃えるだけ揃えておけば、後々楽になるかなって」
「……その時に揃えたほうが追加効果が大きい物も手に入ると思いますが、まあ、ギーストさんがそれで良いなら構いませんが」
ジンが無言で、インベントリから1枚の外套を取り出した。
相変わらず無言なので、一言言ってから“鑑定”させてもらう。
結果は、追加効果【裁縫】2のふるいマントだ。
色はくすんでいるが、ぼろくも汚れてもいない。装備としての性能を求めるわけじゃないから、値段的にも助かる一品だ。
「そうそう。追加効果が2なんもありがたいよ。御代は初心者魔力薬で良いかい?」
俺の言葉に、ブレッドが疑問を呈した。
「あれ?購入制限は?」
「ああ、今追加効果装備が欲しいんで、それだけは制限なしで交換してるんだよ」
基準額が、追加効果1でも3倍、2なら5倍の金額になる。追加効果付きの買い取り金額は、内容にかかわらず規定されている。
手に入ったら一攫千金。使うにはちょっと運が必要。それが今の追加効果装備の評価だ。
「長剣はジーンが使うから余ってないのよね。
私は……安い鎧ならあるわね」
「小盾や棍ならあるである」
「靴がいくつかありますね」
「マントとズボンなら良いのがあるぞ」
そう言って、次々に装備品が並んでいく。
「結構あるね」
「ま、換金アイテム代わりって意味もあるしな。あ、これも追加」
そう言って出されたのはペンダント。見た目から結構値が張りそうだ。
丁度いいタイミングで薬を回収にトルークさんが入ってきたので、事情を話して交換してもらう。
「馬車で薬が届いたからちょうどよい。下手な素材と違って場所を取らんのが助かるな」
いやぁトルーク様様だね。面倒な取引を代行してくれるのは本当に助かるよ。
会話には参加できるけど、座って作業してたら大したことはできないからな。
一通り交換が終わったところで、それまで会話に入ってこなかったジーンがおもむろに剣を並べ始めた。
「……これ」
【鑑定】すると、どれも生産系の2が付いた長剣だった。なんでこんなに持ってるんだ?
「良いのかい?」
「……どれもあと少しで壊れる」
装備の耐久値がわかるほどに高レベルの【鑑定】持ちか。
え?あまりに長剣を破砕したから感覚でわかるようになったって?
それもすごいな。リアルチートかよ。
いつ壊れても平気なように常に鉄長剣などの予備を持っていて、装備が壊れても次々取り出して戦い続ける戦闘廃人ジーンと呼ばれているのを知ったのはだいぶ経ってから。
人間を超えるには超えるだけの経験があるんだね。
「それにしても結構あるね」
大量の初心者魔力薬と交換された装備類が運び出されるのを眺めながら、誰にともなく言う。
「お金の代わりだからね」
「預けられる場所がねぇしな」
詳しく聞くと、預金代わりに売らずに換金性の高い物品として保持しているプレイヤーも多いらしい。デスペナで失う可能性はあるものの、金はデスペナで半減するからこっちの方がマシらしい。
長期で部屋を借りるかクランハウスなどを手に入れるまでは、お金の管理が大変みたいだ。
そう聞くと、俺がどれだけ恵まれているかがわかるな。
家があって設備があって、素材にも恵まれている。
ま、ゲーム開始から1週間、ポーション作りで万を超えるまで作り続けるはめになったからなぁ。
正直、それ以外はほとんど何もしていない。
好きで作り続けていたものの、その大変さを思い出してちょっとため息が出たら、それをジンに見とがめられた。
「おう、疲れてるところ長々と邪魔して悪かったな。取引が終われば行くから」
「ああ、いや。そうじゃないよ。
この一週間を思い出したら、あんまり一般的なプレーをしてないなと思ってね」
「まだ貴重な生産メインだから冒険よりも製作がメインなのは当然でしょ?
ただでさえ、他のゲームと違って初期で生産できるプレイヤーが少ないから、みんな冒険中よ。
ギルドの生産系依頼だってほとんど塩漬け状態よ。貴方もそんなにこなしてないでしょ」
「だって俺、ギルドの依頼どころか冒険すら全くしてないし。
やったの街中でのクエスト1つだよ」
「「「「「えっ?」」」」」
いや、そんなにみんな一緒に驚かなくても。
「運良くお金が稼げてるけど、冒険者的にはあまりないタイプでしょ?」
俺の台詞を聞くと、何か言いづらそうに顔を見合わせる。
あれ?そんなに珍しくないのか?
でも、それならなんで驚いたんだ?
「……あーそれもそうだけど、冒険もギルド依頼もこなしてないプレイヤーは確かに少ないけど、それじゃない。
街中でのクエストがあったことに驚いたんだ」
「クエストってギルド以外でもあったのね。
βじゃ全NPCに話しかけて全滅したってきいたけど」
「それは事実である。我も走り回って話しかけている姿を見たのである。
だが、クエストがあったとは、とんと聞いたことがないである」
「仲良くしてくれるNPCがいるなんて初耳だぞ」
みんな口々にそう言うけど、ごく普通に会話すれば平気だと思うけどな。
「う~ん。ここで手伝ってくれてるトルークさんだって所謂NPCだけど、人間と変わらないぞ。
つーか、下手なプレイヤーよりも人間らしいし」
「簡易AIを利用しているって噂も本当かもしれませんね。普通にプレイヤーだと思ってましたよ。
……クエストを受けるにも同じ人として接しないと駄目なのかもしれませんね。良いことを伺えました」
『辻ヒール』さんが穏やかに頷く。
「いったいどうやったのかと思ってたけど、クエスト次第でアークでも生産が可能になるなら、すごい情報だぜ」
「不遇の生産スキルが活躍しそうですね」
「わざわざスキル枠を空けてるプレイヤーもいるである」
あ、これは言っても良いのだろうか。ま、そろそろできるって話だからいっか。
「すぐに生産が活発になるよ。生産ギルドができるし」
「「「「「えっ?」」」」」
「衛兵の詰め所の隣にできるから」
「……つくづく規格外だな。他にもいろんな情報を持ってそうだ」
呆れたように肩をすくめながらブレッドが言う。
手を広げてやれやれって格好が似合うのはすごいな。
「重要なところは秘匿しても文句はでないが、ある程度は情報開示しないと、あとで困るぞ」
その言葉に首を傾げる。
「そう言われてもねぇ」
「利益の独占って反発するプレイヤーもいるのよ」
ミラの忠告に、俺は首を振った。
「ああ。そうじゃなくて、どの情報が知られているのかってわかんないんだよね。
ソロだし、面倒だから掲示板も見ないし、他の生産プレイヤーも知らないから……できることをやってるだけだからなぁ」
スタンドアローンゲームしかやってなかったから、MMOのローカルルールなんてわかんないんだよね。
グリフ達には色々教えてもらったけど、初心者向けの簡単な情報だけだし、須佐見は俺の性格を知ってるから。
俺は法外な値段はつけてないし、大量提供はしてるけど、桁違いな安値にもしてないんだから、他の人がどうとかって本当にどうでも良くね?
「あーそりゃそうか」
ソロが長かったジンは納得してくれたみたいだ。って、他の人もほとんどソロだったからある程度は理解してくれた。
「正直、俺は自分のステータスに他の人と違う項目があったってわかんない自信があるぞ」
「……比べなきゃわからないわよね。チートってわけでもないし、難しいわね」
「仲良くなった町の人との会話で生産ギルドができるらしいって噂をアップすればある程度解決しそうですね」
「そうしないと明日からギースト氏が大変である」
脅さないでよクローバーさん。
「自覚してないようだが、お前の出した情報はものすごいぞ。
前にも言っただろう。生産ができるようになる方法だけでも喉から手が出るほど欲しがる奴がいるんだ。
街中のクエストの存在が確定したなんて、お祭り騒ぎだぞ」
そう言われると、ブレッドに前にもそう言われた気がするなぁ。それにしても、ブレッドの口調から丁寧さが抜けたのが嬉しいな。仲良くなれた気がするし。
でも俺は俺なりに普通に遊んでるだけなんだけど。
「まあ、βが200人、第1段が2800人で現状はまだ3千人しかユーザーがいないものね。
まだまだこの世界は未知にあふれているってことよね」
俺の普通発言を受けて、ミラが納得したように頷く。そうだよね。そう思うよね。
ってか、ユーザー数すくなっ。なんでも、生産が間に合わないらしい。
口さがない人は「今はオープンβ」というほどに前倒し提供みたい。……そういや、プレスリリース前にニュースになったってどっかで聞いた気が。
「それにしても、テントを設置して正解だね。作業を見られたら大事だ。
そんな大量に作るアーツなんて聞いたことないし。【薬剤】っぽいけどそうじゃないよな」
「詮索は駄目よ。スキル構成を探るのはマナー違反よ」
「ギースト覚えとけよ。レアスキルの情報は千金の価値があるからな」
ミラもジンも俺の保護者っぽいこと言うけど、別に俺は未成年じゃないぞ。
ゲーム知識では未成年に劣りますか、そうですか。
「ちょっと工夫したけど【薬剤】のアーツだ「んな馬鹿な」」
ブレッド。話は最後まで聞こうよ。
「【薬剤】での複数生産は“少量生産”である。それ以上は上位スキルにでもならないと取得できないと言われているである」
「そう、その“少量生産”だよ」
「待て。待てって。そりゃ違わないか?
“少量生産”って、30レベで覚えるアーツだぞ。βじゃ50レベだって、2細刻で3つ作るのが精々だったはずだ」
「えぅ?それって本当か?
俺の【薬剤】は、まだ20にもなってないぞ」
その言葉に、またしても全員が顔を見合わせた。
「……一から詳しく聞きたいわね」
「……聞いたうえで、何を公にするか決めた方が楽でしょうね」
「……ノートとまでは言わないが、メモが欲しいくらいである」
メモとペンをそっと出し。
「……突っ込む気にもならんわ」
「……まずは聞いてからだ」
会話しながらの作業になれたから話をすることくらいはかまわない。別に抱え込みたい情報もないし。
「じゃあ、俺のことを話すから、みんなも冒険譚を語って欲しい。それでお相子にしようよ」
……でも、『廃神様』ジーンが良い笑顔でぐっじょぶしてるのが気になるなぁ。