プロローグ
覚えているのは、片眼鏡をかけて時計を修理している祖父の後ろ姿。
赤い半纏に包まれて丸まった背中が、とても大きく見えた。
真剣に時計と向かい合い、小さな歯車を直すことで再び呼吸を取り戻させる技。
皺だらけでいつも笑っている顔と柔らかい手が、触ると切れそうなほどの鋭さを見せる。
静かに深く息が吐かれるのは、ガラス蓋が閉じられるとき。
きれいに磨かれるのを待つ、大小様々な思い出がついている時計は、何よりも格好良く思えた。
窓ガラスから差し込む小春日和の欠片が、再び時を刻み始めた思い出の品を浮かび上がらせていた。
声をかけるのもはばかられるほどに張り詰めた、その世界に魅せられた。
作業中は近くに寄ることを禁じられていたから、ふすまから顔を出して部屋の仕切りをまたがないようにその作業を眺めるのが日課だった。
壊れている物は違えど、毎日新たな命が吹き込まれていくその姿を、飽きることもなく見つめていたのを覚えている。
それが、自分が物作りを目指した原点であり、挫折した姿。
物作り。
初めはただの興味だったが、次第にのめり込んだ。
時計屋の祖父、町工場で働く父と連綿と続く血が呼んだのかもしれない。
夢は職人とおぼろげながらに考えていた俺は、長じて現実を突きつけられた。
不器用なのだ。
鈍くさいくらいに不器用だったのだ。
色々な物作りに手を出し理解できた。
不器用な上に、デザインのセンスも、器用さも、集中力も足りていない。
オリジナルは元より、ありふれた物すら作れない。
簡単な構造の時計。
それすら、直すどころか壊しかけた。
そのとき、目指すべき職人の姿が見えなくなった。
十数年温めてきた思いが、冷えてしまった。
だからといってドロップアウトするほど無謀でもなく、ゆるやかにサラリーマンになった。
今になればわかる。
まだ始めたばかりの少年が、一流の職人の足元どころか、影を踏むことすらできないと。
そこで足を止めたからいけないのだと。
愚直に進み続ける。
それこそが職人の姿なのだと。
もし再び。
その道を歩くことができるなら。
初投稿です。
書き溜めて章毎に連日投稿ができればいいなぁ。