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生産だって冒険だよね  作者: ネルシュ
探検ぼくのまち
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1-1 社会人ゲーマー

「よーし。念願のVRを手に入れたぞ」


 郵便物を受け取り、配送業者の車が走り去るまではなんとか我慢した。

 その分、ちょっと大きな声が出ちまった。

 だって、VRシステムだぜ。VR。

 俺みたいな、ガキの頃からゲームをしていた人間が待望していた、全感覚ダイブ型のゲーム機。

 最近のゲーム機は確かにきれいな見た目だけど、やっぱり見た目きれいでしかない。

 おかげで最近はだいぶゲームから遠ざかっていた。

 全感覚ダイブ型は後10年は難しいと言われていたのに、どこかでブレイクスルーがあったのか、今年発売された。

 販売のうたい文句は、別世界を感じられるってやつだ。

 常套句だけど、やっぱりわくわくする。


 もちろん、完全リアルって訳にはいかないみたいだけど、現在の3Dゲームですらきれいな、きれいすぎる感のある世界が表現できている。

 機械スペックの問題でどこまで「現実」を表現できるかわからないけど、期待値は嫌でも膨らむ。

 少なくとも、先行で発売された旅行ソフトでは、かなりリアルな体験ができるって評判になっていた。

 笑い半分で、今後の旅行業が懸念されるって新聞に載ったくらいだ。ま、そもそもこのゲーム機を買う層は旅行にあまり行かないだろうけど。

 今回同時購入した『冒険者達』はβテストの評判も上々で、本格的なリアル系RPGとして期待されている。


 こうやって実物を見ると、発売開始と同時に3ヶ所で予約したかいがあるってもんだ。ソフトと併せなくても安いもんじゃないから大変だった。

 貯金をはたいてしまったが、半年近く待つことに比べればなんでもない。予約が全部通るとは思ってなかったから焦ったぜ。追加でくる2つをどうしようかな。テンバイヤーが嫌いだからオークションはちょっとな。

 ネット転売対策がされてるって話だし。

 ま、一つは須佐見の予約が入ってるからいいけど。

 売値で良いって言ってるのに5倍も出そうとするから、売値+夕食で決着が付いている。同期からぼれるかってんだ。

 あいつもゲーマーだから、早く届くと良いな。


 さてさて。

 ゲームはしたいけど、サービス提供は土曜からだったか。

 βテスターの話やらなにやら調べりゃ良いんだろうけど、せっかくだから事前情報無しでやりたい。

 俺は、事前情報無し派だからな。知りたいことを聞くくらいなら良いけど、自分の性格上、調べ始めたら切りが無いのは自覚している。楽しむためにも、情報収集は封印しよう。め、めんどうだからじゃないんだから!

 でも確か、体験初期ゲームでアスレチックがデフォルトでインストールされてるはずだから、操作練習くらいはしておくか。何せVRは初めてだし、運動なんて高校以来だ。


 その前に、この週末はどっぷり浸かりたいから、おかずとか作り置きしとくかね。

 三十目前の独身男でも料理くらいはできる。

 つーか、一人暮らしが長いから家事は一通りできるんだけどね。

 まずは買い物行ってくるか。

 ゲームに夢中で体調崩したら無職一直線だし。




「あ、はい。土曜の午前9時ですね。はい。承知しました。お待ちしています」


 声だけは朗らかに返事をする。きゅうじつしゅっきんけってー。

 俺の持つ顧客の中でも所謂上客だから無碍にも出来ない。

 さらにいくつか打ち合わせという名の雑談を終えると丁寧に受話器を置いた。

 周りから注がれるいたわりの目線。往復の時間を考えれば日中がつぶれるしな。



 休日出勤の衝撃は、昼休みまで続いた。

 機械付属のアスレチックゲームですら、五感のリアルさとゲームの自由度の融合でとても楽しめた。ある程度の現実感がある五感と非自分的動きができる運動性が、ただのアスレチックゲームなのに爽快感を感じさせた。

 そのせいで『冒険者達』を楽しむ気持ちが増していた分、気持ちの切り替えが難しい。

 いつもならわずかとはいえ休日手当が貰えて、半日休も貰えるから文句はないけど、今回はなぁ。

 ため息をご飯と共に飲み込んでいると、声をかけられた。


「ご愁傷様」

「笑いごっちゃねぇよ。せっかく予定空けてたのに」


 振り返ると、同期の須佐見が笑っていた。

 職場で数少ないゲーム仲間なのに、人の不幸を喜ぶな。


「『冒険者達』抜け駆けするからだ。こっちは買えなかったのに」

「電話して起こしたのに、時間があるからって二度寝するからだよ。

 抽選も?」


 楽しみすぎて寝不足なんて自業自得だろう。

 メーカーや電気屋とかの抽選で購入できるところも申し込んでいたはずだけど、やっぱり人数が多すぎたんだろうな。本当、俺は運が良かった。


「駄目だった。届いたら頼むな。それとも代わりにやっておこうか?」

「来たら即連絡しようと思っていたけどなぁ」


 わざと顔をしかめてみせる。


「ほら賄賂。水分はとっとけよ」


 ペットボトルのお茶が机に置かれた。

 まだ初夏とは言え、気温は高く、経費削減でまだエアコンが入らない。

 職場だと真夏よりも汗をかくからありがたい。

 お礼を言う俺に軽く手を振って軽やかに事務室から出て行った。気が利く同期は助かるね。

 さて、もう一仕事しますかね。

 来週には有休取りたいし。




「いや~土曜にわるかったね、宗谷君。それも、直前に時間ずらしてもらったし」

「いえお気になさらず。私としても、溜まっていた仕事を静かに片付ける良い機会になりました」


 高里さんは予定の時間よりも2時間近く遅れて来た。

 連絡をもらっていたから、待ち時間で来週提出の書類は仕上がったし、今日の契約額なら数日休みを取っても誰も文句言えないだろう。

 午後にかかったのはあれだけど、お詫び代わりにいただいた差し入れも高級品。ありがたく頂戴しました。


「そう言って貰えると助かるよ。娘がちょっと心配してたから」


 なんでここで娘さんが?その思いが顔に出てたのか、笑いながら高里さんが続ける。


「遅れたのは、娘がなんかゲーム機の設定であれだったからなんだ。ほら、今話題のVR。事前準備が思いの外時間がかかるみたいだな。物も思ったより大きいし、届いたときは驚いたよ」


 だからか。身内の都合で迷惑かけたから、豪華な差し入れと契約額を増やしたのか。電話での数より多かったから疑問だったんだよな。


「ああ、人気ですよね。かなり期待してますし」

「ん?君もするのか。

 それは申し訳ないことしたな。攻略組はスタートダッシュが肝心だろ」


 本当に申し訳なさそうな顔で謝られた。

 俺のちょっとした言葉遣いから俺も購入組だって即わかるって、高里さんはあいかわらず鋭いな。

 しかし、攻略組にスタートダッシュか。これは、高里さんもゲーム好きだな。


「高里さんもされるのですか?」


 それにしても親子でゲームか。最近は珍しくもないけど、忙しい社長さんがやるのは難しいんじゃ。


「昔はハマったもんだ。これでもゲーマーでな。

 最近はしてないが、評判が良さそうならやってみても良いな。

 いや、それにしても申し訳ない」

「私はまったり派なのでかまいませんよ。攻略を頑張るほどの気力はないですね。異世界を楽しむのが目的ですから。

 お忙しい高里さんでしたら、ちょっとした気分転換に良いかもしれませんね」

「娘の分を手に入れるのも一苦労だったから、当分先だがね」


 残念そうに肩をすくめながら言う。

 あれ?結構乗り気なのか?う~ん。予約したのはもう一個来るんだよな。


「よろしければお譲りしましょうか?実は、申込みが当選しまして、余分に手に入ったんですよ。

 ただ、納品は再来週になりそうですが」

「良いのかい?

 今ならオークションにでも出せば10倍の値段が付いてもおかしくないだろう?」

「オークションはどうも面倒なので」


 頭をかきかきごまかす。転売嫌いって言っても良いんだけど、高里さんの輸入業も転売みたいなもんだ。

 お得意さんの機嫌を損ねるのは困るので言葉選びは慎重に。

 オークションに出すにも、業者転売対策で結構面倒くさい手続きが必要だ。

 そもそもデータ管理の関係で、購入時に購入者の情報を渡してあるから、その変更が必要なんだよな。

 思いがけずVRシステムが手に入ることになった高里さんは、かなり喜んでくれた。

 俺も費やした貯金が簡単に元に戻ったし、お得意さんとの太いパイプができた。

 ま、何にせよ、連絡先として個人用の携帯番号が交換できたのはうれしい。これを機に取引を増やして貰えそうだし。

 スタートダッシュできなかった分くらいはリアルで挽回できたかな。



 部屋に帰ったらまず窓を開けて熱気を追い出す。

 軽く家事を済ませてからシャワー。

 このままだと、ゲームが終わってからもう一回浴びないとだな。心地よい冷たさに包まれながらそう考える。

 飲み物も余分に冷やしておけば準備は完了。

 事前にアスレチックゲームで動きを練習したし、スキャニングから基本アバターの作成もした。携帯との連携もしたから大丈夫。っても、そもそも連絡なんてこないけどな。

 キャラメイクは基本アバターを利用すれば時間短縮できるし、現実でできない錬金術をするってキャラ方針も決めてある。始めるまでの時間はそんなにかからないだろう。

 冷えすぎないクーラーとメシに水分。こっちの体制を整えたらダイブしますかね。


次話からゲーム開始です。

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