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アンデッドの臭い対策。それは、第一陣が体験したインスタントダンジョンで試行錯誤された結果である。現在は、麻痺薬を使って鼻の機能をマヒさせる方法と風魔術で常に背後から風を送る方法が現実的と言われている。
……どこが現実的やねん。自分の五感の一つをわざと削るなんて自殺行為だし、風上を作るなんて魔物に襲ってくださいって言ってるようなもんだし、そもそも常に魔術をかけるなんてMPの無駄遣いだ。
なので、一番現実的なのは我慢すること。そして、速攻で倒すことだ。血やらなにやらと同じく、音や臭いは個体ごとに設定されている。ウルフでも、一匹より二匹、二匹より三匹の方が、臭いでも音でも気付きやすくなる。だから、少しでも早く、一体でも多くのゾンビを倒せば、それだけ腐臭が少なくなるのだ。
「“浄化”とか使えるレベルなら、単純に物理で殴った方が早いってのは間違ってると思う。
神聖なる力よ。今こそ宿り、清浄なる世界の礎となれ“ブレス”×4」
「おー。詠唱が短くなった!もしかして、【詠唱短縮】覚えたんじゃない?
でも、アマ?私にはないの?」
「これだけ唱えてればね。
ソフィー。魔術師の貴女に“ブレス”かけたって仕方ないでしょ?直接攻撃しないんだから」
「“ブレス”で魔術の効果が上がれば良いんだけどねぇ。杖が光っても、魔術には影響ないとは思わなかったわ。あれって物理だけなのね」
「まあ、よくあるエンチャントと同じってことでしょ。それはそうと、魔術で効果的なのってあった?ほら、【火魔術】がダメージ多いとか」
「比べられるほど属性持ってないけど、やっぱり火は効きやすいわね。たぶん、松明の火でも下手な攻撃よりいけるんじゃない?
でも、どの攻撃でも魔力が乗ってるから一定以上の効果はありそう」
「物理は……ねぇ」
二人してこちらを向く。はいはい。アンデッドにあまり効果がない物理ですよ。特に、斬撃系は効果が低い。ゾンビなんて、“ブレス”がかかってようが、場所によっては食らっても行動遅延すらしない。鋭い剣で切るよりも、下手したら丸太で殴った方が効果が高い。首飛ばせば簡単に倒せるんだけど、首を切るのが簡単な訳なかろう。手や足を切り飛ばさないとこっちが危ない。抱きつかれでもしたら鼻の奥に大ダメージだ。
【水魔術】の方が威力が高いのはちょっとくやしいが、自分のステータスを考えたら当たり前か。はっ。剣なんて飾りですよ、飾り。
……そうだよ!俺が持ってる技術【短剣】じゃん。なんで俺、今、剣なんか持ってんだよ!はいはい。そうです。そうです。付いてる効果で選んだんです。でも、短剣だとゾンビにかなり近づく必要あるし、どっちにしろ物理でのダメージ少なくて“ブレス”の効果でダメージ与えてるし。もう、剣じゃなくて鉄の棒として使った方が良いんじゃね?
「索敵の意味もないし、攻撃手段がちょっと」
「あ、サンズ。前に投げナイフ使ってなかった?今持ってるなら、それにも“ブレス”かけるけど?」
「確実にこっちに向かってくるから、回収できないことは少ない。お互いのスキル経験値も貯まる良い案」
「確かに、ダメージにかまわずこっちに来るよな。数が多くなってくると困るな」
「正面が一番多いけど、左右からも結構来るわね。どれも単体だから良いけどっねっと」
「“ファイアアロー”ごめんアマ。ミスった」
「少し数が増えた?うーん。
リムリラ!いったん下がりましょ!」
「しっ!はっ!
ミル。先に」
「“ファイアウォール”」
「サンキュ。ソフィー」
それぞれ2体ずつのゾンビと戦っていたリムリラとミルが軽快に戻ってくる。ソフィーが作り出した炎の壁が、追加のゾンビを防いでいる。陽炎のように向こう側でうごめいているのが見える……炎は乗り越えてこないんだな。
どうやってこっちを認識しているのかわからないけれど、音や臭いについては認識しているっぽい。風下からわらわらと寄ってきたし、戦闘音で来る回数が増えたし。一部、視覚もあるのかな?
いやほんと、どうやってそれを認識してるんだ?気になってきたぞ。五感は腐ってるし、そもそもスケルトンとかは骨しかない。空気の振動でも感じてるんかね?それだったらすごいな。でも、そうなるとウォール系の魔法を使えば安全地帯を作れるかもね。こっちの生命力を感知してる可能性もあるけど、そうなると今炎を突っ切ってこない理由がわからないし。
ちょっとした思いつきなので、ソフィーに告げてみる。色々と検証してくれるっぽい。ありがとう。俺にはその結果だけ教えてもらえれば十分です。
「そろそろ切れるよ!回復大丈夫?」
「武器の“ブレス”はどうする?」
「……まだ持つわ。そのMP残しておいて。
ソフィー。炎の壁はかなり効果的ね。連発できる?なら、合図したらさっきより遠い位置でお願い。一旦引いて、態勢立て直しましょ」
「ダイジョブ。
じゃ、逃げやすいようにしておくね。合図お願いね」
「そろそろ炎が弱まったわね。来るわよ」
うめき声を上げながら、ひざ丈程度になった炎の壁をゾンビがフラフラと集団で突っ切ってくる。隙間からチラチラと見える白い骨はスケルトンか。思ったよりも数が増えてる。
炎で足が焼けたのか、最初の数体が崩れ落ち、後続に踏まれて消えた。残りは十数体。手を伸ばしてやってくるので、リムリラはさっさと近場から手を切り飛ばしていく。そうして、刃の範囲内に首が入ったとたんにそっちも飛ばす。動きも危なげがなく、さっきまでの一戦でだいぶ慣れたみたいだ。フォローは必要なさそう。
ミルは、ちょっと苦戦中。斧はどうしても剣よりも小回りが利かない。体力も使う。まだまだ体が流れたりしていないが、首を飛ばすまではどうしても手間取る。サンズのフォローも、短剣や投剣だからどうしても範囲が狭い。ただ、斧の利点である重量が上手く作用して、腕を切り飛ばしたときなどにゾンビがバランスを崩し、後続を巻き込んで倒れたりしているので、なんとか回っている。
ゾンビが近くなったミルが、リムリラに声をかけて一歩下がる。それに合わせて、リムリラから指示が飛ぶ。
「ソフィー。お願い」
「偉大なる炎の王。その威容をここに示せ。“ファイアウォール”」
「みんな!一気に倒して。そしたら下がるよ!」
「はい」