3-3 大人買い
「屋敷の護衛は希望者がそれなりにいるがどうする?」
人通りの多い大通りを屋敷予定地へ向かいながらトルークさんが問いかけてきた。
そうか、雇うのは俺だから面接が必要か。
「トルークさんの推薦なら間違いないでしょうから、お任せしても良いですか?」
誰が信用できるかなんてわからないし、面倒ごとはお任せしたいな。
「ふむ。ならばこのお祭り騒ぎが落ち着いたら紹介しよう。
屋敷が完成するまでにはまだまだ時間がある」
メイドに関しては、俺が面接しない訳にはいかないよな。
商人組合にも落ち着いたら顔を出さないと。
この先の予定を考えていたら、いつの間にか屋敷に着いていた。人が多い広場を通り過ぎたのに気づかなかったな。歩きながら考えるのは危ないから、今後は注意しよう。
「お主のおかげで色々と助かった。生産ギルドの確かな収入源にもなろう。
ちなみに、あのレシピは他にも応用できるのか?」
初心者魔力薬や初心者じゃない回復薬にも使えるかをアーキン様に聞かれたらしい。
「魔力草を手に入れないとなんとも。私は初心者魔力薬すら作ったことないですし、回復薬も作り方を知らないので」
「……そうか。今なら販売している露店もあるだろう。
あの3人はそちらに手を伸ばす余裕はないから、すまないがお主が色々試してもらえるか?
魔力薬系は(微)や(小)にあまり意味は感じないが、(大)ができれば色々と助かる」
そうかな?確か須佐見が使用のクールタイムがどうとか言ってたけど。もし、クールタイムがあるなら(小)くらいなら買う人も結構いるんじゃないかな。
知らなかったけど消費だけなら、今回に合わせた街からの放出品が、回復薬、魔力薬共に、それなりに出回っているらしい。
ただ、この付近では魔力草がほとんど採れないので、俺にも手に入らなかったのだ。ポム薬剤店でもここ数灯はそこまで手が回らなかったから予約も受けなかったし、従って依頼で集めたりもしていない。
「ギルドに依頼をだせば楽なんでしょうが……」
「止めておくべきだな」
「ですね」
ただでさえ他の店に売り上げの面で迷惑をかけたんだ。ポム薬剤店が初心者回復薬に特化したことで収入が大幅減。下手したら路頭に迷わせるところだった。
初心者回復薬以外を求める客が流れたのと、(中)、つまり他の店で販売している初心者回復薬を、最終的にこちらで大量に購入したから不満が抑えられている。
それが商売って言い切っても悪くはないが、生産ギルドができるなら、どうやったってこの先の付き合いってものがある。
魔力草の依頼を出すことで、さらなる関係の悪化は避けたい。
装備を買いに行くついでに露店で買うことにしよう。
「露店も買い占めるなよ」
親切にもトルークさんからの忠告。
大切に受け止めよう。
22万Gのうち8万Gを費やして購入したのは、精神力の上質服(防御4、精神力+2)、体力の上質ズボン(防御5、体力+2)、採取の銅籠手(防御5、採取+2)、回復の耳飾り(HP自動回復(微))、筋力の鉄短剣(攻撃10、筋力+2)。これに朝に購入したダッシュのレザーブーツ、言語の古い帽子(防御2、言語+2)、器用力のハードレザーマント(防御5、器用力+1)で全身装備になった。
NPCの露店が出ることがわかってれば、別に朝急いで買う必要も無かったのにな。
でも、イベントといえど露店らしく、売り切れごめんだったので、何も買えないよりはマシか。それに、ここの露店はギルド売りの8割だから、朝よりちょっと割高だし、探す商品が増えれば時間だけが余計にかかるから。
ちなみに、魔力薬や初心者魔力薬だけでなく、回復薬もどこでも売り切れだった。回復薬は初心者回復薬の4倍、魔力薬系は回復薬系の4倍するのに、やっぱり数が少ないから高価でも買ってくんだな。魔力薬(中)なんてギルドで1つ800Gもするのにさ。
でも俺には何の問題にもならない。生産者がNPCだけだからか、魔力草だけはそれなりの数が売れ残っていたので、複数の店を廻って計123枚、4,920Gの8掛けで3,936G払って買いました。
もちろん、1露店で半分までって自己ルールの中で購入したけど、この数だ。他にも素材が色々売っていたけど、まだレシピを持っていないから買えない。
……そうだ!図書館があるじゃないか。
図書館になら初心者用のレシピブックがあるはずだ。
コッコ焼きのペルさんがそう言ってたもんな。すっかり忘れていたよ。
早速行ってみるか。
外に行くための訓練もしたいから、簡単に見つかると良いんだけど。
図書館へ行くとユーキさんがにこやかに迎え入れてくれた。
「こんにちは」
「お邪魔しますね」
入館料が免除されてるので、挨拶だけで中に入れた。良かった。
早速、錬金の本を探そう。
……5細刻で挫けた。ほとんどの本がタイトルすら読めない。
肩を落として入り口へと戻ると、ユーキさんが心配げな声で問いかけてきた。
「どうしました?」
理由を言うのはプライドが邪魔する……なんてことはない。そんなプライドを持っていたらサラリーマンなんてやってられない。
「スキルが低くて読める本がほとんど無いんです。俺でも読めるレシピ本ってありますかね?」
小首を傾げたユーキさんが、受付から出て俺の前を通り過ぎる。
「こちらへどうぞ」
案内されたのは、受付近くにポツンとあった小さな本棚。
親切にも初心者向けの本を集めた本棚らしい。
それでも、一冊が全部読めるわけじゃない。読めるのはごくわずか。装備と足してもスキルレベルが4だしな。
読める本(の一部)を片っ端から読み進める。
手に取ったのは、料理、薬剤、木工、皮革、鍛冶等の生産系から各種武術、魔術に至るまで。タイトルが読める本は全部開いてみた。
大半は内容が読めもしなかったけど、いくつかのレシピ?を手に入れることができた。
皮革は簡易なめし、つまり、モンスターの皮を処理できるようになる。ま、簡易なだけあって品質が下がるみたいだけど。その分、劣化速度が遅くなるから良いんだけどさ。
鍛冶は簡単なお手入れ。使った武器防具の品質をわずかながら回復してくれる。
薬剤からは少量生産。ポム店長も使えるヤツだ。ま、時間差を利用した同時作業を行うことで5割増しの時間で5つ作れる。ただし、単体で作るよりも品質は低下気味。……便利だけどこれってレシピか?
木工は木片化。加工しやすい大きさに木材を切ることができる。……木片になるだけで製品はできない。
料理は、道具の使い方。なんと、いちょう切りなどの各種切り方(基礎)を覚えた!……レシピは増えなかった。
武術は、長剣や短剣などの種類や基本の構えについて書かれていた部分が読めた。一番読めたのは無手での構えについて。急所を守るために半身になるとか、避けるときの注意点とか色々。
生産系も同じだけど、それでも1ページ目の半分も読めなかった。
……魔術?そんなものはありませんでした。
そうだよ!読めたのは題名だけだよ!
タイトルから、火魔術、風魔術、水魔術、土魔術の存在は確認できました。……ええ。取得できるスキル表よりも獲得できた情報が少なかったです。
これで1刻も使ってしまった。
でも、今後言語スキルが上がれば読めるかも。そう思って、今回読んだ本のタイトルをメモしておきました。まる。
他にも重要そうな本のタイトルが目に入った(例:アークの歴史とか)が、後回しにしよう。今回には間に合わない。
ユーキさんに礼を言ってから、急いで冒険者ギルドへ。
みんな露店巡りをしているんだろう。食事処は閑散としている。
暇そうにしている受付嬢(名前は何だっけ?)に見覚えがある。
「何しにきたんや?」
背後から聞こえてきた低い声に思わず左へ跳び退いた……拍子に椅子に足を引っかける。
ガラコシャーン
椅子やら机のせいで痛む身体を労りつつ立ち上がる。
誰もいない場所から、低い声が聞こえてくればこうなるよね。
さっき跳び退いた場所のわずかには、いたずらが成功した子供のような笑顔で音も立てずに笑うギルド長。
ついつい表情が恨めしくなる。
「……命の危険を感じましたよ」
誰もいなかったから良かったけど、誰かいたら、またこの間みたいな騒動になってたじゃないか。
ギルド長は一瞬で真面目な顔になった。
「ランク1なのに、ここんとこ顔ださへんかった罰や。祝福の冒険者専用緊急依頼もあったんやで。
冒険者として登録したんやから、たまには依頼受けな登録抹消になるで。
もう登録してから4巡も過ぎてるやん」
理由もなく1連(6巡)を超えて依頼を受けない場合は、冒険者登録が停止される。それが続けば降格、最後は抹消とのこと。そんなことも言われてたっけ。
ランク1で失敗が続く場合も登録抹消されるが、そうそういない。
規定回数成功すればランクが上がるし、連続失敗しなければ降格はないからな。
緊急依頼は工事手伝いでしたか。インベントリに入れれば、柱でも壁でも楽々動かせる。活用すれば工期が短くて済むな。上手な使い方だな。そうか、俺の作業所もそうやったから早かったんだ。
「落ち着いたらやりますよ。
あ、そうだ丁度良いですね。まだ戦い方も知らないので外に出れないんです。
だから、今灯は【短剣】と【回避】、【投擲】を教えてもらおうと思って」
「なんや、机や椅子にわざわざ飛び込ませんでも、合法的に痛めつけられるやん」
小さくぼそっとしたつぶやきは聞かなかったことに。
「あ、用事を思いだしイタタッ」
「10より下のランクなら、訓練すれば猶予が延びるのは知ってたんやな。良い心がけや……逃げなけりゃ」
さりげなく逃げだそうとした俺の耳をつまんだままのギルド長に連れられ、久々に訓練場へと足を踏み入れた。
やっぱり、こっちにも誰もいない。
最低限、マイナス補正がなくなれば週末のイベントには十分だろう。
……だからギルド長。最初くらいは手加減ありで教えてください。
ね。
……寄りつかなかったのは悪かったけど、いくらなんでも、戦闘訓練を3つまとめて実践的にやられたら、いくら初心者回復薬があっても足りません。
【短剣】と【回避】に【投擲】って言ったのに、最初は延々と走らされたし、途中からは攻撃を避けながら走らされました。当たるとわずかとはいえダメージを受けるので、初心者回復薬を大量消費しましたよ。つーか、初心者回復薬を使ったのは初めてかも。
その後は回避しながら短剣での攻撃、下がっての投擲と、実戦(苦笑)的な訓練が延々と続いた。
気がついたら、見上げる空があかね色に侵食されはじめていた。もう18刻時。ここで4刻時以上ぶっ続けで訓練してたんだなぁ。
お昼食べないと。(現実で)
「思ったよりも頑張りはるなぁ。翌灯から実践やろ?そろそろ帰った方がええで」
意識が訓練から他へ移ったことに気づいたギルド長からそう促される。
ここまで根性が続くとは思わへんかったと言われました。はい。死にたくなくて無我夢中でした。
……これで技術が覚えれてなかったら泣くわ。
「ちょっと待ちぃ」
重い足取りで帰ろうとした俺の背中に、ギルド長から声がかかる。
まだ何か?
「さすがにもう疲れましたよ」
ゆっくりと振り向きながら返事をすると彼女は苦笑していた。
「そうやない。そこまで疲れとったらこれ以上は無理やろ。
そうやないんや。ほら、継続依頼の薬草100枚。今灯はポムはんが取りに来とらんから、忘れずに持っていくんやで」
忘れてました。
「……実は俺、ポム薬剤店から独立しまして」
難しい顔してギルド長は、腕を組みながら首を傾げた。
「そう言うても発注はあんたの名前やから。物は揃っとるんや。今更キャンセルは困るで」
ま、いくらでも使い道はあるか。
「それなりに持ちますよね。じゃあ、持って行きます」
「注文は継続するんか?」
「うーん。小まめに取りに来れないですからね。でも、せっかくですからお願いします」
正直、1灯100枚くらいなら、【錬金】を駆使すれば使うのは1刻もいらない。レベル上げに丁度良いか。
残金でちょっとだけ魔力草と食材を買いあさりつつ帰宅。これで魔力草は計200枚。
初心者魔力薬(中)を皮切りに(微)(小)(大)が、問題なく作れました。
初心者回復薬も一通り成功。運が良いな。
空腹のバッドステータスが怖いので干し肉野菜炒めを作る。味は変わらない。
もう少し頑張れば【料理】も手に入るかな?
いろんな種類を作るのがスキルレベルアップの早道みたいだし、今後も図書館には週一で通おう。
魔力草で初心者魔力薬(微)~(大)をもう一通り作成してログアウト。
次のダイブが楽しみだ。
大金を持つといろいろ買ってしまう人が多いようです。