4-4 食事
「なんじゃこりゃー」
ダイブインしてから早速、材料2倍の“少量生産”で初心者魔力薬を作りつつ、軒並み上昇したスキルを確認していた俺は、思わず叫んじまった。
けたたましい足音が聞こえると同時に、テント内に日が差す。
「どうしまし……た?」
勢いよく駆け込んできた人の動きが止まり、最後は疑問系になった。
顔だけは呆然として右上の何もない空間を見つめ、手だけが薬作りをしている俺を見たらそうなったらしい。
いや、自分じゃ見てなかったから、聞いた話だけど。
「……HPとMPが半分になって……」
「……はぁ。なんだそれですか。
もしかして、野営は初めてですか?
食事をしないで野営をすると、起きたときにHPとMPの最大値が半減するんですよ」
「……まじで?」
「マジで」
食材があるんだから、作れば良かった!
てなことをしている内に、最初の6個が作り終えた。水の量が多いからか思ったより時間がかかったなぁ。1回に1細刻か。必要時間が倍でも効率は3倍だからまあ良いか。
呆れた顔でこちらを見ている人に見覚えがある。
「たしか『宵闇の……』」
途中までしか出てこない名前を相手がつなげてくれた。
「『宵闇の歌』リーダーのジョンだ。種族はダークエルフ」
細身の締まった身体に浅黒い肌。切れ長の瞳に長く尖った耳。確かにダークエルフだ。
「夜の間はありがとう。
俺は無人族のギースト。ダークエルフは初めて見たよ」
「おい、嘘は良くないぞジョン。
あ、俺はドゥー。同じく『宵闇の歌』の猫人でアサシン志望だ。よろしく」
ジョンとの握手に割り込んできたのは黒猫の獣人で、顔つきがきつければブラックパンサーと言われても納得できそうなくらい絞った体つきだ。
「嘘って?」
「ああ、ダークエルフは種族としてはないんだ。
黒猫でも白猫でも猫人のように、皮膚が青かろうが赤かろうがエルフはエルフさ。
俺のアサシンと同じく、ロールプレイってね」
「……」
ジョンはバツの悪そうな表情で黙っている。
でも、ロールプレイとしてダークエルフやアサシンをやりたい気持ちもわかるわぁ。
ここは流すか。
「驚かせて悪かったね。改めて、夜の間の見回りありがとう」
「……いや、依頼通りだ。また何かあればいつでも言うと良い」
それだけを言ってジョンがテントから出て行く。
うーん。ぼろが出ても貫き通すのはすごいな。
ドゥーは一つ肩をすくめると、一言残して笑顔で彼を追いかけた。
「ほいじゃーねー」
真面目なダークエルフと軽げな猫アサシン。なかなか面白いコンビだね。
作業を再開しようとして鳴る腹の音が、強制的に空腹を思い出させた。
「何か作るか」
簡単に肉と野菜のスープと肉野菜炒めにしよう。今回は一人分だ。
食べながら、なぜコッコ肉とウサギ肉では味が違うのに、料理としては同じレシピなのかとくだらないことを考える。
まあ、いくら考えても正解はわからないんだが。でも、特殊な肉は別レシピになりそうな予感がするんだよな。
どうでもいいっちゃぁどうでもいいけど。
まずは、魔力草と薬草を全部薬にしようか。
……薬草330枚、魔力草644枚もあるけどね。
はい。疲労困憊中のギーストさんです。
ちょっと、もう、ポーション瓶は見たくないです。3刻弱の間作りっぱなしでした。
つーか、作る端から素材や武器防具に替わって、すでにテントの中は足の踏み場もありません。
「ギースト、お主は少し休め」
とうとうトルークさんの幻聴すら「だから、休めと言っておる」
テントの入り口からトルークさんが顔を覗かせていた。ああ、とても懐かしく感じる。
「どうしたんですか?」
「ん?ここで盛んに商売がされてると聞いての。アーキン様が衛兵を1小隊派遣されたのよ。
せっかく来たから暇な儂がお主の売り子をしていたわけだ」
あ、だから無我夢中で作り続けられたわけね。今考えれば、作るだけ作って売るの忘れてたし。
休みなく作業する俺の手元から完成品を集め、素材や武器防具と交換してくれていたトルークさんや小隊のみんなには感謝しかない。
「あー、お腹減りました」
「それだけ集中して作業すればそうもなるだろう。携帯食料でよければあるぞ」
「せっかくですが、ここにも食材は山になってますし。作りますよ。
よろしければ、小隊の皆様も召し上がってください。携帯食料じゃ力が出ませんよ」
分隊長を含む7人で1分隊、7分隊に小隊長を足して50人で1小隊。三交代で仕事をしているからそこまでの人数がいるようには見えないけど、全体では結構な数になる。
こんなお礼しかできないけど、せめて温かい物を食べてもらおう。
……これで荷物が減るなんて思っていないよ。ほんの少ししか。
食材を使い切る勢いで作りまくった。
まずは木材を“簡易錬金”で各種木片にし燃料へ。大きいものは衛兵さんがみんなで薪サイズにしてくれました。
できたのは大量の焼き魚、肉と野菜のスープ。目玉焼きと残った肉と魚や毒抜きした茸を使った鍋は数が少ないため、お偉いさん専用にさせてもらった。毒キノコの毒抜きや干し果実を作るのに手間取るかと思ったけど、(中)を2個いっぺんにできることを応用すると、20個まとめて“簡易錬金”できた。いやぁ、なんで【錬金】がダメスキル扱いされてるのかわからないよ。
その隙間時間に、テント内に大量に余っていた素材を“簡易錬金”。麻痺草などから抽出するのにもまとめてやったら10枚作業できた。ポーション瓶1つに10枚分の麻痺薬が入るからかな。
MPと時間の節約になって助かったよ。これだけで、時間オーバーするかと思ったし。
でも、もうすでに6刻も使っている。気が付けば、昼を過ぎてしまっていた。
初心者魔力薬(中)も50本近く飲んだけど、まだまだ荷物には入りきらない。
何かできたっけな……。レシピ、レシピ。
あ、流木や珊瑚の欠片が工芸品に、蔦はウサギ罠にできるな。貝殻も肥料(微)にできるし、スライムゼリーを使って初心者魔力薬(中)をゼリー化しとくか。あとはスライムの核を使って各種対抗薬を作ろう。
対抗薬は、まずは10個っつ手作業でやったら【錬金】に切り替えてっと。
う~ん。1刻使った割にはまだまだだな。これじゃ持って帰れないぞ。
残り5刻かどうしようか。
「……気晴らしに、街まで走ってこい。
荷物は見ててやるから」
いつまでも作業する手を止めない俺の頭上から、呆れたトルークさんの声が降ってきた。
いつの間にか、テントの中に来ていたらしい。
「ポム殿も、いつごろ薬を取りに来るのか心配していた。
持てるだけ持って、一度街へ行くといい」
そう言ってくれるトルークさんへ顔を向ける。
首関節がさび付いたみたいに動きづらい。
忘れてましたー。
そうだ。ポム薬剤店に計1,000個の薬があるんだ!……これは、落ち着いたら作業所で消費するか。
こっちに持ってきたら、いつまでたってもどうにもならない。
「馬車でも借りたらどうだ。来るときはこちらに来たい者を乗せ、帰りに荷物を乗せる。だいぶ楽になるぞ」
「それはいい案ですね。さっそく」
「そうだな、まだテントの隣には素材やら何やらが山になってるからな」
「マジですか?」
そういえば、料理しているときテントの隣が何やらこんもりしているのには気づいていたけど……。見ないようにしていたから。
「あれだけ作れば、対価もそれなりにはなる」
重々しくトルークさんがうなずく。
そうですよね。なんで気付かなかったんだろう。
うだうだ考えても仕方ない。
一度街へ戻ろう。