3-9 でも商売
広場の隅へ走り出そうとしたところを呼び止められた。
「そうだ、回復薬とか持ってない?それなら買いとれるよ」
「効果の少ない初心者用の回復薬と魔力薬なら「魔力薬もあるのか!」けど」
食いつきが良いですね。
「じゃあ、買ってもらえますか?
パーティーですよね?みなさんレベルは10を超えてますか?
超えてるなら値段は市値の8割でどうですか。全部初心者用ですから効果が減りますし」
相手は渋い顔をしている。高すぎたかな?
「それじゃあ、安すぎだね。
こっちは嬉しいけど、他との兼ね合いもあるし」
後半は小さな声でささやかれた。相手が目線だけで周りを示す。
ジンにも言われたっけ。あんまり相場を崩すなって。
なにげなさを装って周りを見ると、休んでいるパーティーに話しかけて取引をしているらしいプレーヤーが散見された。
次の街開放を見越して、戦闘じゃなくて金稼ぎに力を入れてるみたいだ。
「回復薬はギルド売りの倍、魔力薬は3倍の値段での取引が基本だね。初心者用でも同じだよ。買いたくないから僕達はここで休憩」
ダンジョン前は安全地帯だから回復速度がちょっと早い。そういう手もあるのか。
「その金額じゃあ、どう考えてもぼったくりだろ」
かかるコストは往復の時間くらい。さすがに、そんな金額を貰うのは気が引ける。
相手は肩をすくめた。
「そうでもないさ。素材の売却に露店を回って薬を買う手間、ここまで運ぶ労力を考えたら、それくらいの利益が欲しくなるだろ。
こっちとしても、MP回復系は貴重だし、デスペナ考えるとHP系も馬鹿にはできないからそこまで高いとは思わない。
経験効率を考えるとわざわざ戻るのもね」
そうか!他のプレイヤーは自分で作れないからまだ薬が高いんだ。俺は作れるからすっかり忘れてたよ。
「ダンジョンはそんなに効率良いの?」
それなら、戻るのももったいないって気持ちもわかるし、需要も出てくるだろう。
「ん?戦闘か罠ならね。これでも斥候だから。生産だったら即出て入りなおしてる。2回までは即再入場可だし。
あ、【採取】があっても生産迷宮は止めたほうがいいよ。わざわざ拾わなくても、ドロップアイテムや宝物でインベントリが埋まるから、時間の無駄だし。
でも、どこでもある程度の敵は出てくるから気をつけて」
忠告はありがたいけど、罠は怖いし俺は弱いからドロップアイテムは狙えない。そうなると生産狙いだな。【採取】のレベルアップには丁度いい。
「ありがとう。
じゃあ取引といこうか。でもまあ、お金はあんまりあっても困るんだよね。ソロだから死にかねないし」
「あー死ぬと半分になるからね、所持金。
じゃあ、一部素材で払おうか?」
「良いのかい?損するんじゃないの?」
俺の疑問に、彼は手を左右に振りながら軽く返す。
「持ちきれなくって困るレベルだもの。引き取ってもらえるなら逆に助かるよ。肉の類いなら焼いて食えば良いんだけど」
初心者回復薬(小)10、初心者魔力薬(小)10を地面に置く。
「ピンクが初心者回復薬、水色が初心者魔力薬。どっちも回復力は20。効果が低いから色が薄いんだよね。
【鑑定】でわかるけどギルド売りは25と100」
「……そうか。魔力薬は回復薬の4倍値ってのは本当なんだね。今回は、ここの相場で払わさせてもらうよ。
あ、そうだ。僕の名前はブレッド。種族はグラスニー」
「グラスニー?初めて聞くよ」
「あれ?君は種族一覧をあまり見なかったのかい?グラスニーは『冒険者達』オリジナルの種族さ。
エルフを森の亜人、ドワーフを山の亜人とするなら、グラスニーは草原の亜人かな。今後ともよろしく」
「よろしく。俺はギースト。無人族だ」
お互い握手。
「それにしても、効果の少ない初心者回復薬は知っていたけど、初心者魔力薬にもあったんだね」
地面に置かれた薬類をしげしげと見つめるブレッド。
ぎくっ。そういや、販売もしていない商品ジャン。これ。
「ろ、うっうん。両方とも、露店で手に入れてね。この状況なら使わないから」
どもってしまったので、言葉が喉に絡んだ演技。
「現金は100G、他は素材で良いんだね?」
つーか、払えるの?よく考えたら結構な値段だけど。あ、評価額を高くすれば良いのか。
「ああ。素材の計算はギルド売りの6割で頼む」
「いやそれは」
「それでもかなりの利益になるから気にしないでくれ」
自分で生産できる俺からすると、薬の店購入と素材のギルド処分が基準になってるここの相場は利益が高すぎる。せめて半値じゃなくて6割計算じゃないと俺の良心が咎めるんだ。
俺になんらかの事情があることがわかったのか、ブレッドは重ねては言わなかった。
無言でどんどんとアイテムを並べていく。パーティー仲間も交代で近づいてきては一言二言の挨拶でインベントリから出していく。
パーティーチャットがあるんだっけ。はたから見たら会話がないのに理解してるって怖いよな。
「じゃ、これで。全部、僕達が基準値を知ってるアイテムだ。
ギルドの6割だと3,300はあるはずだよ。計算してみてくれ」
並べられたのは薬草から始まって、各種素材。見たこともないのは……獣の糞か。基準値は1Gだけど、これももしかしたら肥料になるんじゃないかな。
「いや~助かった。これでみんなのインベントリもかなり空いたよ。
あれ?君は袋を持ってるのかい?」
一仕事を済ませたブレッドは、かいてない額の汗をぬぐうふりをする。
目ざとく、そこで俺が素材を仕舞うのに大袋を使っているのに気付いたらしい。
そういや、袋が余ってたな。インベントリから、袋を取り出してブレッドに見せる。
「こっちの袋なら余りがあるぞ。いるか?3枚200だ」
「……現金でもいいか?正直、もうそんなに素材がない」
俺は別に構わんが。頷くと、ブレッドは仲間の方へ行って、すぐに帰ってきた。
「残念ながら、今出せるのは550Gだ。1枚100で買うから5枚頼めるか?」
ジンに売ったよりも高いな。
「別に余ってるんだが」
「まだまだ出回ってないからな。露店だとこの倍でもすぐ売れるぞ。
自分で使ったほうがよっぽど儲かるから誰も売らんが」
ブレッドもまた正直もんだな。別に俺なんか気にせずに、自分のもうけを考えれば良いのに。
あ、そうだ。
「アイテムで使った後の瓶って持ってるか?」
「……素材を拾うのに結構捨てたからな。
うん。全部で15あるぞ」
「じゃ、500と瓶で6枚ってことで」
安すぎるとまた言われたけど、俺にとっては袋よりも瓶が欲しいと主張したら納得してくれた。おまけで薬草を5枚もらった。たぶん、【薬剤】持ちってわかったんだな。
取引後にフレンド登録をお願いする。心優しいブレッド君は快く受けてくれました。これで、フレンド倍増だ。
これでNPCだけが知り合いだなんて須佐見に言わせないぞ。
「僕達『から~ず』は、これでも攻略組の端くれだよ。
このイベント中はここに入りびたりだろうけど」
それならまた売りにきても良いかな。
休憩が終わったらしい仲間を連れて、ブレッドはまたダンジョン待ちの列に並ぶ。
さすがに、入場料は残しておいたのか。
つーか、1回の入場でインベントリを一杯にする気なのかね。すごい自信だな。
取引と周りのプレイヤーへの鑑定祭りでかなりMPが減ったな。ここは安全区域だから戦闘区域よりは回復速度は速いけど、市街地に比べれば倍かかる。
せっかく買ったテントがあるんだし、使ってみるか。
そこそこ(小)を飲みながらなら効率的に【鑑定】のレベル上げができるだろ。
そう考えて、さっそくテントを取り出して設置する。
中に入ると『回復速度が市街地並みになります』とのこと。普通に休むよりも回復しやすい、ただし、周囲への警戒が落ちるアイテムみたいだ。ここみたいな安全区域なら便利なアイテムだよな。
さっそく(小)を飲む。これで半分ほどMPが回復するな。
なんとはなく飲み終わった瓶を見る。
やっぱゲームだな。飲むと飲み残しなくきれいな瓶を見つめてそう思う。
微妙に面倒な現実を取り入れたり、ゲームらしく無視したり。なんかちぐはぐなゲームだよな。
ルールを見つけていくのも楽しいけどさ。
座布団代わりの袋に座り込むと、回りの喧噪が聞こえなくなる。
布を振るわす風の音に、少しだけ眠くなる。
「ここで作れりゃ楽でいいのに」
わざわざアークへ帰るのは面倒だし、ここはゆっくりできるし。
確か、生産に必要なのは作業台と道具とレシピと材料だったっけ。
……あれ?【錬金】だと道具いらなかったよな。
水は瓶にあらかじめ入れておいて、作業台代わりに平らな大地を使えば、できるんじゃないかな?
薬草はここに60枚もあるし、試してみるか。
……結果、薬草60枚で4つできました。初心者魔力薬(小)を10も使ったけど、効率が悪いな。
うーん。確実なことは言えないけど、確率が悪くなってるかも。今の成功率(12%)なら7つできるはずだからなぁ。
でも、これで外でもできるってわかったし、細かい検証はイベント後だな。検証までは、もらった薬剤作成キットを持ってこよう。手作業の【薬剤】なら、問題なくできるだろ。
戦闘が苦手な主人公はあまり積極的ではありません。