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急いで全員を起こす。まだ鳴子は静かだが、悠長にはしていられない。
夜の静かさが逆に不安を掻き立てる。
「最初っから全方向同時とは思わなかったな。来たところから順番に倒していく計画だったし。どうしようか」
「分散はダメよね?そうなると、どこかの柵に張り付くか、前線にでるかじゃない?
個人的には、あっちの出入り口付近で戦って、どこか乗り越えられたら打って出るのが一番だと思う」
「でも、柵の向こうには罠をたっぷり用意したでしょ?一か所で守りつつ、内部に入られたら柵を背に戦った方が良くない?」
「……いえ、最初からそこまで集団で来ないと思うわ。それに、柵に囲まれた広場はそんなに広くないから、すぐに纏まれるわ。だから、分散しましょ。柵に取りつかれるようになったら集まれば良いわ。
一番近づかれたくない状態異常の昆虫系方面は、ソフィーの魔術、発見しづらい擬態系の魔物はサンズ、ゾンビはまだ放置で大丈夫だと思うけど、アマがそちらを注意しつつ中心に。私は数が多いゴブリン」
「なら、私はソフィーを守るよ。近づいてきたら困るでしょ。筋力もあるから石投げたってそこそこダメージ行けそうだし」
「じゃあ俺はゾンビにしようか。他がきつそうならそっちに回るけど、俺の【投擲】じゃそこまでのダメージは期待できない。足元を狙って機動力を削ぐってのが一番効果的だろう」
「そう考えると、各方面に石を用意しておいてよかったわね。まずは、石で削りましょ」
「あ、石だけど私試したいことがあるんだよね。ほら、“ブレス”ってアンデッド以外にも少しだけどダメージアップあるでしょ?私は最初はあまりMP消費しないのに待ってるだけだから、投げる石に“ブレス”して回ろうかと思って」
「あ、だから昼間、石の周りで呪文唱えてたんだ!……もしかして」
「そう。まとめてあれば、全体にかけられるのよ。呪文の詠唱が必須だけど、かなりのアドバンテージだと思わない?
よく考えれば、矢筒に入った矢全体にかけられるんだから、山盛りの石にもできて当然なんだけど……」
「そこのところを、意識の転換って言うの?きちんと意識しないとできないってのがいやらしいシステムよね。認識のフィードバックがどうとかって宣伝文句を聞いたことがあるわ」
「まあまあ。そんな雑談は後にしようよ。まずは、対処でしょ?
じゃ、アマはギーストとアンデッドで。遅延戦闘がメインでお願い」
「それしかできないからな。ま、“ブレス”の効果を確かめるつもりでやるさ」
「じゃ、柵に取りつかれそうになったら声を上げること。他から声が上がったらそこに集合ね」
「「「はい」」」
皆と別れて、アンデッドが来るであろう方向へと進む。まだ鳴子は静かなので、迫っては来ていても、まだそこまで近くない。はず。
ついたところでアマに“ブレス”の効果時間について確認すると、1刻は持たないまでも、30細刻は大丈夫そうだ。それなら、すぐに石の山にかけてもらっちゃおうかな?1回は全方向回ってもらわなきゃだし、早めにMP消費して待機していた方が、自然回復分を有効活用できるし。
「それで、私ちょっと考えたことがありまして。“ブレス”って支援魔法じゃないですか」
「まあそうだな。回復魔術は支援と回復がメインだろ?攻撃魔法がほとんどないって聞いてるよ」
「支援魔法って、ある程度離れていても使えるんですよね。呪文やレベルで有効距離が変わってくるんですけど」
「そりゃ、攻撃系も同じだろ。つーか、【投擲】だって変わらないさ。ってもしかして」
「ええ。ある程度距離があっても使えるので、設置した罠にかけられないかなって思って。接敵前の今だけですよね、試せるの」
「んーまあ、そうだな。それが成功すればかなり助かる。そこの柵ぎりぎりに寄れば、あそこの綱にかけられるかな。あっちの罠に届けばいいんだけど」
「近づいてきたら、あの、逆茂木でしたっけ?あれにかけますよ。
ま、効果があればですが」
「長丁場になりそうだからな。ダメージアップは助かるよ。あー【火魔術】取ろうかな?アンデッドには効果的だろ?」
「スキル枠ってそんなに余ってます?大丈夫ですか?それに、この先使わないならあまりお勧めしないですよ」
「火を継続して保持できるなら薬を作るときとか、使い道はたくさんあるんだけどな。あと、スキルの枠はこいつで最後。だから悩んでる」
「技術との入れ替えができなくなるなら止めといた方が良いですね。これくらいの状況は何とかなりますよ、そんなに多くないみたいですし」
アマが指し示す森の中から、枝をかき分けて進む音が聞こえてくる。木々の向こうにゆらゆらと動く影。たった一体。
「引き付けてから倒した方が良いかな?それとも、罠は温存した方が良いか。迷うな。
あ、そうだ。アマ。このビンの中身に“ブレス”ってかけれる?」
「できるけど……あ、トリモチもどき?呪文は問題ないよ。くっついたら継続ダメージになったら面白いね。“ブレス”かけたら回ってくるね」
ささっと綱とトリモチもどきに“ブレス”をかけて、アマは別の方向へと走っていった。全方向で武器類に“ブレス”したら当分はこっちに張り付いてもらうことになる。それまでは絶対に持たせないと。
ゾンビらしき影がもう少しで鳴子が設置してある場所にたどり着きそうだ。そう思った瞬間、後方から別の鳴子が音を立てた。立て続けに、四方から音が鳴る。
長い夜の始まりだ。




