4-6 訪問者
「なんかもう、商売っていうよりも作業って気になってきた」
朝の洗濯時にでたボヤキよりもちょっと深刻な気分になる。
ちなみに、今晩の料理は朝に仕込んだ常備菜や煮物などを小分けにした残りと、冷蔵庫の残り物を刻み込んだ大阪風お好み焼き。別名、余り物混ぜ焼きである。贅沢感はないが、使われている食材数は30品目を超えている。なんでもかんでも混ぜ込んでるからな。
「ほんと、俺冒険してないよな。楽しいから良いんだが」
下味のよくしみた煮物を食べながらゲーム内の行動を思い出す。
今日2回のゲーム中は薬を作るか、ダッシュしてるかだけだった気がする。正直昨日も冒険者ギルドでの訓練があったくらいで大して変わらない。そして、それは今日最後のダイブでも変わらないだろう。
せっかくのイベントなのにというべきか、イベントだからこそなのか。
つーか、その後も大して変わらない生活になりかねないな。
「まあ、こんな機会はそうないだろうからもったいない気もするけど……一か八かで迷宮に入るよりもこっちの方がよっぽど利益になるからなぁ」
レベルは上がらないが、スキルも金や素材も大量に手に入っている。手に入れた素材を使って自分で作っているから元手もほとんどかかってないし、売り上げのほとんどが純利益だ。
今回のイベントで最も利益を享受しているのは俺に違いない。
「落ち着いたら、魔法ギルドでほかの属性でも教わるかな。スキルで取らなくても教われば覚えられるっぽいし。あー言語も上げて、レシピも増やしたいし、ほかの生産系に手ぇ出すのもいいな」
いや、ほんと夢が広がるわ。現実での不器用さがそれほど反映されなくて助かる。
急に昔が思い出された。
「……料理はできるんだけどなぁ」
思わず、自分の手を見つめて、しみじみとつぶやいてしまった。
父も祖父も、俺とよく似た手をしていた。しかし、俺とは似つかない立派な手でもあった。
細かい作業をしているときに限って、思い通りに動かない俺の手。
作り始めは好調でも、だんだんと悪くなっていく作品。何を作っても、どう作っても同じだった。
なまじっか、料理や簡単な作業は手早くできたからこそ、イライラがつのった。
……もしあの時、イライラを、もどかしさを我慢して作り続けられれば……。
考えても仕方ないのに。
愚直に続けられるだけの“何か”を見つけられなかったのに。
「未練……だよなぁ」
諦観が染みついた苦笑。幾度となく繰り返された挑戦のさなか、それだけは上手くなった。
親元から逃げ出して10年近く。年末には顔を出してはいるものの、家を継ぐのは婿を取った妹に任せてある。
継ぐほどの商売ではないが、物を作ることだけは継いでもらうと笑う母が思い出される。
ゲームの、幻想の中でだけでも、作って喜ばれる生活はとても充実していた。
今更作る現場に入るだけの勇気がなく、かと言ってすっぱりと諦められるほどの思いではなく。
「……でも、楽しかったなぁ」
知らず知らず、宗谷は笑顔になっていた。
月曜からの準備も済ませ、あとは寝るだけにしてからダイブイン。
まずは魔力薬を作りながらステータスチェック。
ふむふむ。寝る前に携帯食料を食べたのが良かったのか、HPやMPは満タン。特に状態異常もなし。
……スキルレベルは、異常なほど上がっているけど。
魔力草だけで3,000枚は馬車で運ばれてくるんだから、10刻くらいは作り続けますか。
「ギーストよ、事後承諾で悪いが食材を貰ってもよいか?」
作業を続けていると、入り口からトルークさんが顔を出す。
「どうぞ、どうぞ。
俺はこれから手が離せないから、好きに使ってください。
できれば、俺の分も作ってもらえると助かります」
「お主の分を作るのは当然よの。誰の食材だと思っておる。
ま、昨晩に貰った分も、今朝の分も、ここらに集う冒険者と素材で交換したのでさほど減ってはおらんが」
しかも使ったのは日持ちしない食材ばかりですってよ。おくさま。
……ええ、ありがたいですが、いつまでたっても物が減らなくて困るのも確かです。
「別に良いですよ」
いない間の荷物の世話やら代理販売やらしてくれたんだから、いくらでも使ってください。
「他にも商売として食事を出してる者もいるのでな。相場相応にせねば」
あ、そっちに取ったのね。
「そうですか。
こないだも言いましたが、衛兵の分は、俺からの寄贈ってことにしといてください」
「それは承知しておる。ありがたくいただこう。
そうそう、承知といえば、もう何度かアークから馬車が荷物を運びに来たぞ。
素材は積みやすい物から送り出した。嵩張る鉱石や武器防具が中心だな。
馬車が運んできた薬や薬草も言われた通りにしてある。
おかげでだいぶ片付いたぞ」
「助かります」
頭を下げると、トルークさんが笑いながら言った。
「お主の手伝いも仕事のうちよ。気にするな。
それにしても、忙しそうだな」
話の最中も、一切手を止めない俺を見ながら苦笑する。
まあ、アーツが動き始めると無茶をしなければ会話しながらでも自動で体は動く。
最近では、アーツの終わりを見極めて“クリエイトウォータ”が発動できるくらいにまで熟練した。
さらに、MPを余分に込めることで、それに見合った量の水を出すことにも成功している。
どんどん時間短縮できているわけだ。
「根を詰めるな。
食事ができたら持ってくる」
優しい苦笑いを残してトルークさんがテントから出ていく。
後に残されたのは、追加で持ち込まれた大量の薬草と魔力草に空き瓶。
できた薬類は順々に持ち出されていく。
テント内の薬草や魔力草をインベントリへと一時格納し、空き瓶と一緒に薬剤作成キットの上に6セット出す。
MPを5使用して“少量生産(改)”を発動したら、出来上がりに合わせて空き樽へ6倍“クリエイトウォータ”。
これで水量が上昇すれば、MP効率も改善するんだけどな。水量は【水魔術】と【魔力操作】の上昇で少しだけ増えてはいるが、まだ目に見えての違いにはなっていない。
それでも、数パーセントの増量があるので、2つの樽を交互に使う。残った水を入れる樽と併せて3つの樽を駆使すれば、1刻もすると1~2回分の短縮にはなる。
魔力が底をつく前に確保しておいた初心者魔力薬を飲む。1個で50も回復するから無駄のないようにギリギリになるまで待つ。
飲むのも手間なので、インベントリからアイテムを取り出す要領で、口内へと入れる。
手近な場所なら思ったところへ取り出せる仕様だからって試してみたらできたんだ。トルークさんが持ってきてくれた食事も、一口分ずつ口内へと出せば時間ロス無く作業ができる。
これも時間短縮には大いに役立っている。取り出して飲むにも食べるにも、それなりに時間がかかるからね。
こういったこまめな時間短縮手法のおかげで、1刻に62回も生成ができる。自分の飲む分を抜いても360個の薬ができるわけだ。
材料を出して生成をし、水と魔力を補充してまた生成をする。ただその繰り返しを無心で行う。それが最高に楽しい。
あとで考えると、いわゆるランナーズハイと同じ状態だったと思う。
トルークさんは、ひたすら作り続けている俺を呆れた目で見つつも、協力してくれている。
薬草と魔力草を持ってきては、できあがった薬を持って外へを何度も繰り返してくれるので、本当に助かる。
そうしながら5刻も過ぎた頃、彼が声をかけてきた。
「集中しているところ悪いが、客が来とるぞ。どうする?」
心当たりがないな。正直、ここで知人らしい知人はトルークさんを筆頭に両手で足りるぞ。
「誰ですか?
こう言うのも何ですが、俺は交友関係が狭いので、尋ね人に思い当たりません」
言ってて寂しくなるわ。
「『から~ず』のブレッドと名乗っとったの。他にも数名いるんだが」
あー彼か。ふむ。生産職だってのはバレてるんだよな。今の状況も理解しているからこそ来たんだろうし。
「そこに衝立でも置くか。さすがに、弟子でもない人間に見せるのはまずかろう」
俺の危惧を的確に指摘してくれるなんて、さすがトルークさん。
そうだよね。作れるのはまだしも、“少量生産”とかは見せらんないよね。
「お手数をおかけしますがお願いできますか?」
「アーキン様だけでなく、ポム殿からも頼まれておる。気にするな」
そう言いながら、俺の手元が見えないように衝立を設置してからブレッドを連れてきてくれた。
相変わらずの優男の後ろから、見覚えのある顔とない顔が続く。
「失礼」
「お邪魔します」
「よう久しぶり」
「悪いね、忙しいのに。ちょっと匿ってく「あれ?あんたは」」
ブレッドが事情説明を始める前に、見知った顔から割り込みが入った。
たしか、ドワーフのジンとサキュッバスのミラだったかな。ソロメイン仲間としてフレンド登録してもらった記憶がある。
「知り合いかい?」
「ついこないだね。二人とも久しぶり。ソロは卒業したの?」
ブレッドの質問に答えつつ、二人に近状を聞く。
ジンは腕を組みながら苦笑と供に答えた。
「まだメインはソロだがな。ほら、迷宮は一人じゃきついんで臨時パーティーだ」
「あなたはまだ良いじゃない。私なんて弓メインよ。きついなんてもんじゃないわ」
接近戦ができないと洞窟とかはきついか。陽炎迷宮を楽しむために臨時で組んだらしい。
「ま、イベント用にソロが臨時パーティー作るのはよくあることさ」
「それはそうと、他のメンバーも紹介してくれないか、ブレッド。
俺はギースト」
俺の言葉に、何故かわくわくした笑顔でブレッドが順に紹介してくれる。
「聞いて驚け。
有名パーティーは数あれど、ここまでのはそうないぞ。
『両断』のジン、『目抜き』のミラは知ってるんだよな。
こっちが『辻ヒール』のシロタ、『魔術狂』クローバー、『廃神様』ジーンさ」
「私はシロタ。シロです」
「我はクローバー。クロである」
「……」
ジーンは紹介に合わせて会釈のみ。ソロメインだっただけあって、誰も個性が強いわ。
シロタはまさに聖職って感じで白一色。クローバーは黒一色。どっちもローブを着て似た雰囲気だ。
ジーンはありきたりな軽戦士。使い込まれた感のある皮鎧がなんか格好いい。
「……ごめん。知らん」
あらら、気合いを入れたブレッドがガクンってなってら。
「そ、そうか。ん、まあいいや。
俺はこっちのクローバーとは知り合いでね。今回は一人足りないらしくて、迷宮内の罠対策も兼ねて呼ばれたんだ。
こいつらは二つ名が付くほど顔が売れてる奴らばかりなんで、さっきからよそが五月蠅くてね。君ならちょっとくらい匿ってくれるかなって思って寄らせてもらったんだ。
魔力薬も買いたかったし」
さっきの、『両断』や『辻ヒール』が二つ名か。まだ開始されて1週間なのに二つ名持ちか。すげーな。
「二つ名なんてあるんだな」
「プレイヤー名よりも二つ名の方がわかりやすいからね。うん。
特徴的なことをしたプレイヤーには一度は付くよ」
それだけのことなのにブレッドは何か言いづらそうにしている。
嫌な予感がするな。
ふらふらとさまようブレッドと視線を合わせると、とんでもない発言が出てきた。
「あー、うん。一応言っておくと、君にも付くと思う」
「俺?」
「そう。君。
『爆走商人』『ヤマトの薬売り』どっちが良い?」
……どちらもお断りです。
「承認しなければ二つ名にはならないけどね」
ならなぜ聞いた。
いいや、話を先に進めてもらおう。
「……俺のことは良いとして、二つ名持ちが5人も揃ったらそりゃ騒ぎになるだろ」
このゲームではどうだかしらないけど、二つ名なんてそうそう付くもんじゃないだろ。
「いや、全員だ」
顔に疑問が浮かんだのか、ブレッドは説明を重ねた。
「今いない子も二つ名持ち」
そりゃすごいや。
「もう、パーティー名を名無しにでもすりゃいいんじゃね」
皮肉が効いて。
「……採用」
みんな遠慮しているようで初見の方々はほとんどしゃべらない。俺は決して手を止めないが、賑やかしにブレッドとそんな馬鹿な話をしていると、テントに入ってから一言もしゃべらなかったジーンが口を開いた。
初めてしゃべったかと思えば何言うの!ただの冗談なのに!
テント内で適当にくつろいでいた全員がジーンを見る。
「チーム『名無し』か。
でも、俺らにそこまでのまとまりはないよな」
「全員そろうことは稀ですからね、そもそもやりたいことも違いますし」
「今回も迷宮用臨時パーティーだしな」
「ソロが基本でもよくない?活動範囲はみんな別々だもんね」
「そうなるとパーティーやチームと言うよりもクランであるな」
「「「それだ!」」」
声が重なる。
「そうなると、加入条件は二つ名かソロか?
名前から言って、二つ名になりそうだな」
「でも、クラン解放クエってまだ先でしょ?まだセックにすら行けてないのに」
「βではたしかルートの街が解放されてからでしたっけ?」
「正確には違うである。ルートでクエの情報が手に入るであるが、クエ自体はセックで受けるである。
ちなみに、βではどこもクエストが終了できずに期限が来たのである」
「きついクエだったのか?」
「チェインクエ(つながりがあるクエスト)だって聞いたけど」
「そうである。途中まではクリアされたが、続きが見つからずにβ期間が終了したである」
「はぁ~そりゃ知らなかった」
それからも、口をはさむ暇がないほどに、情報交換という名の雑談が盛り上がっていく。
ちなみに、1パーティーは6人までで、固定パーティーはチームと呼ばれる。だから、『から~ず』や『名無し』はチーム名になり、冒険者ギルドへ登録できる。
さらにちなみに、現状では名前にはカタカナしか使えないけど、チーム名は平仮名も漢字もOK。だからといって、ちょくちょく変えるとチーム指名でクエストが来たときに困るのでお薦めはされないとのこと。ま、チーム指定クエストなんてβでも最後の方でやっと出たらしいけど。
ゲームが始まってから一人が多かったし、にぎやかなのはいいんだが、気になる情報が多くてちょっと集中が阻害されるな。
どうしたもんかな。