閑話
横の木陰から躍りかかってきたゴブリンを薙ぎ、逆側から放たれた矢はしゃがんでやり過ごす。稚拙なはずのゴブリンの連携は、森の奥に進むにつれ洗練されてきた。
今も、足元に括られた草の罠があり、気づかなければ転がっていたかもしれない。
プーヤンの放つ“エアカッター”が、先の藪に潜んでいた別のゴブリンに当たり、お手製の弓矢が転げ出てきた。あっぶねぇ~。
ソードゴブリン三匹相手に大立ち回りしていたゼナが、なんとか倒してこちらを向く。
「三人だときつくなってきたな。どうする?戻る?」
「いや、人数が増えればゴブリンも増えるって話だし、このまま行けるとこまで行こうぜ。
そろそろ洞窟のはずだ。そうすりゃ、今より楽になる」
「剣と盾の練習には良いのかもしれないけど、魔術の訓練にはならないね」
「まあ、障害物が多い所での戦闘訓練と思えば……」
「ま、そう割り切るか。“エアウォール”“エアウォール”
さ、これで音でゴブリンが集まる率は低くなった。さっさと行こうぜ」
「助かる。MP大丈夫か?」
「そこは調整してるけど、洞窟着いたら一本ほしいな」
戦闘音と血の臭いに近寄ってくるゴブリンは、単体なら大したことないモンスターだが、連戦はきつい。それも、不意打ちしかけてきたり、四方八方から集団で来られると対処しきれない場合がある。まだまだ俺たちのステータスも高くない。残念ながら、連続で攻撃を受けても大丈夫とはならない。
倒せば消える臭いも音も遮る風の壁。戦闘よりも補助に役立つ魔術だな風って。最初プーヤンがそれを選んだ時にはどうしようかと思ったけど、案外使い勝手が良い。
いくつか目当ての植物を採取し、目標である洞窟まで難なくたどり着けた。まあ、これで2回目だし。最初の時と違って、ちゃんと準備してある。
「使う草ってこれで良いんだろ?すぐに作業するか?」
「見張りもいないみたいだし、そうしようよ。
持って行くのは、枯れ枝とそっちの束になっている草。まずはちょっと奥に入って枯れ枝に火をつける。十分燃えたら草を投げ入れて、音を立てながら退避」
「俺らが出たら、プーヤンが“エアウォール”で蓋をして30細刻待つんだな。
待ってる間は外から帰ってくるゴブリンがいないか注意すれば良いだろ?」
「念のため、洞窟から突破してくる奴がいないかは気にするべきだな。万が一が怖い」
「そうだね。ダメージ受けてるはずだけど、気にした方が良いね」
ゴブリンの洞窟はそれなりに広い。音でおびき寄せたところを、火炎草やら毒草の煙でダメージを与えることで効率よく倒す方法が既に確立されてる。ただ、運が悪いとハイランクのゴブリンが風の壁を突破してくるし、たまたま外から帰ってきたゴブリンに挟まれることだってある。
気を付けるに越したことはない。
「大丈夫。気楽にやろうよ。フルメンバーならまだしも、今回は少人数なんだから居てもゴブリンファイターでしょ。ホブやその上なんていないって」
「そうだな。
……ここを攻略したらどうする?このメンバーじゃどこも奥に行くのは厳しいと思うんだが」
「そうだな。【索敵】鍛えるのも良いんだが、打撃系武器を持ってきてないからロックストーンがもったいないし」
「ゾンビは論外です。それよりも、行きましょう。待っている間に決めれば良いと思います」
「りょ」
近くからゴブリンが森を歩く音がしないことをもう一度確かめて、素早く洞窟へと入る。光が届くほんの少し先に枯れ木の束を積み上げる。その間に、ゼナが種火を燃え上がらせてくれた。
ちょろちょろとした火が、一握り追加した枯草へと燃え移り、炎へと変わる。
「ポン。枝の上に草乗せとけば大丈夫じゃね?行こうぜ」
「……念のため、こっちにも差し込んどこうぜ。失敗したら面倒だ。よし!
おーし!準備OK!逃げっぞ!」
そろりと入ってきた時の百倍くらい大きな音を立てながら出口までの数メートルを走る。出たところを攻撃されないように、盾を構えながら出口の先数メートルまで。
プーヤンの呪文が聞こえ、無事トラップが完成したことが分かった。
「これで寄ってくるのを待つだけですね」
「まあ、ひどい手を考える奴がいるもんだね。寄ってきたら毒やら何やらでダメージと行動阻害状態、最悪死んでる。こっちは少し待ってから侵入するだけだから楽だよね」
「スキルレベルは上がらんがな」
「ここまででそれなりに戦ったから、運が良ければ一つくらい上がってるだろ」
「無理でしょう。いつもの冒険の方がよっぽど戦ってますよ」
「ん……よく考えたらそうだな。そこまで多くないか」
「かと言って、ここでまとめて襲撃されたら困るけどね。
それよりも、この後どうする?洞窟の始末して、最奥にある宝箱開けたらこっちは終わりだろ?
崖でも上るか?」
「そこの崖を?延々と登っても何もないらしいけど」
「ほら、【登攀】とか【山登り】とかゲットできないかなって」
「それするくらいなら、別の方面行こうぜ。経験値欲しいし、色んな敵と戦っておきたい」
「夜のダイブにはペル達も来るから、存分に戦えるぞ」
「ゾンビメインじゃねぇか。違うよ、隠れる系の敵。俺らは【索敵】持ちいないから後々困るだろ?」
「それも良いですが、他の技術を覚えませんか?
今後役立つような」
「そんなのがあれば覚えたいけど、そう簡単にできるか?」
「何々?【索敵】?【身体操作】?【投擲】?」
「【身体操作】って魔術系と同じく習得方法判ってないだろ。どうすんだよ」
「いやいや。どれも便利ですけど違います。今後のここの攻略にも必要な、耐性系です」
そう言ってプーヤンが取り出したのは各種瓶。見覚えがあるな。どれもこれも状態異常を起こす系の薬品だ。嫌な予感がする。
ゼナも少し青い顔をしている。俺だって、無意味に辺りを見回しちまった。……ああ、良いタイミングでゴブリン出てこないかな。
「入り口に“エアウォール”で蓋をして、死なない組み合わせで色々試すんです。極低確率で耐性を獲得できるらしいので」
「その噂は聞いたけど」
「事実ですよ。
それに、これで何か取得できれば、昆虫や植物と戦う時に楽になりますよ」
「低レベルのうちはあてにならんだろ」
「今回は、進む方向を考えれば必要な素材も簡単に手に入るし、取得しさえすれば低コストでレベルアップできます。この機会を逃す訳には……」
「おっ“エアウォール”が切れたぞ!すぐ行くか?」
「そ、そうだな!行かないとだな!」
「……はぁ。何言ってるんです。少し風を入れ替えないと、自分たちでダメージを受けますよ。まずは、近くで音を出して生き残りがいないか調べましょう」
「そ、そうだな。その際には、森から他のゴブリンが返ってこないか気にしないとな!」
「よし!行くぞ!」
「なんでそんなに嫌なんですかねぇ。ただちょっと苦しくて痛くて痒くて麻痺したりするだけなのに」
だから嫌なんだろうが!
いくら強くなるためだからって、苦痛とかを積極的に受けたいやつなんてそういるか!……はぁ。パーティーメンバー間違えたかな。
明日は13章の登場人物です。
活動報告で行っているアンケートは明後日締め切りとさせていただきます。




